英雄伝「荒野のレインメーカー」
049「荒野のレインメーカー」
ラウド・メイダスは王立大学の法衣をまといながら、教授たちの前に立っていた。
王立大学教授会の面々は、一様に渋い顔をしている。
「神聖な学徒たる卒業生が、雨乞い師などになっていたとはな」
深々と溜息をついたのは、ラウドの恩師である気象学者だ。
「陸軍の気象局を辞したのは知っていたが、なぜこんなことに?」
「いろいろありまして……」
ラウドは額に汗をにじませながら答える。
すると教授は重ねて問いかけた。
「で、今度はどういう風の吹き回しで、大学に戻ってきたのかね?」
他の学科の教授たちも、次々に口を開く。
「今さら悔いても、君の居場所はないぞ」
「気象学の研究は手詰まりで、国庫から新たな予算を割く余裕はないからな」
「それとも、我々に雨乞いの講義でもしてくれるのかな?」
冷ややかな言葉にラウドは耐えつつ、胸に差した麦の穂を撫でる。
彼は村長の言葉を思い出す。
『俺たちゃただの農民で勲章なんか与えられねえが、この実りはあんたの勲章だ。一本持ってきな』
その言葉に勇気づけられ、ラウドは口を開いた。
「気象学における新たな発見があり、その検証のために戻って参りました」
もちろん詐欺師だった男の言葉など、信じてはもらえない。
「気象学の?」
「雨乞いをしていて天啓でも得たのかね?」
それでもラウドは負けない。
懐からガラスのシリンダーを取り出す。高名な工芸家に特注で作ってもらった実験器具だ。
「では先生方は、『断熱膨張』という言葉をご存じでしょうか?」
「断熱膨張?」
「そうです。この容器の中を御覧下さい」
ラウドがガラスのシリンダーを動かすと、シュッという音と共に白い霧が一瞬生じる。
「上空で気圧が下がることによって温度が下がり、空気中の水が姿を現します。これが雲の仕組みです」
「何をバカな……」
教授たちは苦笑したが、気象学の教授だけは即座に表情を変えた。一転して真剣な顔つきになる。
「メイダス君、続けなさい。まず『気圧』とやらについてだ」
「はい」
ラウドも真剣な表情でうなずいた。
* * *
すっかり傾いた日差しの中で、ラウドは大学中庭の東屋でベンチに腰掛ける。
「やれやれ……疲れた」
教授たちからの質疑応答は数時間に及んだが、気象学の教授が聡明で先進的な人物だったため、どうにか理解してもらえたようだ。
恩師の熱心な説得のおかげで、ラウドは首の皮一枚で何とか復帰を許された。当面は気象学教授の助手ということで、無給の研究員になりそうだ。
ぐったりしていると、不意に声をかけられた。
「おや、見ない顔だね」
若い女性の声だ。振り返ると、日陰の中に色白の美女が微笑んでいる。大学関係者の証である法衣を着ていた。
「君は新任の助手かい?」
「ああ、新任っていうか、出戻ってきたっていうか……。あんたこそ見ない顔だな」
すると美女は小さくうなずいた。
「そうだね。私はニドネ。ここの卒業生じゃないけど、新任の医学助手だよ」
「へえ、珍しいな。俺はラウド、気象学助手だ」
同じ無給の研究員ということで、二人は雑談を始める。
ニドネは身の上話をしてくれた。
「私はエンヴィラン島の出身で、医者の家系なんだ。でも自分が病気になってしまってね」
「医者の不養生ってヤツか?」
「そうかもしれないね。全く恥ずかしい話だよ」
微かに嘆息するニドネ。
「長い間困っていたんだけど、親切な船乗りに助けられたんだよ」
「親切な船乗りか」
俺も今回は陸で船乗りに助けられたなと、内心でつぶやくラウド。
ニドネは笑う。
「おかげで今はこうして、王立大学で自分の病気について研究をしている。パラーニャの国費でね」
「なるほど」
するとニドネは、今度はラウドに問いかけてくる。
「君はここの卒業生らしいね。どうして戻ってきたんだい?」
「いや、陸軍の気象局に勤めてたんだけど、気象学者なんかいらねえってクビにされてな。しかたなくインチキ雨乞い師をやってたら、妙な船乗りに助けられたんだよ」
「おや、君も船乗りに?」
不思議そうな顔をするニドネに、ラウドはうなずく。
「ああ、不思議な男だった。まだ誰も見たことがない世界を、そいつは見ていたんだ。この世界の秘密、真理の宝石を、無造作に俺に見せてくれたんだよ」
ニドネが興味深そうにうなずき返す。
「それはずいぶん……不思議な男だね」
ラウドは微笑み、遠い目をした。
「だろう? おまけにそいつ、空飛ぶ船に乗ってるんだぜ。帆もない鉄の船が、悠々と空を渡るんだ。雲を導きながら……」
ラウドはそう言ってから、ふと我に返ったように頭を掻く。
「こんな話は学者でも……いや、学者だからこそ信じられないよな」
しかしニドネはにっこり笑い、それから嬉しそうな声で答えた。
「信じるよ」