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最後の海賊・5

032



 戦闘指揮所のモニタに映し出されていたのは、三十隻以上の帆船からなる艦隊だった。

「ずいぶん奮発して揃えてきたな」

 俺たちがやっつけた『黒鮫』が七隻で最大規模だったはずだから、あれは複数の海賊団の混成艦隊だろう。

 連中の本気度が伝わってくる。



 士官服の七海が真面目な顔で俺に報告する。

『敵艦隊、いずれも武装しています。最大戦速で接近中。間もなく敵火砲の最大射程圏内に入ります』

 やる気だな。



 モニタを見上げていたポッペンが、嬉しそうに言う。

「殺し合いの覚悟はできているようだな。艦長、あなたも覚悟は決まっているのだろう?」

 決まってないよ。まだ半分ぐらいです。

 そんなに簡単に殺し合う覚悟ができるほど、殺伐とした人生歩んでない。



 とはいえ、明日の太陽を生きて拝むためには、そしてメッティやエンヴィラン島の人たちを守るためには、ここで殺される訳にはいかない。

 だとすれば、あいつらを全員殺すしかないだろう。

 だから俺は右目でポッペンを見つめる。

「無論だ」

 言っちゃったよ俺。



 俺は七海に命じる。

「敵の砲火を確認したら、その船に対して即座に撃ち返せ」

『わかりました。撃ってこない船はどうしますか?』

「とりあえず様子見だ。ただ、明らかに海賊だとわかる船が、降伏せずにこの海域から逃走を試みた場合……」

『見逃します?』



 七海の問いに対して、俺は首を横に振った。

「撃沈しろ」

 自分でやるとしたら躊躇してしまうだろうが、やるのは七海だから俺は命じるだけでいい。

 卑怯だと思うが、こんなくだらない争いに今後もエンヴィラン島の人たちを巻き込むのは御免だ。

 確実に仕留める。



 ポッペンはうんうんとうなずく。

「一度空に舞い上がったら、結末は二つしかない。降りるか、墜ちるかだ。つまりこの場合、敵には降伏か死のいずれかを選んでもらう。艦長はやはり、戦いに生きる男だ」

「こんなものは戦いとも呼べんさ」

 怖いから七海に一方的に片づけてもらうだけで、俺は座って腕組みしてるだけだからな。



 俺はモニタに発砲炎がちらちらと見えたので、七海に命じる。

「撃て」

『了解、交戦を開始します』

 七海が敬礼した。



 戦いはもちろん、一方的だった。

 海賊艦隊は大砲の最大射程、つまり「ギリギリ届くけどたぶん当たらないし、威力もないだろうな……」という距離から撃ってきたので、こちらの損害はゼロだ。

 一方、こちらの五五〇ミリ何とか砲は、大気による減衰を考慮しても水平線の向こうまで届くという。



 メッティが親父譲りのフリントロック拳銃に弾を込めながら、しみじみと呟いた。

「めっちゃ綺麗……」

 闇に走る光の帯が、夜空と海を明るく照らし出す。花火みたいだ。

 だがそれが一条走るたびに、どこかで船が燃え尽きる。

 灯籠流しのように波間に揺らめく炎の中で、悪党どもが数十人単位で焼け焦げているのだ。

 自業自得だと思うが、それでも何だか後味は悪い。



 七海が淡々と戦闘報告を読み上げる。

『敵十一番艦、轟沈しました。二番艦、炎上中です。九番艦、十番艦、十四番艦、轟沈しました』

 するとポッペンが不思議そうに首を傾げた。

「臆病者どもの割には、意外と逃げずに戦っているな?」



 俺はうなずく。

「敵の砲撃に呼応する形で、『ななみ』に光学偽装の火災パターンを追加させている」

「被弾したふりをしているという訳か。いい考えだ」

 ポッペンは満足にうなずいたが、その後こう続けた。



「ということは、連中はまだ勝てると信じて戦っているのだろうな」

「ああ」

 残酷なことをしていると思う。

 でもなぜか、そんなに心が痛まない。

 ……これ、人間的にちょっとまずくないか?



 俺はモニタの七海を見上げるが、彼女はにっこり笑っているだけだ。

 この戦いが済んだら、あいつに少し問いただしたいことがある。

 でも今は戦いに集中しよう。

 俺は座ってるだけだけど。



 やがて夜の海に、光の帯が走らなくなった。

 七海が俺に敬礼する。

『敵艦隊、一番艦から三十二番艦まで全て轟沈しました。敵艦隊全滅、警戒モードに移行します』

「御苦労」

 座ってるだけで終わっちゃったよ。



 ここまでは予定通りだが、問題はここからだ。

「戦闘海域内に無関係な船はなかったか?」

『非武装の小型漁船っぽいのが三……あ、今は一隻だけですね。残りは戦闘中に海域を離脱、エンヴィラン港に入港してます』

 良かった、やっぱり無関係な人たちがいたんだな。



「残ってる一隻は?」

『漂流してるみたいです。どこか壊れたんでしょうか』

「よし、拡大して映してくれ」

『はい、赤外線カメラの画像を出しますね。よいしょっと』

 島民に被害を出したら申し訳ないし、後々居づらくなる。



 するとモニタには、こちらに手を振る漁師たちの姿が映った。

「なんやろ?」

 メッティがまじまじと彼らを見つめる。

『えーと、モスキート偵察機を送りましょうか? 声が聞こえるようになりますが』

 俺はうなずく。

「じゃあ頼む」

 しばらくすると音声が入ってきた。



『おーい! おーい! 艦長さーん!』

『助けてくれー!』

『飛んできた破片で、バランコが大怪我しちまった! 血が止まらねえんだ!』

『舵も壊れちまって動けねえ!』

 えらいことになってるぞ。



 あ、でも一応警戒しておくか。

「メッティ、あの人たちは島民か?」

「あのバランコっちゅうおっちゃんは、エンヴィランにときどき来る漁師さんやったと思う。パラーニャで一番のイカ釣り名人って自分で言っとった」

 本物の民間人か。まずい、まずいぞ。



「七海、あの漁船の乗組員を救助する。バイタルのチェックを忘れるな」

『了解しました』

 艦は洋上航行モードのまま、ゆっくりと漁船に近づいていく。

『あ、艦長。メインの格納庫は海面下にあるため、上部格納庫に収容します。よろしいですか?』

「この際何でもいいよ」

 早く治療してあげないと。



 俺は『ななみ』の上部格納庫に向かい、避難用の縄梯子を降ろした。

「こっちだ!」

「おお、すまねえ!」

 俺の眼帯には、重傷の漁師のバイタルサインが表示されている。

 左腕付け根からの出血多量、心拍低下。どう考えても俺の手に負える怪我じゃない。



 七海のライブラリには、応急手当のマニュアルもあったはずだ。

 あれで何とかならないかな……。

 縄梯子を上ってくる漁師たちを見つめながら、俺はどうしようかと思案する。



 そのとき俺はふと、妙なことに気づいた。

 この漁船、イカ釣り船だよね? 夜釣りの。

 なんで照明がないの?

「メッティ、この国じゃイカの夜釣りには照明を使わないのか?」

 するとメッティが即座に返事をする。

『ううん、松明いっぱい焚くで? 薪代めっちゃかかるから、イカ釣り漁師は大変やって聞いたことあるし』



 操業してたなら松明を焚いていたはずで、それなら七海が熱源を感知しているはずだ。

 操業してなかったとしても、釣ったイカか未使用の薪か、どっちかが船にあって当然だろう。

 どちらも見あたらない。

 何だかおかしい。



 俺は背筋がぞわりとするのを感じて、その場を離れることにした。

「七海、俺が通路に出たら上部格納庫の隔壁を閉じろ。彼らを格納庫に閉じこめて、いったん拘留するんだ」

『えっ!? あ、はい! わかりました!』

 俺は足早に艦内通路に出ようとしたが、そのとき漁師たちが上部格納庫に入ってくる。

 一瞬、目が合った。



 立ち去りかけた俺を見た瞬間、連中は懐からデカい刃物を取り出して猛然とダッシュしてきた。

 やっぱり敵じゃねーか!

 くそっ、何とかしないと。

 俺は廊下に飛び出すと、七海に命じた。

「敵襲だ。作戦を継続、プランBに変更。反乱鎮圧プロトコルを実行しろ」

『了解しました!』



 さっきの漁師、本当に大怪我をしていた。俺たちを欺くためにそこまでしたとなれば、これは相当覚悟が決まっているとみていいだろう。

 そもそも海賊艦隊が全滅してるのに、まだ戦おうっていうんだから完全にどうかしてる。

「くそっ、やるしかないな」

 躊躇してたら殺される。


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