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雷帝を継ぐ者・3

038



「あんたのこと、ウォンタナからいろいろ聞いたよ」

 俺はエンヴィラン島の山の斜面で、十一個の墓碑と向かい合っていた。俺の目の前にあるのは、大海賊『雷帝グラハルド』の墓碑だ。

 港と夕日を愛したグラハルドたちのために、ここからは港と西の海が一望できる。



 まあもっとも、港が好きなのは補給と休息ができるからだし、夕日が好きなのも夜戦が得意だったからという、割とどうしようもない理由らしいが。

 でもそんなところも、俺は気に入っていた。

 海賊らしくていいじゃないか。



 しかし俺はグラハルドの敵だ。彼が「敵のままがいい」と言い遺したので、俺はこれからも彼の敵として生きていく。

「どうだ、敵に弔われる気分は?」

 俺はニヤリと笑う。

 きっと彼は苦笑しているに違いない。



「あんたが好きだと聞いてな。賞金の一部で上等な糖蜜酒を買ってきた。俺のおごりだ、飲んでくれ」

 ハルダ雑貨店が仕入れてくれた特級の糖蜜酒を、墓碑に供える。

 若い頃のグラハルドは強い糖蜜酒を浴びるように飲んでいたらしいが、最近は酒に弱くなって薄い葡萄酒を飲んでいたそうだ。

 今頃はあの世で、この糖蜜酒を存分に飲んでいるだろう。



 冷たい潮風が石碑を撫でていく。俺みたいな陸の者には寂しげな光景だが、海の者にとっては落ち着く場所らしい。

「俺はあんたが羨ましいよ、グラハルド」

 最後の最後まで、自分のやりたいように好き放題に生きた。

 伝説の海賊、雷帝グラハルドの悪名高き武勇伝は不滅のものになっただろう。

 いいなあ。



 俺は墓碑の前で腕組みをする。

 それからなるべく迫力のある声を出して、威嚇してみた。

「それで、俺の墓参りの邪魔をするお前は誰だ?」



「えっ……?」

 若い女性の声だ。戸惑ってるな。よしよし。

『ななみ』の周囲数百メートルは生体センサーが見張っている。俺はその範囲から出ないように生活しているので、もちろんここも射程圏内だ。

 俺の眼帯型ゴーグルに、背後の光点が動き出したことが表示される。



「あんた、気配でも読めるの?」

 よく通る、訓練された声だな。この感じなら、舞台から体育館の奥まで届く声を出せそうだ。

 こいつの武装は……。おっと、微量だが火薬の反応がある。銃を持ってるな。



 七海が通信してくる。

『艦長、背中を向けたままが一番安全です。コートの全体に防弾効果がありますので、背後なら隙間がありませんよ』

 頭とか足とか撃たれたらどうするの。

『それは振り向いても変わりませんし』

 それもそうか。



 幸い、背後にいる人物の画像は、七海が送信してくれている。船乗り風の美女だ。

 女性の船乗りは珍しい。ウェーブのかかった金髪が潮風に揺れていて、とてもセクシーだった。

 ニドネも美人だったけど、この女性は生物としての強さが感じられる。違うタイプの美人だ。



 俺は安全のために背中を向けたまま、背後の美女に声をかける。

「質問しているのは俺だ。答える気がないのなら立ち去れ」

「わっ、わかってるわよ! あたしはカレン。その墓の主は、あたしの親分さ」

 やっぱり海賊か。

 やだなあ怖い。



 すかさず七海が通信してくる。

『その人物を感知した時点で、既にホーネット対地攻撃機をスクランブル発進させています。近くの林で狙撃モードにしていますので、何かあれば殺害します』

「そうか」

 俺は安心しつつ、グラハルドの帽子を被って振り向く。



「俺の名は『艦長』。あの女神に守られた船の主だ。それ以外の名は持たない」

 俺は近くに浮かんでいる『ななみ』を、ちらりと見る。

 即座にまた通信。

『め、女神はもういいですって! 艦長、性格悪いですよ!?』

 まあそう言うなよ女神。

 少なくとも俺にとっては、お前は救いの女神なんだから。



 俺は七海の狼狽えっぷりに少し元気づけられながら、薄く笑ってみせた。

「それでカレン。俺に何の用だ?」

「そ、それは……」

 急に気まずそうな顔をするカレン。

 船長の弔い合戦って訳じゃなさそうだな。



 港付近の人の出入りも、七海はそれなりに記録している。

 カレンの足取りを検索してみると、アンサール市とエンヴィラン島を結ぶ定期船でやってきていた。

 それも単身だ。

 海賊にしてはおかしい。



 カレンはまだ迷っている様子だったが、意を決したように俺に声をかけてくる。

「敵討ちのつもりで来たんだけど……その、親父さんの墓を見たら、ちょっと混乱しちゃって……」

 彼女の発言が翻訳され、日本語の文章になって表示される。

 早く返事しないと間が持たないので、俺は適当に応じておく。

「……そうか」

 今すぐに殺し合いに発展するって訳じゃなさそうだな。



 敵か味方かハッキリしない相手は、どうにもやりづらい。相手の意図が汲みづらいと、七海の翻訳にも時間がかかるしな。

 女性を撃ちたくないし、お引き取り願おう。

「俺はお前に興味がない」

 俺はカレンに背を向けて、艦に帰ることにする。とにかく外は怖い。



 しかしカレンはしつこかった。

「あんた、どうして親父さんたちに墓を?」

 俺が日本人だからだよ。死ねばみんな仏様だ。

 それと、ウォンタナへの配慮もある。

 もちろん、俺が殺した相手をきちんと供養したいという思いもあった。



 だが長すぎるので、俺は適当に答えておく。

「……戦士への礼儀だ」

「戦士……」

 俺の眼帯には、背後のカレンが戸惑った表情をしているのが映っている。戦意はなさそうだな。

 さあ帰った帰った。



 カレンがぼんやりしている様子なので、俺はさっさと艦に帰ることにした。

 俺と話をしたいのなら、銃はどっかに置いてきてくれ。



   *   *   *



 その翌日も、カレンは墓の前に来た。

 彼女が墓の前にいることは七海から聞いていたので、俺は花束を手に歩み寄る。

「あっ、艦長……」

「どいてくれないか」



 俺はわざと冷たく言って、グラハルドの墓に花束を手向けた。既にカレンが花束を供えているので、俺も隣に置く。

 軽く黙祷してから、俺はカレンに背中を向けたまま口を開く。

「昨日は俺の墓参りを邪魔してくれたな。今日も邪魔するつもりか?」

「べ、別に……」

 カレンはムッとした様子だったが、親分の墓の前で争う気はないらしい。よかった。



 昨日、ウォンタナにカレンのことを聞いてみた。

 ウォンタナは引退して久しいので新参者のカレンとの面識はなかったが、どうやらカレンは海賊の界隈では『有名人』らしい。

 俺はカレンの花束に触れる。

「パラーニャの海賊は墓を持たない。だから墓参りもしない」



 海賊の多くは船の上で死ぬ。病死だったり、殺されたり。そして運が良ければ水葬され、運が悪ければ海に放り込まれる。結果的には、どちらも同じだ。

 もっと運が悪いヤツは陸で死ぬが、それはほとんどの場合が処刑だ。死体は埋められるが、この国では罪人の墓標は作られない。

 だからほとんどの海賊は墓を持たないし、墓参りの習慣もなかった。



「だがお前は花束を用意してきた。海賊じゃない」

「海賊よ」

 予想通り、カレンは不快そうな声で応じる。

 俺はもっと嫌われるために、敢えて挑発的に言った。

「……どうかな」

 これぐらい嫌われておけば、さすがに帰ってくれるんじゃないかな?


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