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英雄たちの王・1

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 サパーダ村からの帰り道に、七海がふと不思議そうな顔をする。

『それにしても艦長、気象学にずいぶん詳しいですね』

「そうか?」

『もしかして専攻が気象学だったりします?』

「いや、専攻は演劇論で……」



 俺はふと、遠い目をする。

 役者や脚本家になりたい訳でもないのに、そんなもん選んでしまったおかげで就職活動が大変だった。

 高校の部活動で少し好きだった程度じゃ、文学部で演劇論を学んだところでどうしようもないよな。



 それだけだと説明としては不親切なので、俺はこう答える。

「前に話したオンラインゲームがあっただろ」

『えーと……あ、フリーダムフリーツですね。略称フリフリ』

「あれで飛空艦に乗るために、キャプテンはいくつかのスキルを取るんだ。必須となる『航法』スキルを取るための前提に、『風読み』ってスキルがあってな」



 懐かしい記憶を掘り起こしながら、俺は続ける。

「公式サイトでは『気象学のことです』って書いてあって、気象学の基礎知識がずらーっと書いてあった」

『ゲームですよね?』

「妙なところがガチすぎたな……」



 凝ってる割に売れないゲームによくある傾向として、「凝るところを間違えている」というのがある。

『フリフリ』が、まさにそれだった。

「いつまで経っても実装されない飛空艦を待ちわびてるうちに、その気象学の記事を全部読んでしまってな」

『それはなんというか……お疲れさまです』

 びしっと敬礼する七海。



「あと航空力学と航空工学の記事もあって、そっちも全部読んだ。あんまり覚えてないが」

『暇だったんですね』

 飛空艦実装や開発状況とかの新しい情報がないか、ずっと探してただけだよ。

 結局実装されずにサービス終了しちゃったけど、どういう因果か今の俺は本物の空飛ぶ軍艦で艦長をやっている。

 人生ってヤツは、何が起きるかわからないもんだな。



   *   *   *



 そして本当に、「人生ってヤツは何が起きるかわからない」ことを、俺はまた思い知らされることになる。

 エンヴィラン島での俺の一日は、艦長室のベッドから始まる。

 身支度を整えていつもの海賊船長スタイルになると、士官食堂でポッペンと向かい合って朝食を摂る。



「ポッペン」

 俺が声をかけると、イワシっぽいヤツを丸呑みにしたポッペンが俺を見る。

「何かね、艦長」

「前々から気になっていたんだが、丸呑みにして味がわかるのか?」

 漆黒の翼を持つ歴戦の戦士は、全く表情の読めない顔でうなずいた。



「我々は人間たちのようにクチャクチャ噛んだりはしないが、香りと喉越しを味わっている」

 蕎麦通みたいだな。

「なるほど」



 俺はうなずき、シューティングスターの自家製パンをもぐもぐ噛んだ。

 このもっちりとした歯ごたえは、シューティングスターに搭載された日本人向けのパン焼き機を使わないとできない。

 パラーニャの人は日持ちする堅いパンが好きだが、あれを主食にすると俺の顎がどうにかなりそうだ。



 食後に二人で朝の体操などしているうちに、メッティがやってくる。

「おはよー。眠れた?」

「この世界に来る前の倍ぐらい寝ている気がするな」

 昨夜は十時間寝ました。快適すぎて、もう元の世界に帰りたくない。

 もし帰るとしても、絶対に今の仕事は辞めてやると決意している。

 ちゃんと寝るだけで、こんなに心身の調子が良くなるなんて知らなかったよ。



 すると七海がにこやかに挨拶してくる。先生っぽい眼鏡をかけていた。

『おはようございます、メッティさん』

「おはよ、七海。さ、今日も数学をみっちり教えてもらおか」

 メッティがニンマリ笑う。

「数学がわからへんと、七海の持っとる知識は理解できへんのやろ?」

『そうですね。自然科学を深く学ぶには、多くの分野で数学が必須になりますから』



 俺は士官食堂のテーブルに頬杖をつきながら、小さく溜息をついた。

「そういえばシュガーさんも、数学が苦手で理学部に入れなかったって言ってたな」

 あの人にも苦手な科目があるんだなあと思って、少し面白かったのを覚えている。



「俺も数学はぜんぜんわからんから、七海が頼りだ。しっかり教えてやってくれ」

 すると七海がにっこり笑う。

『はい! 数学は一番得意です!』

 そりゃそうだろ。コンピュータなんだから。



 普段はここから、仕事の時間になる。

「さて、今日も運送業務があるといいんだが」

 俺に仕事を頼みに来るのは、ほぼ全員がエンヴィラン島の島民たちだ。さらに言えば、メッティの実家であるハルダ雑貨店からの依頼が多い。

 大抵は仕入れとか発送とか、空飛ぶ運送トラックとして利用されている。

 それについては、七海は不満らしい。



『艦長。私は輸送船じゃありませんよ。それに今は通信衛星のデータリンクから切り離され、地上管制のサポートも得られません。現状での航行は、私にとっては暗闇を歩くのと同じなんです』

 それについては申し訳ないと思う。地形や天候などの情報が狭い範囲でしか得られないため、本来の力を半分も発揮できていないそうだ。



 七海が上目遣いのジト目で、俺を見つめる。

『できれば元の世界に帰る方法を、もっと積極的に……』

「そのためにも、九四式輸送艦として活動しているんだ。あまり派手に光学砲をぶっ放してると、警戒されて情報が集まらなくなる」

『あ、そうですね。さすがは艦長です。なるほど』

 騙しやすいヤツは好きだぞ。



 元の世界に帰る方法については、今のところ手がかりはゼロだ。

 この世界にやってきた異世界人らしい人物は、民話や伝承の中に結構いる。

 どこからやってきたかわからないが、不思議な力を持っている人物の物語。つまり、桃太郎みたいな話が各地に存在していた。



 奴隷市場のあったアンサール市の古い民話や、サパーダ村のあったエンスリオ地方の伝承にも、それらしいものがあった。

 エンヴィラン島に至っては、異世界から来た人の子孫たちが暮らしている。メッティもそうだ。



 ただどういう訳か、主人公が帰ったという結末は全く聞かない。

 異世界から来て、大きな活躍をして、この地で死ぬまで暮らした。

 そこのところだけは、例外なく同じだった。ちょっと不思議な気がする。



「かぐや姫みたいに『元の世界に帰る』タイプの民話がひとつもないのは、逆に不自然だぞ」

『そうですね。なぜでしょう』

「わからん」

 俺が腕組みしたとき、七海がモニタの映像を切り替えた。



『艦長、ウォンタナさんが来てます』

「お、仕事かな?」

『お客さんを連れてきたみたいですよ。えーと、王宮からの使者だそうです』

 王宮からの使者? なんで?

『三十ミリ機関砲で撃退しますか?』

「したいけどダメだろ、それは」



   *   *   *



「すまねえな、艦長……。さすがに断りきれなかった」

 困り果てた顔をしているウォンタナの前で、上等なコートを着こなしているおっさんが姿勢良く立っている。

 威厳と気品を兼ね備えた、ヒゲの中年紳士だ。



 ただこの紳士、どういう訳か小刻みに震えていた。

「お……お初にお目にかかります、艦長殿。私はパラーニャ王室の一等秘書官、リッギ・アオン・アッティオと申します」

 俺も丁寧な挨拶をしたかったが、七海のヤツがパラーニャの敬語を登録していない。



 その件について俺がこっそり抗議すると、七海が首を振る。

『艦長には、もっとぶっきらぼうで荒々しい、勇ましい男でいて欲しいんですよ!』

 俺に変なキャラづけをするんじゃない。

『だって艦長、今の格好で敬語使ってたらおかしいですって。絶対』

 いいから敬語に翻訳しろ。



『ちなみにメッティさんが協力してくれなかったので、敬語については辞書が埋まっていません。無理に翻訳した場合、謙譲語と尊敬語がゴチャゴチャになったりしますが、本当によろしいですか?』

 それは困る。



 すると使者が怯えた様子で、おずおずと声をかけてきた。

「あの……艦長殿? 何か失礼がありましたでしょうか?」

 いかん、早く返事しないと。

 挨拶は礼儀の基本だ。



「……いや」

 俺は敬語にこだわるのは諦めて、会話の内容で敬意を示すことにした。

「お会いできて光栄だ。アッティオ殿。俺には『艦長』以外の名がない。許されよ」

「ど、どうも……」

 俺の腰の拳銃と真っ赤な『マスターキー』をチラチラ見ながら、頭を下げる使者。



 彼の心拍数がだいぶ……というか、具体的に百三十ぐらいにまで上昇しているのが、俺の眼帯に表示されている。

 血圧はわからないが、こちらも相当な数字だろう。若干ふらついているのが確認できた。

 ここで倒れられても困るんだよ。



 俺はにこやかに笑おうとして、メッティに禁止されていたことをまた思い出す。

 仕方ないので、真顔で重々しくうなずいた。

「それでアッティオ殿、御用件は?」

「は、はい! それが、なのですが……あの……」

 何度も息を整えてから、使者は震える声で告げる。



「こ、国王陛下より、宮廷に参上するようにとの勅命でございましゅ!」

 最後の方はほとんど悲鳴だった。おまけに少し噛んでいる。

 だからこういう『噛んでる』発声まで丁寧に翻訳できるのなら、敬語も何とかしてくれよ。



 俺が深々と溜息をついたので、使者は卒倒しそうな表情になった。

「もも、申し訳ございません! ちょっ、勅命にございますれば!」

 あ、いや。すみません。

 こっちのトラブルでして。

 困ったな。



 俺はもう一度溜息をついたが、その瞬間に使者の心拍数が百五十に達してしまったので早急に何とかすることにした。

「俺はパラーニャの民ではない。本来なら呼び出しに応じる義務はないが、断るのも心苦しい。拒めばエンヴィラン島の皆に迷惑がかかろう」

「で、では……」

 露骨にホッとしている使者に、俺はまじめにうなずく。



「ああ、待たせては悪い。本日お伺いする」

「ほんじちゅ!?」

 使者の心拍数が百六十を超えた。


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