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乙女と海賊・2

005



「し……死ぬかと思った……」

 甲板に降り立った俺は膝をつき、ぶらんぶらん揺れている極太のロープを見上げる。足場は三角形の輪っかひとつという、容赦ない代物だ。

 捕まってるだけで勝手に降ろしてくれたから、楽といえば楽なんだが……これ帰りもやるの?



 眼帯のスリングに内蔵されたスピーカーから、七海の声が聞こえてきた。

『やだなあ、これは主力戦車でも吊り下げられるんですよ? 軽装の歩兵一人ぐらいで切れたりしませんって』

 歩兵っていうな。

 俺はつい今朝まで電車に揺られてた民間人だ。



「さて、救助活動をやってみるか」

 俺自身が遭難者なんだけど、何やってんだろうな。

 素人の手探り救助活動だが、ありがたいことに左目の眼帯型ゴーグルにはいろいろと情報が表示されている。網膜投影装置だそうだ。

 若干ごちゃごちゃしていて情報過多だが、ゲーム画面みたいで逆になじみがあった。



 俺は気休め程度に消防斧を携え、そろりそろりと甲板の上を歩き出した。

 乾いて変色した血のようなものが、甲板のそこかしこに見える。だが潮風のせいか血の臭いはわからないし、死体も見あたらない。

「なあ七海、これって何者かに襲撃されたんじゃないか?」



 七海の声が無情に響く。

『そのようですね。血痕の飛散状態から推測すると、大型の刃物による殺傷と考えられます。出血量も考慮すると、おそらく致命傷でしょう』

「海賊かな?」

『その可能性は高いでしょうね』

 なんて物騒な世界だ。



「この船を襲ったのが、あの海賊艦隊だったらいいんだが……」

『他の海賊だったら、まだこの辺りにいるかもしれません。何かあればただちに報告します』

「頼む」

 七海の支援がないと俺は死んでしまう。

 早く帰りたいが、とにかく今は救助活動だ。



 甲板の上には生存者も死体も見あたらない。

 下に降りる階段を見つけたので、俺はそっとのぞき込んでみることにした。

 その瞬間。



< 危険 >



 左の視界が真っ赤に染まる。

「うわっ!?」

 思わずのけぞると、俺の顎先を何かがかすめていった。

 デッキブラシの先端だ。

 とっさに斧で薙ぎ払い、赤く重い刃でデッキブラシの柄を真横に叩き割る。

「きゃっ!?」

 女の子の悲鳴がして、ブラシ部分が甲板に転がった。



 俺の前に突っ伏しているのは、キャスケットみたいな帽子を被った少年……いや、あの声は女の子か。薄手のブラウスにキュロットだから、一見しただけでは性別がわかりにくい。

 見た目は十代前半といったところで、びっくりするぐらい華奢で小柄だった。



 いきなりデッキブラシで攻撃してきたのにも驚いたが、俺は彼女の腰を見てもっと驚く。

 こいつ、ベルトに拳銃を吊ってるじゃないか!?

 火縄銃のような古めかしい代物だが、銃には違いない。

「七海、あれで撃たれたら俺はどうなる?」



『えー……威力の推定が非常に難しいので、何とも言えませんね』

 微妙に役に立たないな、お前。

『私は艦の航法や通信が専門で、前装式の古式銃なんて完全に専門外ですから! 装薬量や火薬の状態でも、威力が全然違うんですよ!?』

 何も言ってないだろ。



 どうしようか俺が迷っているうちに、女の子は慌てて起きあがった。腰のベルトに吊った銃に手をかけようとしている。

「よせ、やめろ」

 俺はなるべく穏やかな声で語りかけたが、女の子はガタガタ震えていた。



 即座に七海が冷静な声で告げる。

『危険です。対象を無力化してください』

 無力化って?

 聞こうとする前に、俺の視界に緑色の長い矢印が表示される。

 長い矢印は緩やかなカーブを描きながら、女の子の体……左首筋や右手首などに向けられていた。



 どうやらこの軌道で攻撃しろ、ということのようだ。

 確かにこの斧を急所に叩き込めば、あんな華奢な子供ぐらい簡単に殺せるだろう。

 冗談じゃないぞ。

 絶対やらないからな。



「待て、俺に争う気はない。攻撃しないでくれ」

 言葉が通じるとは思えないが、こういうときは内容よりも態度が大事だ。

 俺は斧を腰のベルトに差し、少女に優しい口調で語りかける。

「俺は君を救助するために来た。救助の必要がないなら立ち去るし、必要な物資があれば多少は融通できる。希望する場所に送り届けることもできるだろう」



 頭上に浮かぶ巨大な流線型を、俺はわざとゆっくり見上げた。戦意がないことを示すためだ。

 こうして真下から見ると、クジラか潜水艦みたいだな。

 全長は百メートルぐらいだろうか。比較対象がないので、スケール感が全くわからない。



 少女は腰を落として身構えてはいたが、まだ銃を構える気配はない。

 華奢な指先は銃のグリップに触れるか触れないかのところでうろうろし、かなり迷っているようだった。

 俺は死にたくないが、かといって子供を殺して生き延びるのもできれば避けたい。

 頼む、撃たないでくれよ。



「漂流中の君がここで俺を撃って、状況が好転するか? もしどうしても信用できなければ、わざわざ撃たなくても俺は立ち去る」

 理性的かつ穏健な説得だ。いいぞ俺。

 だが問題は、この理性的かつ穏健な言葉が通じていないことだ。

 口調と表情だけで説得できればいいんだが、正直自信はない。



 キャスケットの少女は俺をじっと見つめていたが、やがて身構えるのをやめた。指先が銃のグリップから離れる。

 やれやれ、助かったらしい。

 しかし少女はまだ警戒を解いていない様子で、おそるおそる口を開いた。



「私はメッティ。メッティ・ハルダ。あんたは誰や?」

 驚いたことに日本語だ。

 しかもなぜか、関西弁だった。


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