雷帝を継ぐ者・2
海賊037
翌日。海軍治安局から帰ってきた俺は、クルーを士官食堂に集める。もらった賞金をさっそく分配することにした。
「七海が回収してくれた海賊船の残骸で、七万六千クレルもらえた」
メッティとポッペンがうなずく。
俺もうなずき返しながら、金貨と銀貨をテーブルに積み上げた。
「今回の勝利は、俺とポッペンとメッティと七海でつかみ取ったものだ」
戦後処理も、四人で頑張った。
ポッペンと七海が沈没した海賊船のサルベージをしてくれたし、賞金首の換金について調べてくれたのはメッティだ。
まさかあんな内陸の役所で換金するとは思わなかったが、それだけ海賊が怖いんだろう。
「だからこれは、四人で公平に分配する」
俺は一万九千クレルずつ、それぞれの目の前に差し出す。
するとモニタの中の七海が不思議そうな顔をした。
『でも艦長、私は人ではありませんよ?』
「うるさいな、じゃあ二人と一羽と一隻でいいだろ」
俺はモニタの前に七海の取り分を積み上げてやった。
「お前はお前で艦の維持費がかかる。この世界で入手できる物資は限られているが、これを購入費に充てろ。俺が買ってきてやる」
『艦長……。ありがとうございます!』
嬉しそうに敬礼する七海。
七海は人間でも生物でもないけど、異世界人としゃべるペンギンと人工知能という顔ぶれの中だと、細かいことがどうでも良くなってくる。
「メッティは賞金を学費に充ててもいいし、ウォンタナに渡してもいい。どちらにしても、これはお前の金だ」
メッティが困惑した表情を浮かべる。
「せやけど私、何にもしてへんで? 戦ってへんし」
「お前がいないと、俺たち根無し草は居場所がないんだよ。金だけあっても生活できない」
安全な小麦粉や塩やタコの干物を適正価格で売ってもらえるのも、メッティがいるおかげだ。
それと、もうひとつある。
「お前が俺に無理矢理に銃を貸してくれたから、俺は生き延びられた。ありがとうな」
銃自体が役立ったのはもちろんだが、あれだけ心配してくれる人がいたことは嬉しかった。
メッティは打算抜きで、俺のことを心配してくれたんだと思う。
おかげで頑張れた。
そしてポッペンは金貨をチョンチョンとついばんで、感触を確かめている。
「これが金貨か。これでソラトビペンギン用の家が何軒くらい建つ?」
メッティが腕組みした。
「せやな……。建材の輸送費は七海にお願いするとしても、建材の費用がモノによりすぎて全然わからへんわ。寒い地方の家って、よう知らんし」
俺もよく知らない。
メッティは首を傾げつつ、こう付け加えた。
「ただ、家建てる職人さんを雇わんとあかんやろ? 日当三十クレルとして、百日雇ったら三千クレルで……。町作る規模やったら、それが何十人必要になるか……」
「ふむ、全く足りんな」
測量や整地をしたり、建築家に設計を依頼したりと、費用のかかりそうなことが山ほどある。
インフラの整備とかも考えたら、ポッペンが稼がないといけない額は莫大なものになる。
俺はポッペンの背中を叩き、彼を励ます。
「心配するな、金貨は目減りしない。この調子で貯めていこう」
パラーニャの通貨クレルは、場所によって価値が大きく異なる。
エンヴィラン島で俺が使っている感じでは、一クレル銅貨の価値は百円玉と五百円玉の中間ぐらいだ。
ちょっとした買い物なら、財布に数クレルあれば足りる。
だから俺の手元に残った一万九千クレルというお金は、生活費として見ればかなり安心できる額ではある。
おっと、その前にみんなに伝えておこう。
「これからも稼ぎは頭割りだ。ただ、クルーの間で稼ぎを融通するのは自由だ。俺は何も言わない」
九千クレルあれば当分は生活できそうだから、一万クレルはポッペンにあげてしまおう。
ふふ、俺カッコいい……。
そのとたん、メッティが挙手した。
「気持ちは嬉しいけど、こんな大金受け取る訳にはいかんわ。これ全部、ポッペンにあげてもええかな?」
「もちろん」
微笑みながらうなずいた俺だが、内心で焦る。
やべえ、俺よりカッコいいヤツがテーブルの向こうにいるぞ。
負けてられるか。
全部突っ込んでやる。
だがポッペンが首を横に振る。
「気持ちは嬉しい。だが今は大丈夫だ。どうしても必要になったときには、私からお願いする」
「ええんか?」
「うむ。いつも友の厚意に甘える訳にはいかんよ」
くそっ、こっちにもカッコいいヤツが。
俺の周りは敵だらけだ。
……いや、落ち着こう。
俺は表面的には落ち着いた態度で、二人に笑いかける。
「いい仲間たちを持って俺は幸せだ。メッティ、帳簿をつけておいてくれ」
「この調子でさらに稼ぎたいものだな」
ポッペンが言うが、俺は首を横に振る。
「残念ながら、この付近の賞金首は全部片づけてしまった。換金できるヤツがいない」
「海の悪党があれっぽっちだとは思えないが」
ポッペンが首を傾げると、メッティが説明する。
「賞金首になるのは、かなり悪辣にやったヤツだけやからな。子分を集めて専業で大々的に何年もやっとるようなヤツやないと、賞金首に指定されへんねん」
「ずいぶんと甘いのだな」
ペンギンらしい疑問に、今度は俺が答えることにする。
「この国の法律は、社会秩序の維持を目的としている。個人の保護や正義の追求じゃない」
人権なんて概念がない世界だからな。
殺人や強盗をやらかしても、社会秩序が崩壊しないのならお咎めなしのようだ。街の外や海の上では野放しといってもいい。
「だから副業程度に海賊行為をしている悪党は、賞金首にもなっていない。退治しても一銭にもならないどころか、こっちが海賊扱いされかねないな」
「ふむ、人間たちがそれでいいのなら良かろう。では艦長、次は何と戦って儲ける?」
思考が海賊っぽいぞ、ポッペン。
俺は頭の後ろで手を組むと、士官食堂の壁にもたれた。
「取り締まる側にやる気がないし、社会構造が海賊を生み出すようになってるからな。すぐにまた次の海賊が出てくる」
古参海賊がルールを作って、積み荷の一割しか奪わなかった二十年ほど前。
新興海賊がハイエナみたいに残り九割の積み荷を全部奪うことで、急激に勢力を拡大していった。
そして今度は新興海賊が一網打尽にされ、海上が盗賊の空白地帯になった。
しばらくすれば、また新しいタイプの海賊たちが現れるだろう。
「だが今のところは海は平和で、もう本職の海賊なんていない。だからしばらくは様子見だ」
当面はハルダ雑貨店で運送屋でもやろうかな。
* * *
「おいカレン、まだこんなところにいたのか」
アンサール市港湾区の腕章をつけた衛兵が、桟橋にいる若い女性に声をかけた。
海を見て腕組みしていた女性が、ゆっくり振り返る。ブロンドの癖毛が潮風に揺れた。
「あれ、ワーレさんだ」
ワーレと呼ばれた衛兵は制帽を脱ぎ、禿げ散らかった頭を撫でる。
「他の連中はみんな、船を下りたらしいぞ。お前はどうする?」
「あたし? さあねえ……」
カレンと呼ばれた女性は、また海を眺めながら腕組みした。
ワーレは溜息をつく。
「その様子じゃ、海賊をやめる気はねえようだな?」
「帰るとこないもん、しょうがないでしょう?」
「お前、いいとこのお嬢さんじゃねえか。実家に帰って結婚でもしろよ」
「それだけは死んでも嫌」
カレンは不機嫌そのものの表情で応じる。
ワーレはパイプに煙草を詰めながら苦笑した。
「強情っぱりめ。女のお前が、グラハルド親父の魂を一番受け継いでやがるとはな」
「いや、行き場がないだけよ? おっちゃんたちと違って、再就職先もなさそうだしね」
カレンは苦笑混じりに肩をすくめてみせたが、ワーレは渋い顔のままだった。
「お前は親父や斬り込み隊の十一人と違って、まだ賞金首になってねえんだ。人生やり直すなら、今が最後のチャンスだぜ?」
「やり直すほど後悔してないし、やり直す価値も感じてないわ。海賊稼業でくたばるのが、あたしの望みよ。それより今は、親父さんの仇討ちね」
するとワーレは制帽を被り、カレンに背を向ける。
「立場上、俺は海賊の仇討ちに協力する訳にゃいかねえ。だがまあ、俺もあのクソ親父の元弟子だ。俺の独り言をちょっと聞いていけ」
ワーレは背を向けたまま、こう続けた。
「海軍治安局に、親父の船長帽を被ったヤツが来たらしい。名を聞かれたとき、そいつは『艦長』と名乗ったそうだ」
「ふぅん?」
カレンがぺろりと舌なめずりをした。