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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第4章(全8話)

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英雄伝「最後の海賊」

035「最後の海賊」



 その日、海軍治安局の事務所に変な男が現れた。

 帽子を目深に被った、コートの男だ。眼帯をしていた。

「賞金を……受け取りに来た」

 ゆっくりと、だが正統ファリオ式のパラーニャ語でしゃべる。



 海軍治安局の職員はペンを置き、この変な男に向き直った。

「賞金? どの賞金首だ? 換金するものはあるのか?」

「何が……必要だ?」

「海賊をブッ殺したっていう、確かな証拠だよ。言っておくが、それっぽい偽物なんか出してもすぐ見抜けるからな?」

 賞金を騙し取ろうとする詐欺師が来るのは日常茶飯事だ。



 すると眼帯の男は長い沈黙の後に、こう答える。

「……これなら文句はないだろう」

 その言葉とほぼ同時に、治安局の裏手から重みのある轟音が飛んできた。あまりの衝撃に、窓ガラスや机がカタカタ震える。

「うわっ!?」

「何だ!?」



 窓の外を見た職員たちは全員、絶句した。

 裏庭に船が落ちている。焼け焦げてボロボロになっていたが、間違いなく船だ。それも大型の武装船だった。

 船体は海水で濡れていて、陸揚げしたばかりのようだ。海賊旗らしいものも見える。

 だがここは海から三十リームも離れた内陸部、海賊たちがどう頑張っても手出しできない土地だ。



「なんだありゃ!?」

 職員が叫ぶと、眼帯の男は職員をじっと見据えたまま答える。

「海賊を殺したという……確かな証拠だ」

「あんなもん、どうやって運んで……いや、あれが海賊船かどうか、判断が……」



 コートの男は眼帯を撫でながら、微かに溜息をついた。

「……俺は議論が苦手でな」

 轟音がひとつ、ふたつ、みっつ。

 建物全体がガタガタ揺れて、ペン立てがひっくり返った。

 そして裏庭に船が三隻増えた。



「うっ、うわぁ!? またかよ!」

「どっから落としてるんだ!?」

「おい、裏庭が船で埋まっちまうぞ!?」

 窓を開けて空を見上げた職員たちだが、濁ったような曇り空以外に何も見えない。



 眼帯の男は無表情に突っ立ったままだ。

「……検分してくれ」

 相手がどうも普通の人間ではない、少なくともケチな詐欺師ではないのは確かなようなので、職員の何人かがおそるおそる船に近づいていく。

 受付の職員は眼帯の男を改めて見た。



 この男は眼帯だけでなく、大イシュカル帝国時代の古めかしい勲章を身につけている。

 あれが本物だとしたら、博物館でしか見られない貴重な品だ。

 それを無造作に身につけているのが異様だった。



「あんた、いったい……」

 そう言い掛けた職員は、彼の帽子にハッと気づく。

「それ、『雷帝グラハルド』の船長帽じゃないか!? 王室から賜ったって噂の!」



 すると眼帯の男は帽子を脱ぎ、感慨深そうに目を細めた。

「そうか……やはり、いわくつきの品だったのだな」

「あんた、もしかしてグラハルドを殺ったのか?」

「……ああ。俺が殺した」

 あの海の悪魔を倒せる人間がいたなんて信じられないが、裏庭の非常識な有様を見れば何となく納得できてしまう。

 こいつは悪魔より恐ろしい何かだ。



 職員は怯えつつも、職務として、眼帯の男にその帽子が換金対象であることを伝えた。賞金額も教える。

「まあその、額が大きすぎて即金じゃ払えないんだが」

 だが眼帯の男は首を横に振る。

「これは大事な物だ。……悪いがグラハルドの手配書だけは、次に来るときまでそのままにしてくれないか」

 そう言って、彼は帽子を被り直した。



 職員は首を傾げる。

「グラハルドの手配書だけ?」

「そうだ。他の手配書はあらかた片づけておいてくれ。……俺が沈めた海賊船は、三十九隻だ」

 それが本当に全部海賊船なら、海軍治安局が把握している主な海賊船のほぼ全てを、目の前の男が沈めたことになる。

 途方もない話だが、空から降ってきた船の残骸といい、大海賊グラハルドの帽子といい、妙な説得力があった。



 やがて職員たちが査定を済ませ、カウンターに銀貨と金貨の袋を積み上げる。

「確かに四隻とも、手配書の海賊船だった。賞金首の『赤獅子』ウーデリック、『樽詰め』ゲラン、『四本腕』マズロ、『火吹き』ボスコウィンの焼死体を遺品から確認できた。七万六千クレルだ」



 もし本当に三十九隻分の海賊を仕留めていたら、パラーニャ海軍の二年分の予算が消えてしまう。国家財政が揺らぐレベルだ。

 もちろん四隻分でも相当な額なので、船長以外の賞金首は見なかったことにしておく。

 本当は全部、見なかったことにしたかった。

 しかしこの眼帯の男を怒らせると、今度は建物の上に海賊船が降ってきそうな恐ろしさがあった。



 職員たちは男が何と言うか冷や汗ものだったが、眼帯の男は無表情のままで、賞金額に文句を言うことはなかった。

 彼は袋に詰まった銀貨と金貨を無造作に取り、コートの裾を翻しながら悠然と立ち去る。



 そのとき受付の職員は、ハッと規定を思い出した。

「ま、待った! あんたの名前は!?」

 立ち止まり、振り返る男。

「……名前だと?」

 その迫力に職員は恐怖したが、仕事なのでコクコクとうなずく。

「しょ、賞金の受取人の記録が必要なんだ」



 すると眼帯の男は、そっけなく答えた。

「俺には名乗る名前などない。……ただの『艦長』でいい」

 職員たちが呆然と見守る中、眼帯の男は海軍治安局から姿を消した。



 その日以降、眼帯の男はまだ海軍治安局を訪れていない。

 だから『雷帝グラハルド』の手配書だけは、今でも海軍治安局の壁に貼ってある。


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