荒野のレインメーカー・6
047
そこから先は、びっくりするぐらい話は早かった。
「あれが空飛ぶ船か!」
「うおお、思ってたよりでけえな!」
「アンサールの奴隷市場をブッ潰したっていうのはあんたか!」
シューティングスターを見た瞬間、村人たちの態度が一変したのだ。
俺があの艦の艦長だと名乗ると、村人たちはラウドそっちのけで俺を取り囲む。
「ドレッツアのポスコのレアーゼのティティーナを助けたのはあんたか!」
なにこれ翻訳ミス?
意味わかんないんですけど。
よくよく聞くと、『ドレッツァ市のポスコ商会のレアーゼ氏の娘のティティーナ』を助けたのが俺らしい。
アンサールの奴隷市場で助けた美女たちの中に、名士のお嬢さんがいたようだ。
巡礼中に誘拐されたそうだが、実家はこの近くだという。
あれから無事に実家に帰り、今では父の仕事を手伝ってがんばっているそうだ。
よかったよかった。
助けられた美女たちはそれぞれの生活に戻り、俺に助けられたことを出会う人みんなに話しているようだ。
それもだいぶ尾鰭をつけて。
「ということは、あんたが噂の『雷帝』か……」
ちょっと待って。
『雷帝』はグラハルドだ。
ところが俺の海賊退治は、意外な方向に尾鰭がついていた。
「あんた、『雷帝グラハルド』を一騎討ちで倒したんだろ?」
「そのときに『雷帝』の異名を譲り受けたって話だ。その帽子と一緒にな」
待て待て。
そんな話聞いてないよ。
「だからグラハルド一家はもう、仇討ちは止めにしたんだとさ。グラハルドの弟子だった女海賊が、あちこちで言いふらしまくってるぜ」
おいこら、カレン。
勝手に話を作るんじゃない。
俺は内心で慌てたが、エンヴィラン島で隠遁生活を送っている間に関係者たちがどんどん噂を拡大させていったようだ。
パラーニャの人はみんなおしゃべりだから、噂が広まるのも意外と早い。
しかも人から人への口伝えだから、尾鰭がどんどん付け足されていく。パラーニャの人は陽気でノリ重視だから、なおさらだ。
村人たちは雨乞いのことを忘れてしまったかのように、俺の周りでわいわい騒ぐ。
「パラーニャ中の海賊を、たった一人で全部やっつけちまったんだろ? すげえな」
「なあ、あの船の中に水は積んでないのかい? あれだけデカい船なら、水もたくさん積んでるんだろ?」
まあ、積んでるといえなくもないが……。
シューティングスターには、非常用の海水濾過装置がある。しかしフィルターは消耗品なので、ひとつの村の農業用水をまかなえるほどではない。
貯水タンクに河の水を入れてピストン輸送してもいいんだが、雑菌や埃が入ると七海が怒るからな。
七海は生き物じゃないぶん、バイオハザードに対して神経質だ。
俺は非常用の飲み水ぐらいしかないと伝え、ラウドを振り返った。
ラウドはというと、意気消沈しきった顔で地面に座り込んでいる。
「艦長、おかげで助かったよ……。はは、俺は何をやってもダメだな……」
そんな顔するなよ。
お前が村の生け贄を防ごうとしてたのは、俺がちゃんと知っているんだからな。
「すまない、道を開けてくれ」
俺は村人たちをかき分け、ラウドに歩み寄る。
よし、ではまた演劇部仕込みの演技を披露しようか。
俺は深呼吸して、羞恥心をかなぐり捨てる。
それから村人たちに宣言した。
「聞いてくれ。この男は雨乞い師ではない」
村人たちの顔が険しくなる。
「ああ、そうだな!」
「そいつは許せねえ!」
ラウドがビクッと怯えた表情になるが、俺は首を横に振る。
「だが、彼は詐欺師でもない。この男は本当に、雨を降らせる力を持っているのだ。だから連れてきた」
一瞬の沈黙。
それから村人たちは不安げに、キョロキョロとお互いの顔を見る。
「どういうこと?」
「いや、わからん」
よしよし、うまく惹き込んだぞ。
俺はすかさず、こう続けた。
「この男、ラウド・メイダスはパラーニャ王立大学で気象学を学んだ学者だ。雨のことなら、世界で誰よりも良く知っている」
村人たちの視線がラウドに集まり、彼は慌てて俺を見上げた。
彼が余計なことを言わないよう、俺は目線で「黙ってろ」と告げる。
「ラウドは雨を降らせる仕組みを熟知しているが、それは非常に複雑で高度な知識だ。わかりやすく伝えることは難しい。だから説明を省くため、雨乞い師として活動している」
俺が自信たっぷりに言うと、村人たちは少し信じたようだった。
「ほんとかな?」
「いやでも、空飛ぶ船の船長が言ってるんだぜ? 雲の上まで飛ぶだろ、あれは」
「ああ、ラウドとかいうのが嘘ついてたら、すぐにわかるよな……」
俺が嘘をついている可能性は、あまり考慮されていないようだ。
みなさん、詐欺師はこっちですよ。
俺は大きくうなずくと、シューティングスターを指した。
「我が艦が雨雲の居所を探してきた。これより気象学者ラウドの指揮下、本艦が雨を降らせる」
驚く村人たち。
だが一番驚いていたのは、ラウドだった。
「俺が!?」
* * *
網膜投影された七海の画像が、嬉しそうにくねくねしている。
『艦長、さっきのプロレス技すごかったですよ!』
「ああ、なんせレインメーカーを守るためのレインメーカー……」
七海が拳を上下に振りながら、興奮した様子で叫ぶ。
『スピンシューターはESNチャンピオン・ペーパーマスクの必殺技ですから! あ、トラディショナルに回転式独楽落としとお呼びした方がよろしいでしょうか!? とにかくお見事でした!』
知らない。
なにその『ペーパーマスク』って? プロレスラー?
そういえばこいつ、俺とは違う日本から来たんだった。
違うんだよ、この会心の一撃を誰かに理解して欲しいのに……。
俺が黙ってしまったので、七海は慌ててびしっと敬礼する。
『し、失礼しました! 最優先事項について報告します! 洋上で大量の水蒸気を発生させ、重力推進で運んできました!』
「御苦労」
すげえな、こいつ。空気ごと運んできやがった。
「水蒸気は例の方法か?」
『はい、五五〇ミリ湾曲光学砲を使用しました』
一番最初に海賊船を撃沈したときも、猛烈なスコールが起きたよな。
『今回は雲が生じないよう、水蒸気量に留意して運んできましたよ。どうです、すごいでしょう?』
普通に凄いよ。
「何をどうやったんだ」
すると七海が胸を張る。
『化学戦防護プロトコルを応用しました。詳しいことはレベル四機密ですが、湾曲光学砲の誘導に使う空間湾曲システムと、重力推進機関の合わせ技です』
よくわからないが、周囲の空気を固定して運んできたのかな。
「さすがは女神様だ」
『女神はいいです……』
褒めてるのに。
するとメッティが横から通信してくる。
『せやけど艦長。こんなんできるんやったら、空気じゃなくて河の水運んできた方が早かったんとちゃうか?』
この広い農地全部潤すのに、水が何万トン必要だと思ってるんだ。
だいたい水の塊のまま運んできても、ぶちまけたら土壌を押し流しちゃうだけだろ。
それに、もっと大事な理由があった。
「シューティングスターの力を借りるとはいえ、ラウドが雨をもたらすことが重要なんだ」
『どういうことや?』
「気象学の底力ってヤツを、みんなに認めさせるのさ」
天気予報から航法まで、気象学の恩恵は計り知れない。
俺はシューティングスターに命じる。
「オペレーション『レインコーラー』、第二フェーズを開始せよ!」
『了解!』
シューティングスターの巨影がゆっくりと動き始めた。