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最後の海賊・7

034



 俺は今、人生最大の危機に直面していた。

 ポッペンが大海賊、『雷帝グラハルド』を逃がしてしまったからだ。

 その代わり残りの手練れ六人はきっちり始末してくれたので、後は俺が頑張るだけでいい。

 いや、無理だろ。



『艦長、対象は右舷第二通路を艦首方向に移動中です。ポッペンさんが追跡していますが、速度に差があって追いつけません』

「隔壁を閉じて足止めしてくれ」

『はい。あっ……閉じる前に抜けられました』

 おいおい。

『隔壁前でポッペンさんが立ち往生してますので、また開けますね』

「……頼む」



 あくまでもダメージコントロール用の隔壁なので、閉じるのが少し遅い。乗員の退避が間に合うようにだ。

 あの俊足ジジイ、隔壁を綺麗にすり抜けていきやがるな。

 ポッペンが通るために開けておいたのが仇になったか。

 まあしょうがない、そういう用途に使おうっていうのが間違ってるんだ。



「どうだ、グラハルドの動きは」

『録音した艦長の声を使って誘導を試みましたが、全く相手にされてません。何なんですか、この人って超能力者か何かなんですか?』

 知らないよ。

 ただ、ウォンタナから聞いた話が全部本当だとすれば、とっさの機転と決断力、卓越した観察力、動物的な勘の鋭さは全部持っている。

 勝てる気がしない。



 できればうまく隔壁トラップで足止めして、ポッペンと一騎打ちしてもらいたいところだ。

 ただ『ななみ』の艦内は迷路みたいだが、迷路ではない。迷わないように設計されているし、そもそも通路の数が少ない。

 艦内空間のほとんどは機関部と武装と倉庫に使われているので、俺とグラハルドがうろついている限り、必ずどこかで鉢合わせする。



 その前にポッペンが追いつけばいいんだが、飛べないソラトビペンギンはただのペンギンでしかない。

 それに何より、こうやって空き部屋に鍵をかけて隠れている俺の現状は、あまりカッコよくなかった。



 そのとき七海が通信を入れてくる。

『艦長、大変です。対象が戦闘指揮所に接近しています』

「まじか」

 戦闘指揮所にはメッティがいる。

 指揮所のドアはロックされているが、艦内の全てのドアは立てこもり防止のために手動で外から開けられる。

 それに気づかれたらまずい。



 しょうがない。

 ポッペンが追いつくまでの時間稼ぎでいい。

 俺が戦おう。

「七海、俺が出る」

『えっ』

 なにその返事。

 俺が戦力にならないって思ってるだろ?

 俺も思ってるけど。



「俺も男の子だからな」

 戦うときに戦わないと、きっと後悔するだろう。

 ただし俺は海賊より卑怯者なので、まともに戦うつもりはない。

「七海、反乱鎮圧プロトコル改『ver.大航海時代』開始だ」

『了解しました。あの、本当にやるんですか?』

 やめろ、決心が揺らぐ。



   *   *   *



「ようこそ、『雷帝グラハルド』」

 俺は大部屋の物陰から、ゆっくりと姿を現した。

 白髪の男は俺に気づいていたのか、すでに立ち止まっている。

 まばゆいほどの艦内照明の下で、そいつはニヤリと笑った。

「お会いできて光栄だ、『艦長』」



 今のところ、相手に発砲する兆候はない。

 俺は時間を稼ぐために、胸を張って堂々と応じてみた。

「さすがは伝説の大海賊、といったところだな」

 なんか悪役っぽいけど、この路線でいくか。

 演劇部の底力を見せてやるぞ。



 俺はグラハルドに負けないよう、ニヤリと笑い返す。

「我が艦のもてなしはお気に召したかな? お前が最後の一人だ」

「なに、俺が一人いればケリはつく。お前を倒さなきゃ、安心して海賊稼業もできやしねえ」

 敵地のど真ん中でたった一人なのに、全く動じてないな。凄い胆力だ。

 ダメだ、もっと時間稼がないと。



「大した悪党だな、グラハルド。仲間の海賊艦隊を囮にして、自ら率いる斬り込み隊で決着をつけに来たか」

「あんなアホどもを仲間だと思ったことは一度もないが、役には立った。これでこの海も少しは静かになるだろうよ」

 なんかどっちも悪役みたいな会話になってるけど、やっぱり本職の方が凄みがあるな。



 とにかく脅威はヤツの二挺拳銃だ。あれを抜かれるとまずい。

 この世界の銃は先込め式で一発ずつしか撃てないが、ヤツは二挺持ってるから二発撃てる。たぶん最初の一発は気軽に撃ってくるぞ。

 さりげなく俺が近づこうとすると、グラハルドはスッと後退する。

 格闘戦の間合いを避けているな。やっぱり銃か。



 グラハルドのバイタルは俺の眼帯に表示されているが、だいぶ走ったせいか呼吸が荒い。歳だからな。

 こいつが俺とのおしゃべりに付き合っているのも、息を整える時間を稼ぐためだろう。

 それまでにポッペンが追いついてくれればいいんだが……。



 お、ポッペンから通信だ。

『すまない艦長、階段があって登るのに時間がかかっている。この船は何から何まで不便すぎるぞ』

 知らん。苦情は七海の設計者に言ってくれ。そもそも軍艦だから、バリアフリーとかあんまり関係ない。

 さっさと俺だけで勝負を仕掛けた方がマシみたいだ。



 でもその前に、俺は彼に聞いておきたいことがあった。

「なぜ、こんな襲撃方法を選んだ? 首謀者はあんただろう?」

 するとグラハルドは唇の端を微笑みで歪ませる。

「お前の船は最強無敵だが、乗員は少ない。となりゃ、勝ち目がありそうなのは移乗攻撃しかねえだろ?」



 なるほど、この艦の最大の弱点を狙ってきたか。

 艦そのものは無敵に近いが、乗っている俺は無敵じゃない。どうにかして俺を倒せば、全て終わる。

「だったら、あの御大層で役に立たない海賊艦隊は何だ」

 さっさと俺を暗殺すれば良かったのに。



「ちょいとした海の大掃除さ。前からやりたくてな」

 グラハルドは肩をすくめてみせた。

「根こそぎ奪う新興海賊のやり方じゃ、交易も海運も廃れちまう。それに海軍も本気を出す。交易や海運は国の税収に直結してるからな。やりすぎちゃいけねえのさ」



 慎重に間合いを測りながら、グラハルドはわざとらしく溜息をついてみせる。

「長期的かつ継続的な事業のためには、計画性ってもんがねえとな。だがアホどもは聞く耳を持たねえから、全員消えてもらった。艦長には感謝してるぜ」

 とんでもないジジイだ。



 おっと、グラハルドのバイタルが回復してきてる。呼吸が落ち着いてきた。

 さっきの溜息も深呼吸代わりか。

「ひどい悪党だな」

「なんせ海賊だからな」



 フッと笑うグラハルド。左手を大仰にヒラヒラ振る。

 あれは手品師がよく使うフェイントだ。

 左手に注意を集めておいて、右手で本命の行動をするつもりだろう。

 ……って、俺の眼帯に表示されている。



 本命の行動はもちろん、銃を抜いて俺を撃つことだ。

「ところで艦長さんよ」

 親し気に呼び掛けて注意を惹きつけながら、グラハルドの右手がスッと滑るように動く。



< 射撃感知 >



 俺を撃つ気だ!

 その瞬間、大部屋の照明が全て消える。

『艦長、伏せて下さい!』

 予定通り、七海が照明を消したか。

 俺の右視界は真っ暗闇だが、眼帯型ゴーグルに覆われた左目は暗視装置で視界を確保できている。



 次の瞬間、七海がスプリンクラーが作動させた。

「うおっ!?」

 さすがの大海賊グラハルドも、これには驚いたらしい。

 ヤツが抜こうとしていた銃が、びしょ濡れになるのが見える。

 今だ。



 真っ暗闇の中、俺は暗視装置だけを頼りに踏み込む。片目だけだから間合いが掴みにくい。

 俺は両手で構えた『マスターキー』を振り上げた。

 怖いけど、生き残るためにはやるしかない。頭に……いや肩に振り下ろしてやる。

 だがそのとき、俺の眼帯に警告表示が出る。



< 射撃感知 >

< 左回避 >



「くっ!?」

 俺がとっさに左に体を捌くのと、発砲炎のまばゆい輝きが視界を覆い尽くすのがほぼ同時だった。

 暗視装置の保護機能が作動して、網膜を焼かれるのは寸前で回避される。

 だが眩しい。



 くそっ、あれだけびしょびしょになってるのに、まだ撃てるのかよ。

 どういう構造してるんだ、あの銃。

 俺はもう一挺の銃を警戒したが、グラハルドは撃ってこない。

 真っ暗だからだろう。



 その代わり、暗闇の中でグラハルドの愉しそうな声が聞こえてくる。

「海賊をナメるなよ、若造。でかい水たまりの上で殺し合いをしてるんだぜ? 苦し紛れに水をぶっかけてくるヤツなんざ、いくらでもいるのさ」

 そりゃそうか。

 でもその銃、絶対に御自慢の特注品だろ。

 声が凄く嬉しそうだぞ。



 まずい、声が反響してお互いの位置がよくわからん。広い部屋を選んだのが仇になったか。

 眼帯の暗視装置が回復するまで、もう少しかかる。

 今照明をつけたら瞬発力の差で俺が負けそうな気がするが、真っ暗なままだと鳥目のポッペンが到着したとき戦えない。

 どうする俺。



 俺は『マスターキー』を構え、そろりそろりと後退する。居場所に気づかれたら撃たれる。

 グラハルドの声は少し離れた場所から聞こえる。

「まさかお前、丸腰じゃないだろうな? 丸腰じゃないのなら、なぜ殺しに来ない?」

 勝てないからだよ!

 俺が身につけてるのは竹刀の振り回し方で、日本刀や消防斧の振り回し方じゃない。



 するとグラハルドは大声で笑う。

「教えてやろう、小僧! 大砲で殺し合いをする海賊は腰抜けだ。大砲なら遙か彼方から、大した覚悟もなしに撃てる」

 否定はしないぞ。俺も七海の艦砲射撃でしか敵と戦いたくない。



 俺がどうやってこの元気なジジイをぶちのめすか考えている間に、グラハルドは叫びまくる。

「もう少し度胸のある海賊は銃を使う。だが本当に骨のある海賊は、刃物や素手でも人を殺せる!」

 うるせーよ。

 俺をお前ら職業犯罪者と一緒にするんじゃねえ。



 何か言い返してやりたくなったが、たぶんこれがヤツの手だと思って黙っておく。

 俺が何か言った瞬間、声のした方向に銃をぶっ放すつもりだ。

 それと声の響き方からして、グラハルドはじわじわ移動している。でも声がでかすぎるせいで、距離がわかりにくい。

 この状況で、まさかこれも全部計算してるのか。

 やばいぞ、やっぱり殺し合いのプロは違う。



 しかし俺はそのとき、眼帯の表示を切り替えられることを思い出した。

 暗視装置は使用不能でも、生体センサーは使えるはずだ。

 俺は眼帯をトトンと叩き、俺の周囲の生体反応を表示させた。



 後ろにいる!

 俺はレーダーの表示だけを頼りに、『マスターキー』をぶん投げた。

 どこでもいいから当たれ!

「おっと!」

 レーダーに表示されている光点が、わずかに動く。

 避けられた……。



 グラハルドの笑い声がする。

「いい度胸だ。だが、俺の勝ちだな」



< 白兵攻撃感知 >

< 刺突:右回避 >



 カトラスで突く気か。

 俺は転げるようにして右に逃れ、間一髪で背後からの一撃を避ける。

 だが、撃ってこないのはなぜだ?



 七海が通信してくる。

『今の攻撃を解析しました! 対象は艦長を捕捉しきれていません!』

 発砲してこないのは、次の銃弾が虎の子の一発だからか。



 そのとき、遠くから声が聞こえてきた。

「無事か、艦長! 征空騎士ポッペン、推参!」

 ポッペンの雄叫びに、レーダーの光点が一瞬止まる。

 今しかない。



 俺は前のめりになって距離を取りながら叫ぶ。

「七海! 最大光度だ!」

『はい!』

 即座に部屋中の照明が全て、フルパワーで点灯される。

 うわ、眩しい。闇に慣れかけていた右目は、何にも見えない。



 だが左目の眼帯は光度調節機能が作動し、光の中で立ちすくむグラハルドを捕捉していた。

 前に七海が言っていたな。

 視界を奪われた人間は一瞬、その場で立ちすくむって。

 確かにその通りだ。



「ぬおっ!?」

 目を閉じたままのグラハルドが、肉厚の短刀を投げ捨てて腰の銃を抜く。

 眼帯に警告メッセージが表示された。



< 射撃感知 >

< 左回避 >



 いいや、撃つのは俺だ。

 俺はコートの裾を払うと、ガンベルトからメッティのフリントロック拳銃を抜いた。コートで覆っていたので、俺の銃は濡れていない。

 奇妙な高揚感が一瞬、俺の胸をくすぐった。



 銃声が大部屋に轟く。

 ただし、一発だけだった。

「ぐお……」

 よろめいて膝をついたのはグラハルドだ。ヤツの胸が赤く染まり、みるみるうちに染みが広がっていく。

 傷を押さえた老海賊は、床に転がった銃を見つめて悔しそうにうめいた。



「くそ、一番の見せ場で不発かよ……持ち主そっくりだな」

 彼の銃は、撃鉄はしっかり下りていた。俺とほぼ同時に引き金を引いたが、弾が出なかったようだ。

 スプリンクラーのおかげ、だろうか?

 ちょっと危なかったかもしれない。

 メッティの銃とポッペンの助太刀、そして七海のサポート。

 どれが欠けても俺は死んでいた。



 俺は撃ち終えた銃を構えつつ、どうするべきか迷う。

 治療する? いやどう見ても、素人にどうこうできる傷じゃない。

 だいたいこいつ、まだ戦う気がありそうだ。



 俺は内心の動揺を押し隠しながら、彼に言う。

「俺の……いや、俺たちの勝ちだ、グラハルド」

「ふはは、そうだな」

 彼は自分の傷を見て、そのまま壁にもたれかかる。

「こりゃ長くねえな。こういうのは何度も見てきたが、とうとう俺の番か」



 すかさず七海が警告してくる。

『艦長、対象はまだ戦闘能力をわずかに残しています。警戒して下さい』

 そうだな。まだ戦いは終わっていない。

「降伏しろ。無駄かもしれんが、できる限り治療してやる」

「バカ言え、お前とは敵のままがいい。その方が笑って地獄に行けるぜ」

 出血多量で顔面蒼白だったが、グラハルドはいい笑顔だった。



「海賊稼業でうまく生き延びるのは難しいが、うまく死ぬのはもっと難しいのさ。処刑だの裏切りだのと、海賊の末路なんざロクなもんじゃねえ」

「自業自得だろ」

「全くだ。だが俺だけは、こうして上々の幕引きって訳よ。誰も知らねえ空飛ぶ船に乗り移って、船長同士の一騎打ちで死ねるんだからな……」

 負け惜しみではなく、グラハルドは本当に楽しそうだった。



「俺の人生は仲間と獲物に恵まれて、最期にこうして敵にも恵まれた。感謝するぜ、若いの」

 死神みたいで嬉しくないぞ。

 だけどここは礼儀としてうなずいておこう。

「伝説の大海賊にそう言われるのは光栄だな」

「おいおい、年寄りに気を遣わなくてもいいんだぜ……」



 彼は口の端から血を流しつつも、ニヤリと微笑む。

 それから船長帽を脱ぐと、俺に差し出してきた。

「俺は贈り物好きでな……。俺を打ち負かした勇者に、俺の銃と帽子をくれてやる……」

 グラハルドの声がだんだん力を失ってきた。

 ぐらりと上体がよろめく。

 銃はともかく、初対面の人の帽子を貰うのは少し抵抗があったが、俺は黙って受け取る。

 きっと大事な品なんだろう。



 すると彼は、こう言った。

「だが、気をつけな……。これだけの力を持っちまった以上……あ、後戻りはできねえぜ……」

「どういう意味だ」

「軍が……いや、国家が……お前を放っておかねえからさ……。じ、自分の縄張りにこんなもんが浮かんでて、知らん顔できる、かよ……」

 それもそうだな。



 ちょっと怖くなったが、ここで狼狽えてもしょうがない。

 俺の悪い癖が出て、適当に格好つけてしまう。

「何とかするさ」

 グラハルドは俺を見上げ、ふてぶてしく微笑む。

「大した度胸だ……。いっそ、海賊にならねえか……?」



 俺が返事しようとしたとき、壁にもたれたグラハルドの体がゆっくりと崩れ落ちる。

 返事を待たずに、彼は笑顔のまま逝った。

 それが大海賊、雷帝グラハルドの最期だった。

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[一言] 死に方が格好いい人は羨ましいです。
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