最後の海賊・6
033
走り去る眼帯の男を見送って、グラハルドはニヤリと笑う。
「勘のいい男だ。やはり侮れんな」
あの男をすぐに追うべきか迷ったが、今回は偽装を徹底したせいで銃をほとんど持ってきていない。
逃げる相手を刃物で仕留めるのは困難だし、待ち伏せが怖い。
副長が手下たちに声をかけている。
「深追いするな、ヤツはドアを開けっ放しで逃げてる。誘いかもしれん。……でしょ、船長?」
振り返って愛嬌のある笑顔をみせる副長。
グラハルドも笑顔でうなずいた。
「そうだ。ヤツはおそらく一人、味方がいたとしても少数だ。できることは限られてる。こいつは貴重な機会だ、確実に仕留めるぞ」
「そうっすね。三十隻も贅沢に沈めて、ようやく乗り込めたんですから」
「あんな連中でも、多少は役に立って……おい、待て」
次の瞬間、グラハルドは叫びながら走り出した。
「全員走れ!」
誰もいないはずのドアが、いや壁が、ゆっくりと降りてきていた。
「ヤツは俺たちを閉じこめる気だ!」
即座に全員が走り出す。
次々に倉庫のような大部屋を脱出した。
だが一人だけ、思うように走れない者がいた。
「ぐっ……うう……」
怪我人役を買って出た密偵のバランコが、壁に手をつきながら必死に歩いている。
「バランコ!」
「バランコ兄貴!」
何人かの海賊が駆け寄って、バランコに肩を貸す。
「急げ! 閉じこめられたら最後だぞ!」
グラハルドは降りてくる壁を止めるために、カトラスの鞘を立てた。だが重厚な鉄の壁は、無情にも鞘を噛み砕いていく。
「くそっ!」
グラハルドの目の前で、静かに隔壁が閉じた。
それと同時に、どこからか若い女の声が聞こえてくる。
『艦長命令により、あなたたちに一度だけ降伏勧告を行います。ただちに武装を解除し、その場に伏せなさい。この勧告に応じない場合、全員殺害します』
どこかに女が隠れているという感じではなく、声は通路の奥からも頭上からも聞こえていた。
グラハルドたちは顔を見合わせたが、答えは決まっている。
「相手にするな」
グラハルドがそう言い、壁を調べ始めたときだった。
女の声が、無感情に告げる。
『降伏勧告は拒絶されたものと判断します。反乱鎮圧プロトコル、第二フェーズに移行』
* * *
艦内に七海のアナウンスが日本語で響きわたる。
『あと三十秒で、上部格納庫内に消火用炭酸ガスを噴射します。危険ですので作業員はただちに退避して下さい。退避が不可能な場合は、備え付けの酸素マスクを着用して下さい。繰り返します。あと十五秒で……』
規定の警告アナウンスは日本語だから、海賊たちにはこれから訪れる運命はわからないだろう。
俺は物陰に隠れながら、彼らの冥福を祈る。
しばらくして、七海が俺に通信してきた。
『上部格納庫にいた侵入者四名を無力化しました。敵の残存戦力は通路にいる七名です』
「……わかった」
上部格納庫にいた海賊たちは、致死濃度の二酸化炭素の中で絶命したはずだ。
『でも艦長、消火用炭酸ガスでの無力化なんてよく思いつきましたね?』
「高濃度の二酸化炭素が危険なのは有名だからな。俺の世界には害獣駆除用にそういう罠があった」
シュガーさん、あなたの知識がまた役に立ったよ。えぐい形でだけど。
殺した相手のことは少し気の毒だが、あっちは殺し合いのプロが十一人もいるから他に方法がない。
「メッティを絶対に戦闘指揮所から出すな。戦闘指揮所のドアはロックしておけ」
『はい、艦長』
連中の狙いは俺だ。もう後には引けない。
「とりあえず、残りの連中を何とかしよう」
通路には炭酸ガスの噴射装置がない。
消火設備に危険な炭酸ガスを使っているのは、普段は無人の格納庫や、電子機器のある部屋などだ。
スプリンクラー使うと濡れて大惨事になるからね。
炭酸ガス使われると、人間の方が大惨事だが……。
「どうして窒素ガスじゃないんだよ」
『窒素はかさばりますし……それにほら、こうして役に立つでしょう?』
「中の人間を殺す前提で用意してる訳じゃないだろ」
いや、もしかするとそういう用途も想定しているのかもしれない。
七海の世界は殺伐としすぎている。
「ウォンタナの話じゃ、グラハルド一家は敵船に乗り込んで白兵戦をするのが得意らしい。大砲バカバカぶっ放すだけの『黒鮫』とは違う」
『いいじゃないですか、大砲バカバカぶっ放すの。安全ですし』
「相手を沈めるだけでいいなら、そうだろうな……いや、そこ拗ねるところじゃないだろ?」
戦略兵器と違って、海賊は積み荷を奪うのが目的だからね?
残りの七人の海賊、どうやって相手しようか。
「七海、敵の誘導はうまくいってるのか?
『はい。通路の隔壁を閉じて、戦闘指揮所には近づけないようにしてます。ただ……』
「何だよ?」
『リーダー格の人物は異様に方向感覚が鋭くて、こちらの誘導に気づいています。上部または下部格納庫への誘導ができていません』
さすがは大海賊というところか。
もともと、『ななみ』は艦内での白兵戦は想定されていない。大航海時代じゃあるまいし、普通はそんなことありえないからだ。
だから艦内に防衛用の設備を取り付けるぐらいなら、その予算や重量はもっとマシなことに回す。
でもおかげで、今の俺たちには打つ手があまりない。
「……いっそこのまま、あいつらが餓死するまで閉じこめておくか?」
『それまでに不測の事態が起きそうです。リーダー格の人物、動きが動物じみてますよ。なんか怖いです』
七海が怖がるなんてよっぽどだな。
隔壁も敵の進入を阻むためのものじゃない。
艦が損壊したときに浸水を防いだり、気圧を維持したりするのが目的なので、閉じ込められた乗組員のために手動で開けるハンドルが用意してある。
パネルで隠されているハンドルに海賊が気づくとは考えにくいが、グラハルドとかいうおっさんは油断できないようだ。
さっさとケリつけないと、なんか起きそうだな。
するとそのとき、俺の眼帯にポッペンが表示された。
『艦長、ここは私の出番だ。艦に損傷を与えずに、ならず者どもを排除してみせよう』
「よせ、相手は一人だけだが銃を持っている」
七海の金属探知と爆発物探知で、首領のグラハルドが銃を持っていることがわかっている。
漁師に偽装していたから他の海賊たちはナイフ程度しか持っていないが、狭い艦内通路には適した装備だ。
一方、ポッペンは艦内では飛ぶことができない。ぺたぺた歩くだけのペンギンが、七人もの手練れと戦うのは危険すぎるように思えた。
だがポッペンは朗らかに言う。
『征空騎士を侮ってくれるなよ、艦長。空を征する騎士は海と大地もとっくに征しているものだ』
台詞はかっこいいけど、ペンギンに言われても不安が残る。
するとポッペンは少し寂しそうに言う。
『それとも、私の力では艦長の役に立てないか?』
俺はつい反射的に答えてしまう。
「そんなことはない」
即座にポッペンが嬉しそうに叫んだ。
『では我が必殺の剣、お見せするとしよう!』
ああもう、誰かこの勇ましいペンギンを止めてくれ。
* * *
下りていた隔壁が少しだけ開き、そこからペタペタと足音が聞こえてくる。
「裁きの時間だぞ、卑劣な悪党ども」
深みのある、落ち着いた男の声だった。
現れた変な鳥に海賊たちは身構える。
「あの『艦長』の船だ、どんなヤツだろうと油断はできない」
「ああ、ちょっと、その……予想もしてなかった出迎えだけどな」
若干戸惑いが感じられるが、それでも海賊たちは油断はしていない。
その変な鳥は海賊たちを見回して、満足げにうなずく。
「いい面構えだ。私は征空騎士のポッペン。『艦長』の剣だ。そして今は、悪党どもに死を告げる黒い翼だ」
ポッペンはヒレみたいな翼を構える。
そのヒレが微かに光を帯びて、薄暗い通路に浮かび上がる。
「お前たちは不意打ちでこの船を襲ったが、私はそんなことはしない。神に祈る時間ぐらいなら与えてやろう」
海賊たちは無言のまま、互いに目配せする。
そして一斉に襲いかかってきた。
「祈りの時間は省略か?」
ポッペンが叫んだ瞬間、先頭の二人が両断されて絶命する。
その死体の陰から、次の海賊が二人同時に襲いかかってきた。
太刀筋に迷いはなく、距離も至近。
だが人間の動きなど、ソラトビペンギンが誇る野性の動体視力の前では鈍すぎる。
「はあっ!」
小柄なポッペンは銃撃を警戒し、海賊たちの足の間をすり抜けた。
「うおっ!?」
「ぐあぁっ!」
すり抜けざまに次々に脚を斬り、返す太刀で手負いの海賊たちを斬り伏せる。不必要に苦しませないためだ。
殺戮の嵐は一瞬で止み、ポッペンは倒した敵の数を数える。
「六……?」
一人足りない。
「いかん!?」
ハッとしたとき、倒れていた男の一人が声をあげた。
「ふ、ふはは……」
倒れている男たちのうち、太った男だけがまだ生きていた。外見に反して、最も動きが鋭かった手練れだ。
どうやら間一髪のところで即死を避けたらしい。
血の海に倒れたまま、瀕死の男は笑う。
「これがグラハルド一家の……た、戦い方さ……。副長冥利に……尽き……」
満足げな笑みを浮かべたまま、男が息絶える。
「まさかあの一瞬で、全員が捨て駒になる覚悟を決めたというのか?」
ポッペンはわずかに開いていた隔壁を振り返る。
彼はその場にいた全員を攻撃したが、逃げた男はポッペンの攻撃をかわし、あの隙間に滑り込んだことになる。
相当な手練れだ。
ただちにポッペンは艦内の監視カメラに声をかける。
「すまない艦長、一人逃がした。おそらく首領のグラハルドだ」
後を追いたいが、ソラトビペンギンは空を飛ばないと人間の脚力に勝てない。
もっともあの艦長なら、グラハルドの始末など造作もないだろう。負けるはずがない。
追跡を開始する前に、ポッペンは六つの死体に向き直る。
「……見事だ」
ポッペンは征空騎士の作法で最敬礼した。




