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荒野のレインメーカー・3

044



 王立大卒の雨乞い師ラウドは、シューティングスターの船倉を珍しげにキョロキョロ眺め回している。

「な、なんだこいつは……。鉄の船が空を飛んでやがる」

 俺は横に立って腕組みしたまま、七海からの報告を受けていた。



『確かに上空の空気は、広い範囲で乾燥していますね。これだと雨は降りません』

 ということは、ラウドの言ったことは嘘じゃなさそうだな。

 それにしてもパラーニャの頭脳を結集した王立大学の卒業生が、インチキ雨乞い師とはな。



「ラウド。陸軍以外にも、雇ってくれるところはあっただろう?」

「ダメダメ、どこも気象学なんかバカにして見向きもしないんだよ。あいつら気象学を星占いと勘違いしてやがる」

「王立大学に学位として存在してるのにか」

 するとラウドは小さく溜息をついた。



「今の王様は先進的だけど、軍や行政で実権を持ってるのは古くさい貴族官僚どもだからな……。迷信深いし、神殿の言いなりさ」

 パラーニャの国軍は貴族将校が支配しているらしい。

 領主たちが持っていた自前の軍隊を解散させ、それを国軍に再編したという経緯がある。

 本来の雇用主であり指揮官だった貴族たちの権益とメンツのために、貴族たちは軍で大きな顔をさせてもらっているという。

 道理で海軍が海賊をまともに退治できない訳だ。



 行政の実務を担当している官僚たちにしても、やはり貴族たちだ。地元民に命令するなら、彼らを通さないとどうにもならない。

 俺は日本にいた頃を思い出し、微妙につらい気持ちになる。

「この国はまだ、足取りがおぼつかないようだな」

「変わった感想だな……。普通は『この国はもう終わりだな』って思うところだろ?」



 近代化の前に中央集権を進めるのはごく当たり前なので、終わりだとは思わないかな。

 しかしラウドは俺の言葉が不思議らしく、首を傾げる。

「あんた、もしかして……」



 そのとき七海がタイミングよくモニタに出現した。

『艦長、前方に集落を発見しました。目的地と思われます』

「わかった」

 このやりとりにラウドが目を見張る。

「着いたのか!?」

「ああ」



「いや、だってまだ乗ってほとんど時間が……」

「十分ぐらいだな」

「いつ出航してたんだ!?」

「お前が乗った直後だ」

 びっくりするよね、重力推進って。エレベータより静かなんだもん。



 俺は自分が最初に驚いたときを思い出し、ふっと笑う。

「さあ降りろ。ここからはお前の仕事だろう」



   *   *   *



 乾燥した荒野の真ん中に広がる村は、サパーダという名前だった。

 いきなりシューティングスターが着陸すると大騒ぎになるので、俺たちは少し離れた場所に光学偽装モードでそっと降り立った。

 土塀で守られたサパーダ村の周囲には、広大な農地が広がっている。秋の収穫が終わり、まだ次の種まきの前のようだが、地面はカラカラだった。



「結構広いですけど、百戸ぐらいですね。人口は千人未満?」

 隣に立つメッティがパラーニャ語で屋根の数を数えながら、おおざっぱに人口を推測する。

 ラウドは身だしなみを整えながら、軽くうなずいた。



「そんなもんだろ。小さすぎる村だと報酬が期待できないが、デカい街は水源がしっかりしてる。雨乞い師は必要にならない」

「なるほど。値踏みは大事ということだな」

「まあな。じゃ、世話になったな」

 ラウドがタラップを降りていく。



 俺はそのまま、彼の後ろにくっついて行くことにした。

 ラウドがギョッとした顔で振り向く。

「お、おい!?」

「タダで乗せてやるとは言っていないぞ、詐欺師」

「えっ、金取るのか!? 詐欺はそっちじゃねーか!?」

 このまま別れてもいいんだが、気象学を修めた人の雨乞いというのはちょっと気になる。



 俺は笑う……とメッティに怒られるので、真顔でラウドに告げる。

「運賃として、お前の報酬の一部を頂戴したいところだな」

「信じられねえ……悪魔だこいつ」

「そう褒めるな。その代わり、帰りはタダで乗せてやる」

「本当だろうな……?」

「本当だとも」

 悪役気分もなかなかいいなあ。



 そうこうするうちに、俺たちを見つけた村人たちがぞろぞろ集まってきた。

「誰だ?」

「山賊……じゃなさそうだが……」

 おっかなびっくりといった様子の村人たちを見て、俺はラウドの肩を叩く。

「出番だぞ、詐欺師」

「うるせえよ、詐欺師詐欺師言うんじゃねえ」

 だって詐欺師だろ?



 ラウドはゆったりとした衣装の裾を翻すと、両手を挙げて村人たちに叫んだ。

「やあやあ、皆の者! 秘儀の継承者ラウドが、雨雲を引き連れてやってきたぞ!」

 一瞬の沈黙。

 村人たちは立ち止まると、互いに顔を見合わせた。



「なんじゃ、あいつは」

「雨乞い師かな?」

「ああ、村長が探してきたっていうあれか」

 つかみは今一つだな。

 詐欺師の才能が足りないというか、演出が下手なんだよ。

 じれったいな。



 ラウドは懐から例の鈴のついた輪っかを取り出し、やたらとシャンシャン鳴らす。

「この村に水の神の祝福を!」

 またしても顔を見合わせる村人たち。

「雨乞い師は初めて見るが、ああいうものか」

「わからんが、まあ頼むだけならええじゃろ」

「失敗したら、あいつを生け贄にすりゃええだけだしな」

 今なんか、さらっと物騒な単語が飛び出したぞ?



 ラウドは鈴の音で聞こえていなかったのか、明るく笑っている。

「もはや心配無用! これより行う雨乞いの秘儀にて、この村は救われよう!」

 お前本当に詐欺師か?

 人の好さが全面に出てて、こっちが恥ずかしくなってくる。



 俺はラウドにそっと近づくと、彼の耳元でささやく。

「秘儀なら、もっと神秘的な演出をしろ」

「そ、そうか? 俺は村人たちを早く安心させたいんだが……」

「そのための演出だ。今のお前は、神秘的な力を持っているようには見えんぞ」

 沈黙や静寂も、使い方次第では人の注目を集める。次に何をするのか、こいつは何者なのか。そういう興味をかき立てるのだ。



 俺はそう教え、ラウドに細かい指導をした。

「冒頭の入り方が軽すぎたから、今更どうしようもない。気さくな人柄で通しておいて、儀式のときには神秘性と緊迫感を出せ」

「わかった」

 大丈夫だろうな、こいつ。



 それからラウドは村長に挨拶したが、ここで俺は予想外の事情を知る。

「ラウド殿、どうか雨の恵みをお願いします!」

 たくましい中年の村長はラウドの手を握り、必死に懇願した。

「このままでは、村の掟に従って私の末娘を生け贄に差し出さねばなりません! レーニャは、あの子はまだ十歳なんです! 死なせてたまるか!」

「わかっている」

 ラウドは真剣な表情でうなずいた。

「だから来たんだ」



 俺は隙を見てラウドに問いかける。

「どういうことだ?」

「パラーニャじゃ、雨乞いには生け贄と相場が決まってるんだ。普通は家畜だが、人間を使うこともある」

 人間か……。



「この村では、公平にくじで選ばれた子供を生け贄にするそうだ。喉を裂いて、その血で雨を呼ぶとか言ってな。依頼を受けたときに村長から聞いたが、三十年ほど前にもあったらしい。そのときは村長の幼なじみが選ばれた」

 確かに祈祷じゃ生け贄は定番だけど、子供使うのは野蛮すぎるだろ。

 俺のいた世界でもやってたらしいけど。



 想像しただけで気分が悪くなり、俺は一言返すのがやっとだった。

「恥ずべき蛮習だな」

 ラウドは懐からペンと羊皮紙のスクロールを取り出すと、今までにないぐらい真剣な顔をした。

「そうだ。だから俺が止めてやるのさ」

 よしやれ。やってしまえ。

 俺も手伝うぞ。


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