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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第5章(全6話)

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雷帝を継ぐ者・5

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 俺はカレンを『ななみ』に連れて行き、七海と仲直りさせることにした。

 士官食堂で数学の問題を解いていたメッティが、食堂の特大モニタに映っているカレンを見て目を丸くしている。

「艦長、あの美人が昨日言うとった女海賊なん?」

「そうだ。しつこいから連れてきた。七海に相手させるから、お前は俺と一緒にここで数学の問題でも解こう」



 たまにはかっこいいところを見せてやろうと、ノートを覗き込む。

 これ微分か……俺、もう全部忘れてるな。

 メッティは七海から毎日のように勉強を教えてもらい、めきめきと学力を伸ばしている。

 数学に関しては、もう俺よりずっと上のレベルに達しているようだ。さすがだな。



「艦長、これどないして解くん?」

「わからん……」

 俺は頬杖をついて紅茶を飲みながら、カレンのことをぼんやり考えていた。

 仲良くやってるかな?



   *   *   *



「これが、親父さんの最期……」

 カレンはモニタに表示された映像を見て、声を震わせる。

 七海が穏やかな口調で応じた。

『はい。この後、グラハルドの手下だったウォンタナさんの協力で、グラハルドの埋葬と供養が行われました』

 映像の中では、艦長がグラハルドたちの遺体を丁重に扱い、敬意を払っている様子が映し出されている。



 映像が終わった後、カレンはポツリとつぶやいた。

「親父さん、最後の最後まで楽しそうだったわ……」

『私は人間ではないので判断できませんが、苦痛や後悔の兆候は観測できませんでしたよ。たぶん満足して逝ったんだと思います』

 カレンもうなずく。

「そうね……」



 七海がカレンに問う。

『艦長に敵討ちをしますか?』

「しないってば」

 カレンは即答し、腕組みする。

「ただ……もう少しだけ、艦長と話がしたいわ。ちょっと気になるから」

 すると七海が妙に嬉しそうな声を出す。

『そうでしょう?』



「まあね。さすがに親父さんと一騎打ちで勝っただけのことはあるっていうか、その、素直にカッコいい。ありゃ親父さんが気に入る訳だわ」

『そうでしょう、そうでしょう』

 なんせ艦長は貴重なSP群C型ですからねと、カレンには全く理解できない共感の仕方をする七海。



「親父さんはいつも『海賊の時代はもう終わりだ』って言ってけど、一番いい時期に一番いい方法で、あの世に逝けたのかもね」

 カレンは頭を掻き、それから溜息をつく。

「敵討ちなんかしたら、親父さんに叱られるわ。親父さんに誓う」

『あ、では武装解除をお願いします。ゲストの武装は認められていませんから』



「わかった、わかった」

 カレンがガンベルトを外し、フリントロック拳銃とカトラスをテーブルの上に置く。

「それで、艦長にもう一度会わせてくれる?」



   *   *   *



「話は済んだようだな」

 俺はカレンが武装解除に応じたと聞いて、心の中で死ぬほど安堵しながら船室に参上した。

 今の俺は人を撃つことに対して、異世界転移前よりも躊躇がない。

 七海が俺をそう鍛えてくれたおかげだが、それでもやっぱり殺し合いは避けたかった。

 特に女性はな……。



 カレンは俺をじっと見つめている。

「艦長は、親父さんを英雄だと認めたのね」

「……そうだ」

 それは否定しない。

 グラハルドは悪事ばかり働いたが、英雄には間違いなかった。彼の武勇伝の主役は、間違いなく彼自身だ。

 俺とは違う。



 だから俺はそのことをカレンに伝える。

「グラハルドは英雄だ。そして彼こそが……最後の海賊だ」

「あたしだって、いつかは立派な海賊になってみせる。その船長帽だって、いつまでも預けてはおかないわよ?」

 また来る気だよ、この人。

 美女にまとわりつかれる人生ってのもなかなかいいような気がしてたけど、実際にやられると美女でも鬱陶しいな。

 ……ああそうか、俺こんな性格だから彼女できないんだ。



 俺は少し暗い気持ちになり、それから首を横に振る。

「何度も言わせるな。……俺はお前に興味がない」

 異世界難民のサラリーマンを、これ以上困らせないで下さい。お願いだから。

「なっ、なんでよ!?」

 カレンが露骨に傷ついた表情をしているので、俺はもう本格的に嫌われることにした。

 決定的な台詞を吐く。



「……俺はお前の『お父さん』じゃない」

「んあっ!?」

 変な悲鳴と共に、カレンが硬直する。顔がみるみるうちに耳まで真っ赤になっていった。

 七海が不思議そうにしている。

『艦長、お父さんってどういう意味ですか?』



 俺は七海にだけ聞こえるよう、そっと教える。

「この国では、女性は社会的にも経済的にも自立できない。夫や父親のような、男性の庇護者がいないと生きていけないんだ」

『ああ、そういうことですか。確かにここ、文明が近世レベルですからね。家を飛び出したカレンさんには、ちょっと厳しいですよね』

 そういうことだ。

 俺はカレンに向き直る。



「お前は庇護者のグラハルドを失ったが、元の生活に戻る気はなかった。しかし今のお前を守る者はいない。だから俺を訪ねた」

「べっ、べべ、別にあなたに庇護してもらおうなんて思ってないし! かっ、敵討ちのつもりだったし!」

「……どうだろうな」



 彼女自身、はっきりとは自覚していなかっただろう。

 でも敵討ちにしては、いろいろとおかしかった。

 やけくそ気味な言動と、妙な自信のなさ。

 まるで親猫を失った子猫のように、カレンは何かに怯えていた。

 威勢のいい言動の多くは、俺には虚勢のように思えた。



 敵にさえ縋ろうとする彼女を突き放す為に、俺は冷たく告げる。

「敵討ちのつもりなら、墓参りをしていても敵の背中は迷わず撃て。それさえ躊躇するお嬢様が、グラハルドの後継者になれるものか」

「そ……それは……」

 グラハルドの血塗られた武勇伝や、俺が実際に戦ってみた印象で判断すると、殺すと決めた相手の背中は迷わず撃つ。あの爺さんはそういう男だ。



「軍人であれ海賊であれ、俺は自分の生き方に責任を持つ人間を尊敬する。だがお前はまだ、自分の生き方に責任を持っていない。他の誰かに責任を持ってほしいだけだ」

 ちゃんとパラーニャ語に訳せてるかな。

 事前に作っておいた文章なので間違いはないと思うが……。あ、カレンが半泣きで小刻みに震えてるから間違いなさそうだ。



「あ、あたしは……」

 カレンは真っ赤だ。バイタルサインの各数値が面白いことになっているが、これ健康に悪そうだな。

 俺は彼女にこれ以上は恥をかかせないよう、フッと優しく微笑んでみせた。



「あまり無茶をするな、カレン。お前が死んだら、あの世でグラハルドが悲しむぞ?」

「えっ!?」

 なにその反応。

 いいこと言ってみせたつもりなのに。



 カレンの心拍が過去最高を記録しているので、俺はアプローチを間違えたのだと判断した。

 女性の心理ってよくわからん。

「お前を守ってくれたグラハルドはもういない。楽しい海賊ごっこの夢は終わりだ。おとなしく郷士の娘に戻れ」

「だったら今度は独り立ちしてやるわよ……。別に、庇護者なんていらないし……責任だって持つし……」

 ごにょごにょ言っているカレン。



 俺は真顔に戻る。もし彼女がその生き方を選ぶつもりなら、釘を刺しておく必要があった。

「パラーニャの社会は、独り立ちした女海賊など決して認めない。老獪なグラハルドの庇護がない以上、今度こそ死ぬぞ」

「し、死なないから!」

 カレンは耳どころかうなじまで真っ赤になって、俺に叫ぶ。

「ああもう、あんたムカつくわね! 見てなさい、絶対に後悔させてやるんだから!」

 何を?



   *   *   *



「なあ艦長、行ってしもたで?」

 メッティが艦外カメラの映像を見て、俺を振り返る。

 俺がチラリとモニタを見ると、カレンが大股で歩き去っていくところだった。

 これでようやく、落ち着いて生活できるぞ。



 メッティが頬杖をつく。

「あれでええのん?」

「構わんさ。カレンをこの船に乗せる気はない」

 俺はカレンをこの船に迎えることもできた。

 でも俺と七海が元の世界に帰ってしまったら、彼女はまた同じ問題に直面する。そして今度こそ死ぬだろう。

 今のあいつは俺と同じで、人生の遭難者だ。



 俺は微分の問題を解くのを諦めて、鉛筆をノートに転がした。

「だがもしかすると、あいつもいつか、グラハルドみたいな大物になるかもな」

「せやろか?」

「俺にもわからんが、そのときは……」



 俺はグラハルドの帽子を脱ぐと、型崩れひとつないそいつをじっと見つめた。

「これをあいつの金髪に被せてやろう」

 それまで死ぬんじゃないぞ、カレン。

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