最後の海賊・4
031
雷帝グラハルドとかいう変な海賊が俺の命を狙っているらしい、ということを俺はウォンタナから聞いた。
いや、変な海賊って言っちゃ悪いな。ウォンタナの元上司で、大恩人らしいからな。
まあでも、俺なんかに積極的に関わろうっていうんだから、変な海賊扱いでもいいと思う。
「ということで、俺たちが始める事業についての会議は延期にする」
士官食堂で延々と繰り返されていた生産性のない会話も、ひとまずは終わりだ。
メッティが頬杖をつきながら、店から持ってきたリンゴをかじる。
「せやな。ポッペンの町づくりにも役立つから、木材や石材を商うってとこまでは良かったんやけど」
「だろ? これなら七海の輸送力も生かせる。そこらの行商人には太刀打ちできないからな」
俺は胸を張ったが、すぐにうなだれる。
「まあ、商品の目利きをできるヤツがいないんだけどな……」
「目利きは商売の基本やからな……」
歪んだ木材や脆い石材を掴まされたら目も当てられないが、素人目には判断がつかない。
専門家を雇うにしてもツテがないし、七海がクルー以外の乗船を歓迎しないという問題点があった。
さらにパラーニャでの商売には『職能組合』や『同業者間協定』、『業界内の暗黙のルール』や『既存業者を保護する勅令』など、新規参入を阻むハードルが無数にある。パラーニャ本土にツテのない俺は、格差社会の見えない壁に直面していた。
エンヴィラン島では地盤を築きつつあるので商売はできるだろうが、この島の市場規模では儲けが期待できない。
「これだけ起業が難しいと、ヤケになって海賊を始める連中が大勢いるのも何となくわかるな」
「せやな。いっぺん社会から締め出されると、どないしょうもないわ。世間様には勝てへん」
人間が作る社会ってのは、どこの世界でも同じようなもんか。
するとポッペンが魚を食べながら、小さく溜息をついた。
「話がまた脱線しているぞ、艦長。商売より闘争の話をしようじゃないか」
「ああ、そうだな」
好戦的なペンギンに促され、俺は咳払いをした。
「俺たちとこの艦の安全を守るだけなら、全く問題はない。上空に退避すれば連中は何もできないからな」
もっと言えばエンヴィランから離脱してどっか山奥にでも逃げてしまえば、もう追ってこられないだろう。
ただ、それはできなかった。
「問題なのは、新興海賊はエンヴィランの港町にも平気で攻撃をすることだ。だから俺たちは港を守り続けないといけない」
すると早速、七海がおずおずと挙手してきた。
『艦長……』
「わかってる。ここで釘付けにされてる暇はない」
七海だって今はパワー全開バリバリだが、じわじわと経年劣化が進行していく。
それでも十年ぐらいは何とかなるだろうが、帰還後に元の世界で全く動けないようだと七海が困る。
クルー全員の立場に配慮しないといけないのが、艦長のつらいところだな。
「港を守るにしても、ここには船がたくさんやってくる。どれが海賊船かわからん。連中は身分を偽るのが得意だ」
海賊船と武装商船に違いはない。武装商船にも自衛用の立派な大砲が積んであるから、要は船乗りたちの使い方ひとつだ。
「海賊たちはすでにエンヴィラン島に上陸し、港町で情報収集を行っている。もしかすると今どこかで、誰かが海賊たちに襲われているかもしれないんだ」
それを防ぐ手段を俺たちは持っていない。
監視用に無人艦載機を飛ばしても、港を二十四時間完璧に見張ることなんてできない。
そもそもこれ、そういうことするために作られた軍艦じゃないから。
ポッペンが小さくうなずく。
「自分たちの安全だけなら何とかなるが、港の安全まで考えると守りきれない、ということか」
「そうだ。もし港内で海賊と戦闘になったら、かなりの確率で市街地に被害を出してしまう」
守ることの難しさを痛感する。
だからやっぱり、無駄に敵作っちゃダメなんだよな。
「そこで俺は艦を沖合に移動させることにした。港に用がある船は『ななみ』には接近してこない。一方、港を攻撃する船には気兼ねなく砲撃できる位置にもする」
射線上に港が入らないよう、少し工夫する。
もちろん、これで解決する訳じゃない。
俺は壁にもたれると、腕組みをして溜息をつく。
「実は俺のいた世界でも、この手の問題は常にあってな。テロリストとの戦いは終わりがない」
安全はずっと守り続けなければならない。
その安全を脅かす側は、たった一回でいいから隙を見つければいい。
守る側が一度でもミスをすれば、それで攻める側の目的は達成される。
日常を守る戦いというのは、不利な戦いだ。
俺は腕組みしたまま、一同に告げた。
「そこで俺は覚悟を決めた。相手は執念深い海賊たちで、束になって俺を狙っている。だったら全員叩き潰す」
ポッペンが嬉しそうに叫んだ。
「それでこそ艦長だ! 恩返しの機会が巡ってきたぞ!」
あんたほんとに戦うの大好きだな。
「それで艦長、具体的にはどうやって叩き潰すつもりだ? 敵は身分を偽るのに長けた、臆病で狡猾な盗賊どもだ」
「それについては考えがある」
俺は士官食堂のモニタを見つめ、七海に命じた。
「俺のセキュリティクリアランス・レベル二で検索できる範囲で構わないから、火器以外の武装と艦内設備を全て表示しろ」
* * *
こうして俺はエンヴィラン島の沖合に艦を停泊させ、海上要塞と化した艦で敵を待ち受けることにした。
「めっちゃ燃えとるやん!?」
モニタに表示されている『ななみ』の様子を見て、メッティが顔面蒼白になっている。
「心配するな、メッティ」
俺は消防斧を素振りする手を止めた。
最近はこの斧が手にどんどん馴染んできていて、すっかり体の一部みたいになっている。
なんだか気に入ってきたので、正式に『マスターキー』と呼んでやることにした。
俺は額の汗を拭いながら、メッティに説明してやる。
「これも七海の光学偽装だ」
『はい、総合火力演習で使う炎上パターンです。ただの映像、幻みたいなものですよ。シューティングスター級は基本的に燃えません』
七海も笑っている。
でもその後がいけなかった。
『この艦が被弾したときは、炎上なんて生やさしいものじゃ済みませんから』
メッティが七海を見上げる。
「それ、どういう意味や?」
『機関部に深刻な損傷を受けた場合、重力推進機関が暴走して爆散するか、重力で圧壊すると考えられています』
屈託のない笑顔のまま、怖いことを教えてくれる七海。
そんなこと知りたくなかった。
おい、ちょっと待て。
だったらやっぱり、あんな大きめの遺体安置室いらないだろ。
この艦やっぱりなんかおかしい。
まあそれはそれとしてだ。
俺は夜目にも派手に炎上している『ななみ』のイメージ画像を指さしながら、メッティとポッペンに説明する。
「筋書きはこうだ。この艦は火災で着水し、航行不能に陥る。海賊にとっては千載一遇のチャンスだ。そのへんに待ち伏せしている海賊艦隊がいれば、すぐに仕掛けてくるだろう」
ただし、この作戦には問題点もあった。
「海賊と無関係な善意の船が接近してくる可能性もある。だから砲撃してくるヤツだけ沈めることになるな」
「うむ、騎士道精神に則った作戦だ」
ポッペンが感心したようにうなずいているが、俺に騎士道精神があったら火災の偽装はしないと思う。
「それと七海、今回は火力を抑えろ。艦砲の大半が使用不能になっているとみせかけて、敵の攻勢を誘うんだ」
『了解しました。派手に撃ち返して逃げられたら困りますからね。今度こそ、きっちり全滅させましょう』
士官服の制帽を被り、にっこり笑う七海。
怖い。
今のところ、接近してくる船はいない。
だがウォンタナからの情報が正確なら、海賊たちは間違いなく仕掛けてくるだろう。
「各員、今のうちに休息を取っておけ」
俺は『マスターキー』を手首のスナップでクルクル回しながら、メッティとポッペンに告げた。
それから三時間と経たないうちに、七海から通信が入る。
『本艦に接近する所属不明艦隊を捕捉しました』
ついに来たか。