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英雄伝「雷帝を継ぐ者」

041「雷帝を継ぐ者」



 甲板の上で、日焼けした女たちがジョッキを掲げる。

「今回の護衛任務も、これで契約完了だってさ!」

「よっし、それじゃあ私たちの姐御に乾杯!」

「かんぱーい!」

「おつかれー!」



 彼女たちは元々、弱い立場の人間だった。

 夫の暴力に耐えかねた妻、貧農の末娘、神官見習い、一家離散で捨てられた少女、未亡人、虐待されたメイド……。

 だが今は全員、腰にフリントロック銃を吊した船乗りだ。



 男顔負けの働きぶりと、女性ばかりという顔ぶれのおかげで、他の船にはない大口顧客を獲得している。

 特に女性巡礼者や貴婦人たちの間では、安心してチャーターできる船だと評判だ。

 もちろん同業者からの風当たりは強いが、神殿や富裕層などに根強い支持者がいるので商売は順風満帆だった。



 その女船乗りたちの輪の中心にいるのは、金髪の美女だ。

 彼女は照れくさそうな笑みを浮かべて、ジョッキを掲げている。

「無事に終わったのは、みんなのおかげだよ! ありがとね!」

 すると女たちが笑いながら口々に言う。



「やだよ、アタシらを拾ってくれた姐さんの為なら、これぐらいはお安い御用さ!」

「さすがは大海賊『雷帝グラハルド』の跡取りだよね」

「やっぱ、普通の人とは全然違うよねえ……」

「海賊のやり口も心得てて、危険をうまく避けるしね。当代随一の女傑さ」



 しかし金髪の美女は苦笑したまま、首を横に振る。

「あたしなんかまだまだだよ。世の中には、もっと凄いヤツがいるんだから」

 すると一同がニヤリと笑う。

「おっ、姐さんの惚気話がまた始まった!」

「あれでしょ、グラハルドを倒した『艦長』!」



 新入りの少女たちが、露骨に興味を持った様子で古参の女性たちに問いかける。

「先輩、『艦長』って何ですか?」

「ああ、まだ教えてなかったね。うちの船長はね、親分のグラハルドが倒されたときに一人で敵討ちに行ったんだよ」

「でも返り討ちにされちゃったのさ! 空飛ぶ船に乗った荒くれ船長、男の中の男に乙女心を射抜かれてねえ!」

 笑顔とジョッキが乱れ飛ぶ。



「で、姐御は海賊を廃業して、か弱い女たちを守る女神になったって訳なのよ」

「船や港の手配は、海賊時代のコネなんだって」

 少女たちが目を輝かせる。

「かっこいい!」

「それで、その『艦長さん』とはどうなったんですか!?」

「あっ、それ聞いたことある! あれでしょ、『エンヴィランの魔王』とか、『海賊騎士』とか呼ばれてる人!」



「あー、あの近海の海賊を皆殺しにしたっていう……」

「海軍治安局に海賊船四十隻を積み上げた化物よね、確か」

「さっすが姐さん、狙う相手が大物だわ」

「で、最近はどうなの?」

 少女だけでなく、古株の船乗りたちからも好奇の視線を向けられる金髪美女。

「い、いえ……あのね……」



 たじろく美女に、女船乗りたちがニヤニヤと笑った。

「姐さん、あれからちったぁ進展したのかい?」

「ねえ姐御、なんだかんだで結構会ってるよね? そろそろ手ぐらいは握った?」

「無理よねえ……。船長、こう見えて色恋沙汰はまるっきりウブだもん」

 古参を中心に、静かな溜息が広がる。



 金髪の美女は顔を真っ赤にして、話題の沈静化を図った。

「ち、違うから! あんなヤツ……その、あれよ!? ほんと、そういうのじゃないんだから!」

 冷静沈着で剛胆な船長の狼狽えっぷりに、少女たちが顔を見合わせる。

「船長、もしかして結構かわいい?」

「かわいいとこあるね」



 金髪の美女は新入りの少女たちの頭をコツンと叩く。

「こら! あたしをかわいいとか言うな! あの『艦長』はね、あたしの宿敵なんだから!」

「そ、そうなんですか?」

「そうよ!」

 耳まで真っ赤になった金髪の美女が、精一杯の威厳を保つために腕組みをする。



「あたしはいつか、あの男にあたしの値打ちを証明するの! グラハルドの親父さんに負けない英雄になって、あいつに認めさせてやるんだから!」

 すると最古参の元海賊が肩をすくめてみせる。彼女もグラハルドの元子分だ。

「道のりは遠いね、姐さん」

「うん。今はまだ、あの男の背中も見えない。親父さんを超える為には、あいつも超えないと」

 金髪の美女はまじめな顔でうなずくと、ジョッキを掲げた。



「だから、これからもみんなでがんばろう! よろしく!」

「はーい! 姐さんがんばれー!」

「姐御の恋路にかんぱーい!」

「かんぱーい!」

「だから違うっての!」

 盛大にジョッキがぶつかり合い、糖蜜酒の飛沫が派手に舞った。

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