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荒野のレインメーカー・5

046



 ラウドは村人たちを集めると、まず今の状況を説明した。

「井戸の水は涸れており、次の春まで復旧の見込みはない。新たな井戸を掘るか、河から水を引くか、あるいは溜め池を作るしかなかろう」

 村人たちはざわめく。



「そんな、どれも時間がかかるものばかりです!?」

「今すぐに水が必要なんだ!」

「フユコシムギまで不作になったら、この村はもう終わりです!」

 不安がる村人たちを前にして、ラウドがにんまりと笑う。



「案ずるな。そのために私が来たのだ。これより雨乞いの秘儀を執り行う」

「おお……」

「き、期待していいんだよな?」

 村人たちの視線を集めつつ、ラウドは彼らにこう言った。



「当座の水は私がもたらそう。あなたがたは畑の近くに溜め池を作るがよい。雨の恵みを末永く使えるようにな。溜め池ができた頃合いで雨を降らせる」

 なるほど、頭いいな。

 村人たちに今やる仕事を与え、不安を忘れさせるつもりだ。時間稼ぎにもなる。

 と同時に、今後この村に必要になるインフラを整備することもできる。



 あとついでに、雨乞い師を監視する目を減らすという意味合いもあるだろう。

 じろじろ見られていると、ボロが出るかも知れない。

 これは一石四鳥ぐらいのうまいプランに見えるな。そして誰も損をしない。

 さすがは国内屈指のインテリだな。



 俺が感心していると、集まった村人たちの中から十歳ぐらいの少女が進み出てきた。

「あの、雨乞い師様。私は何をすればいいですか?」

「君は?」

 ラウドが問うと、少女は緊張した表情で小さく会釈する。

「は……はじめまして。村長の末娘、レーニャです」



 俺とラウドは顔を見合わせる。

 ラウドが尋ねる。

「もしかして、生け贄候補の?」

「はい……。あの、生け贄になる禊ぎとか、しなくていいですか?」

 ちょっと不安そうな顔をしていた。

 そりゃそうだろ。十歳の子供が、殺されそうになってるんだ。



 するとラウドはにっこり笑い、レーニャの頭をくしくしと撫でた。

「何もしなくていいぞ」

「えっ?」

「雨は俺が降らせる。だからレーニャはお父さんたちと一緒に、いつも通りにしていればいいんだ」

 かっこいいじゃないか、ラウド。



 レーニャはラウドを見上げてぽかんとしていたが、やがて大きくうなずいた。

「はい!」

「よし、もう生け贄のことなんか忘れろ。子供は笑顔が一番だ」

 ラウドに何度もおじぎをして、レーニャが母親らしい女性に駆け寄っていく。隣には村長もいた。



 村長が目元をごしごし拭ってから、村人たちに告げる。

「さあ、雨乞い師様のお言葉を聞いただろう! みんな、すぐに溜め池を作るぞ! 水が漏れないよう、しっかりしたものをな!」

「おう! 道具をかき集めるぞ!」

「急がなくっちゃな!」

「小さいのでいいから、手分けして畑の近くにいくつか作ろう」

「ああ、でかいのは間に合わないからな」

 村人たちが道具を取りに、それぞれの家に走っていく。



 活気を取り戻した村人たちを見送ってから、俺はラウドに声をかけた。

「いい演説だったぞ、ラウド。特に最後が良かった」

「最後?」

「レーニャにかけた言葉だ。俺も子供に重荷を背負わせたくはない」

 俺は彼の肩に手を置き、それから微笑む。



「もしかすると、お前は凄いヤツなのかも知れんな」

 ラウドは俺の顔をバカみたいに見つめた後、気まずそうな顔をして顔を背けた。

「バカ言え、あんたほどじゃねえさ」

 照れるなって。



 このお人好しの詐欺師のために、俺も何かしてやりたい。だが今のところ、俺にできることは何もなさそうだ。

 七海がいないと何もできないんだよな……。ヒモだから。

 しょうがないので、かっこつけとくか。

「ではラウド、お手並み拝見といこう」

 うまくごまかせたかな。



   *   *   *



 こうしてラウドは村人たちに溜め池を掘らせながら、自身は何か適当な祈りを捧げ始める。

 その日の夕方になって、ラウドは村人たちにこう宣言した。

「まず雨雲を呼ぶために、方位を占った」

 ラウドは重々しく宣言し、離れた場所にいる俺をちらりと見る。

「うむ……南だな」

 それ、七海をアテにしてますよね?

 今回はシューティングスターの生化学防護システムを使う予定だが、正直うまくいくかどうかわからない。



 そして翌日から、ラウドは南を向いてシャンシャンと鈴を鳴らし始めた。

「呪文でも唱えるのかと思ったが……」

 休憩時間に俺がそう言うと、ラウドはフッと笑う。

「何日も呪文唱えてたら、喉がかれちまう。いざってときに声が出せないと、こういう商売は命取りなんでね」

「なるほど」

 命乞いするときとかかな……?



 一方、村人たちの努力は凄かった。

「急げ! 溜め池を完成させるんだ!」

「雨が降ったときに完成してなかったら、また水が足りなくなるぞ!」

「しっかり底を固めろ!」

 人力だから大したことないだろうとたかをくくっていたら、みんな必死の形相でどんどん工事を進めていく。

 自分と家族の未来がかかってるもんな。



 そしてこれが、皮肉にもラウドを窮地に陥れた。

 さらに三日後、ラウドは泥だらけで戻ってきた男たちに取り囲まれる。

「早く雨を降らせてくれ!」

「二回分の報酬を払う! だからまず、一回雨を降らせてくれ!」



 ラウドは鈴をシャンシャン振りながら、露骨に慌てている。

「ちょ、ちょっと待て……。溜め池が完成してからだろう?」

「十分な溜め池が完成するまで待ってたら、播種の時期に間に合わなくなる!」

「それに小さな溜め池なら、いくつかできてる! 水たまりみたいな代物だが、無いよりはマシだ、あれに水を満たしてくれ! 今の時期なら少しでいい!」

 疲労のせいで、男たちは気が立っているようだ。



 俺は何かあればすぐにラウドを助けられるよう、少し離れた場所で様子を見る。

 まずいな。

 シューティングスターは昨日戻ってくるはずだったが、まだ帰ってきていない。どうやら予想以上に手間取っているようだ。



 ラウドは俺の方をチラチラ見てくる。

「す、少し待つがいい……。すぐに雨を呼べるかわからんが、できるだけのことをしてみよう。だから待ってろ」

 ラウドが無理矢理囲みを抜け出すと、俺のところに駆け込んできた。



「な、なあ……。あんたの船、まだ戻ってこないのか?」

「そのようだな」

「何を落ち着いてるんだよ!?」

 慌ててもしょうがないだろ。

 眼帯型ゴーグルは、通信可能な範囲にシューティングスターが存在しないことを示している。



 俺もお手上げなので、空を見上げた。

「お望み通り、雨を呼んでやれ」

「それができたら苦労はしねえよ!」

 バカ、でかい声で叫ぶヤツがあるか。



 その瞬間、村の男たちがゆっくり振り向いた。

「おい、今なんて言った?」

「もしかして雨は呼べないのか?」

 じわりと沸き上がる殺気。

 つるはしやクワを握った男たちが、こっちに近づいてくる。

 俺は知らん顔して、そっと距離を置いた。



 男たちはつるはしやクワを振りかざすと、ラウドに詰め寄る。

「こいつ、やっぱり詐欺師だったぜ……」

「どうもおかしいと思ってたんだ。祈るだけで雨を降らせるなんてよ」

「やっぱり生け贄じゃねえと無理だよ」

 生け贄でも無理だよ。



 騒ぎを聞きつけて村長が駆けつけるが、もう止まらない。

「おおい、みんな、待て待て!」

「村長、あんた騙されてたんだ!」

「こいつ、自分で詐欺師だと白状しやがった!」

 ラウドはというと、場の雰囲気に完全に飲まれてしまい、硬直している。

 今ここで何か言わないと、お前の命はないぞ。



 男たちの中でも特に気の荒いのが、地面につるはしを叩きつける。

「この詐欺師め! 血祭りにしてやる!」

 まずい。

 威嚇射撃で止めようかと思ったが、単発銃二挺じゃ二発しか撃てない。威嚇したら残り一発だ。



 こういうときは、眼帯型ゴーグルに搭載された戦闘支援プログラムを使おう。メッティと出会ったときや雷帝グラハルドと戦ったときに使ったヤツだ。

 古今東西あらゆる戦闘技術を体系化したプログラムが、変化する戦況を百分の一秒単位で分析し、使用者の体力や技術に最適な動作を指示してくれる。……らしい。

 俺は荒くれ男に駆け寄ると、戦闘支援プログラムの指示通りに背後から彼の腕を押さえた。



「よせ、無抵抗の者に暴力を振るうな」

「なんだよてめえは!? てめえもこいつの仲間だろ! 邪魔するならブッ殺すぞ!」

 男が俺の手をふりほどいたので、俺は指示通りに男の手首をつかんで引っ張り寄せる。

「うわっ!?」

 よろめく男の喉に、俺は躊躇無くラリアットをぶちこんでいた。

 おい待て、これでいいのか?



「うぼぉっ!?」

 男の体が一瞬宙に浮いたので、眼帯の表示通りにラリアットを押し込む。

 男はそのまま、背中から地面に叩きつけられた。背中を強打して息ができないらしく、丸まってうめいている。

 格闘技の類は剣道しか知らないのに、素手でやっつけた。凄い性能だ。

「な……」

「なんだ、今の技は……」

 村人たちが俺を見て硬直している。



 異世界でプロレス技を決めちゃったよ。これ、レインメーカーだ。

 俺もずいぶん波瀾万丈の人生を送っているが、まさかレインメーカーの前でレインメーカーを披露する人生になるとは思わなかった。

 村人たちが固まっている間に、俺はコートの裾を払って腰の銃を見せつける。

「争い事は許さん」

 ちょうどそのとき、俺の眼帯に新たな通知が表示された。



< 通信回復 >

< バイタル送信完了 >

< 記録並列化完了 >

< 入電:『七海』 >



『やっほー艦長! 御無事ですかーっ! あ、御無事ですね!』

 七海の声が聞こえてくると同時に、俺の背後からシューティングスターの巨影が姿を現した。低高度で高速飛行してきたので、猛烈な突風が砂塵を舞い上げる。

 村人たちは一人残らず、その迫力に度肝を抜かれた。

「おわあああぁっ!?」

「おぶっ、砂が!? なんなんだ!?」

「てっ、鉄の船が浮いてるぞ!」



 レインメーカーをくらった男も、仰向けのまま文字通り仰天している。

「な……なんだありゃ!?」

「この村に雨を降らせる存在だ。立てるか?」

「ああ、うん……」

 やれやれ、命拾いしたぞ……。

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