雷帝を継ぐ者・1
036
大海賊グラハルドとの一戦を終えた朝、俺は戦闘指揮所で特大モニタの七海と向かい合っていた。
シューティングスター級九七式重殲滅艦『ななみ』。
そのインターフェース用人格である七海には、前々から大きな疑惑があった。
そろそろきちんとした説明をしてもらわないとな。
俺は七海を見つめる。今朝の七海は珍しく、大正時代の女学生みたいな服装をしていた。『海老茶式部』というヤツだ。
「七海、それ似合うな」
『ありがとうございます。えへへ』
袖を持って、くるりんと一回転する七海。
『これは公務から離れた立場で使う衣装です。制服での発言だと都合が悪いときがありますので、諸般の事情で設定されました』
「お役所は大変だなあ」
わざわざその衣装を選択したということは、こいつも俺の用件は理解しているようだな。
「七海、俺のセキュリティクリアランスを教えてくれ」
『ええと、まだ二レベルです』
「シューティングスター級の概要が七レベル機密だったな。その辺のレベルにまだ何か、大事な情報が隠してあるだろう」
即座に七海が目を泳がせる。
だからなんでそうやって、「隠し事をしている表情」を表示するんだ。
実はお前、バラしたがってるだろ。
「七海、この艦は奇妙なことが多いな。遊覧船でもないのに、変なマスコットキャラクターがいるし」
すると七海が拳を握りしめ、振り袖をぶんぶんさせながら反論する。
『マスコットキャラクターじゃないですよ!? インターフェース人格です!』
「お前のことだとは言ってないけど、自覚はあったんだな」
『うっ!?』
面白いヤツだ。
「この艦は冷戦時代の戦略兵器なのに、俺の冷戦のイメージからかけ離れている部分が結構ある」
俺のいた世界の冷戦時代だと、『歩兵用核兵器』だの『原子力戦車』だのが試作され、核兵器を撃ち合う前提で新兵器が開発されていたと聞く。
さらに核爆弾を搭載した爆撃機を二十四時間飛ばしっぱなしにして、七海みたいに使うつもりだったとも聞いている。
それがやがて大陸間弾道弾になり、戦略級原子力潜水艦になって、今も残っている。
とにかく、冷戦時代のガチっぷりは今の俺たちには想像もつかないものだったらしい。
「この艦には、無意味なものや無駄なものを積み込む余地は全くないはずだ。当然、七海みたいなオモシロポンコツキャラも必要ない」
『艦長、ポンコツは異議を唱えます』
「わかった。そこは訂正しよう。オモシロは?」
『えー……、認め……ます』
こいつをいじってると、時間が経つのを忘れるな。
そう、それが妙なんだ。
「お前がそういう変なキャラしてるのも、『そう作られたから』だろう? その理由は何だ? お前は何のためにここにいる?」
軍人……いや七海世界の自衛官たちが職務を遂行するときに、七海の変な言動は必要ないだろう。
七海は頼まれなくても的確なサポートをしてくれるし、良いムードメーカーになっていると思うが、そういうのが必要なのは俺みたいな素人だ。
そう考えたとき、俺はとても怖い想像に行き当たってしまった。
だから今、ここでそれを七海に問う。
「お前、もしかして『民間人を戦争に使うためのツール』なんじゃないか?」
しばらく沈黙が流れる。
七海は袴姿のまま、何か言いたげな表情で俺を見つめていた。
……やっぱり、答えてはくれないか。
彼女は気さくに見えるが、機密のベールに覆われている。
あまり問いつめても、お互い気まずく……いや、彼女は気まずくならないか。俺が気まずくなるだけだ。
「心配するな、無理に聞き出すつもりはない」
諦めかけて帰ろうと思ったとき、七海が口を開いた。
『さっき、この服装を誉めてくれましたよね?』
「ん? ああ。普段の制服もいいが、そういう和装も可愛いぞ」
すると七海は微笑みながら、こう続ける。
『さっきも言いましたが、この服装のときの私は表向き、戦略護衛隊とは無関係の存在ということになっています。比較的自由な発言が許されているんですよ』
ふむ?
『私は立場上、言えないことが多いですからね……。でもそれだとインターフェース人格として不都合がありますので、こういう解決策も用意されたんです』
なんていうか、とてもよくわかる話だ。
「そしてその服装でも、今の質問には答えられない、ということだな?」
『まあ、そういうことになりますね。核心に迫り過ぎていますから』
寂しげに微笑む七海。
「じゃあ図星なんじゃねーか」
『あっ』
ほら、まただよ!
うっかり漏らした風を装って、俺に真実を伝えてくれている。
配慮はわかるし嬉しいけど、どうも緊張感が乏しい。
七海は冷や汗をダラダラ表示させながら、カタカタ震えている。
『えと、それは……ですね……』
「お前が本当にしらばっくれる気なら、いくらでもできるよな? もっとわかりやすいボケ方をしてみたり、偽の艦内トラブルを起こしてみたり」
『はい、できます!』
嬉しそうに言うな。
「ということは、お前のその変なリアクションは、やっぱり『真実を伝えたいが、立場上それができない』という意思表示だろ」
『はい。あっ、いえ、ソンナコトナイデスヨ』
だからそのわざとらしい演技やめろ。
すると七海は小さく咳払いをして、振り袖で口元を隠す。
『えー……。それではここで、私の即興創作童話をお聞き下さい』
唐突にもほどがある。
「お前、インターフェース人格の癖にコミュ力に問題ありすぎないか?」
まあいいや、一応聞いてやろう。
何か意図があるのだろう、七海は口元を隠したままで創作童話を語り始める。
『むかしむかし……あっ、いえ、未来ですね』
「どっちだよ」
『未来……といっても遠い未来ではなく、比較的近い未来だとお考え下さい。現時点での予測では、十年以内である確率がおよそ六十八%です』
童話なんだよね?
『大地が炎に包まれ、太陽の昇る素敵な国も焼け野原になってしまいました』
世紀末童話だ、これ。
『男の子が一人、瓦礫の中をとぼとぼ歩いていました。するとそこに、空から大きなお船が下りてきたのです』
あー、なるほど。
俺がうなずきながら聞いていると、七海は物語を続ける。
『大きなお船には綺麗な女神がいて、男の子を助けてくれました』
綺麗な女神……。自分で言うか。
俺が小さく溜息をつくと、七海が不満そうにふくれっ面をする。
俺は手をヒラヒラ振った。
「続けて」
『あ、はい。女神は男の子のお世話をしながら、男の子に戦うことの大切さを教えました』
ん? 今何か、恐ろしい展開が見えてきたぞ。
『どうやって敵を打ち倒すか。どうやって味方を守り抜くか。どうやって戦いの後に生き延びるか。女神は戦う方法を教え、男の子と共に戦場に向かいました』
えげつねえな、その女神。
『最初の戦いが終わった後、恐怖で震えている男の子を女神が優しく慰めました。男の子は元気になり、また次の戦いに向かいました』
その女神、どう考えても邪神だぞ。
『こうして男の子は次第に戦いに慣れて立派な戦士になり、敵を全部やっつけて、太陽の昇る素敵な国を再び立派な国にしたそうです。めでたし、めでたし』
なるほど、そういうことだったのか……。
小さな謎はまだたくさん残っているが、一番大きな謎は解けた。
振り袖で隠していた口元を露わにさせながら、七海が上目遣いに俺を見てくる。
『あの、以上です』
「わかった。ありがとう、女神さん」
『あっ、いえ、この物語はフィクションです。実在の女神、インターフェース人格、戦略護衛隊とは何の関係もありません』
お前のわざとらしすぎる自爆芸も、慣れてくると意外と味があるように思えてくるから不思議だな。
俺は小さく咳払いをして、七海に質問する。
「今の『創作童話』は、本職の戦士たちがみんな死んでしまった後の物語ってことだな?」
『はい。戦士たちが全員倒れても、戦う力がまだ残っていれば女神は戦わねばなりません』
俺の世界でも、長期戦で敗北寸前になった国は苦し紛れに市民兵を動員していたからな。
しかし七海の世界だと、これが苦し紛れにならない。
九七式重殲滅艦が一隻あれば、奇襲攻撃で敵都市を一瞬で壊滅させられる。
対艦用の五五〇ミリ湾曲光学砲の威力でも、市街地や基地は数分で火の海だろう。
本来の目的に使われる『主砲』なら、もっと恐ろしいことができるに違いない。
七海たちは民間人の保護も任務としている。だから艦にクルーがいないのに、民間人だけ乗っているケースもありうる。
その場合、七海たちは民間人を少しずつ訓練し、補充用のクルーに育て上げるのだ。
最初のうち、民間人は戦闘命令だけして、後はモニタ越しに七海が実行する戦闘を眺める。老海賊グラハルドが言っていたように、艦砲の撃ち合いなら白兵戦より心的ストレスが少ない。
それから徐々に慣れさせつつ、艦のシステムや兵装、戦術を学習させていく。
気づいたときには先日のような駆け引き込みの艦隊戦や、艦内での白兵戦もこなせるようになっている。
こりゃ、まんまとハメられたな。
おかげで助かったけど。
「お前は機密事項でも俺に漏らすのに、この件に関しては口を閉ざしてきたな。俺との関係がこじれるのを危惧したのか?」
『せっかく艦長と仲良くなれたのに、嫌われたくないですし……』
寂しそうな顔をしている七海。
プログラムだとわかっているのに、何となく同情してしまう。
「確かにこんなやり方は気に入らないが、俺は七海の世界の人間じゃない。七海にも、七海を作った人たちにも、どうしようもない事情があったんだろう。俺は怒らないよ」
『本当ですか!?』
パッと笑顔になる七海に、俺は苦笑した。
「お前が俺を鍛えてくれなかったら、今ここにいるのは俺じゃなくてグラハルドだ」
殺し合いなんてできそうもなかった俺だが、この物騒な世界にきちんと適応できた。
言いたいことは多少あるが、今はこれでいい。
「でもこれ、このまま元の世界に戻ったらまずいんだろうな?」
気まずそうな顔をする七海。
『今の艦長なら、即座に戦闘状態に気持ちの切り替えができます。それはつまり、日常生活のちょっとした異変でも戦闘状態になってしまう訳でして……』
「肩がぶつかっただけで身構えたり?」
『いえ、目の前の人が不審な動きをしただけで、その人の頭にイスを振り下ろすぐらいはやりかねません』
完全に危ない人じゃないか。
どこのカンフー映画だよ。
「今すぐ戻……いや、帰るときに戻してくれ」
『あ、はい。帰還兵の社会順応プログラムを使います。少し時間はかかりますが、たぶん何とかなると思います』
微妙に信用できない言い方だけど、もう細かいことを気にするのはやめよう。
お互い、他に方法がない。
「ところで七海は最初に会ったときから、俺を戦いに慣れさせていくつもりだったのか?」
『はい。えーとですね、まず最初に会話などから心理分析を行いました。私の世界で普及しているシュピーネル=マクマイザー心理分析テストの結果、艦長はSP群C型、通称”サメ殴りキャプテン”になりました』
なにそれ。
俺が首を傾げていると、七海が補足説明してくれる。
『理性や判断力が優秀なグループに属し、共感力も高くて全体的なバランスが取れているタイプです』
「なんだか悪くない感じだな」
『そうですね。このタイプは感情も豊かですけど、理性を重んじる傾向があります。頭脳集団の調整役や補佐役に向いているとされていますよ』
調整役は疲れそうだけど、補佐役はなかなかいいな。シュガーさんみたいだ。
七海がニコニコしながら続ける。
『あ、でも、高いといっても、平均的な人よりはという話ですよ。企画力や統率力は大したことありません。あと、協調性や従順さがかなり低いです。よくこれで会社勤務が務まりましたね』
「お前こそ、よくそれでインターフェース人格が務まってるな」
務まってないから、俺はあんまり帰りたくないんだよ。
「なるほど、心理テストで俺を値踏みした訳か」
『言い方は悪いですけど、私よりバカな人や情緒不安定な人には艦長させられませんし……』
「艦長させられる程度には評価してくれたんだな」
俺は苦笑したが、七海は拳を握って力説する。
『そりゃもちろんですよ! ていうか艦長、御自身が逸材なのに気づいてますか?』
「えっ、本当?」
『はい! 三人に一人ぐらいの逸材ですよ?』
「それ割と普通の人じゃない?」
さっきから執拗に持ち上げて落とすのやめて。
でも七海にしてみれば、『艦長ガチャ』でそこそこのレアを引き当てた感覚なんだろうな。
「で、鍛えれば使えると思ったんだろ?」
『はい、正直ラッキーだと思いました』
「もしダメだったら、お前はどうしてた?」
『日本国籍については諦めて、日本語が通じる人を探していたと思います』
俺はピンときた。
「ということは、メッティが次点候補だな。お前、俺と出会った直後ぐらいにメッティを捕捉してたんじゃないか? 発見までが早すぎたぞ」
『確かに漂流船には早くから気づいていましたが、生存者は期待していませんでしたよ』
「だがいずれにせよ、俺に務まらなければ子供のメッティを訓練して艦長をやらせていた。そうだろう?」
『まあ、そうなっていた可能性はあります。そりゃ私だって、未成年のメッティさんにそんなことはさせたくないんですけど……』
そういう風にプログラムされてますしと、言い訳がましくゴニョゴニョ言う七海。
俺は苦笑しながら、グラハルドの船長帽を被り直した。
「心配するな、お前にそんな非道な真似はさせない。血生臭い役目は俺がやる。それが大人の義務だ」
『そういうとこが大好きなんですよ、艦長!』
「ふふふ、もっと褒めていいぞ」
『後は特にないです』
「お前な」
その雑すぎる人身掌握術、どうにかしろよ。
冗談を言いながら目を潤ませている七海の頭上に、またキラッと星形のアイコンが輝いた。
 




