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最後の海賊・3

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 エンヴィラン島のハルダ雑貨店。

「メッティのヤツ、うまくやってるだろうな……?」

 なんせ跡取り娘なんだから、いい婿を逃がして貰っては困る。

 ごつい指で帳簿をめくりながら、ふとそんなことを思うウォンタナだった。



 そこに客が入ってくる。

 何気なく顔を上げるウォンタナ。

「いらっしゃい」

 だがウォンタナはこのとき、心底驚いていた。

 それでも動揺は全く表に出さず、いつも通りの笑顔を客に向ける。



 客は老齢の男で、白髪頭に船長帽トリコーンを被っていた。腰にはフリントロック式単発拳銃を二挺、そして船乗り愛用の分厚い短刀カトラス

 白髪の男はニヤリと笑った。

「そうだ、それでいい。海の知り合いとおかで会っても、その態度を貫け。俺の言いつけをよく守っているな、ウォルバルドス」

「グラハルド船長……」



 ウォンタナは懐かしさと困惑で表情が崩れてくるのを感じる。

「俺が船を下りてから、一度も来たことのないあんたがどうして……」

「なに、これも仕事でな」

 その言葉にウォンタナは本能的な警戒心を抱く。

「まだ海賊をやってるのか、船長」



 するとグラハルドは人なつっこい笑みを浮かべた。

「当然だろ? 青臭い下っ端海賊だったお前と違って、俺には頭領としての責任があったからな。今じゃパラーニャ海軍からの懸賞金だけで、ファリオの一等地に屋敷が建つぜ。陸に戻れるかよ」

「そりゃそうかも知れないが……」



 グラハルドは店の棚を見回し、ふむふむとうなずいている。

「いい店だ。隅々まで商品の管理が行き届いている。棚の並びも見やすくていい。日差しや風通しも考えて配置してるな。それに」

 彼はカウンターの奥にある貴重品棚を見て、目を細めた。

「ありゃミュゼルのパラーニャ宮廷茶器か。一式綺麗に揃ってやがる」

 グラハルドが一瞬、海賊のまなざしになる。



「王室の紋章が入ってないだけで、モノは本物だな。初代の模造品じゃなく、二代目の真作ってとこも潔い。こうして見ると二代目は釉薬の青みがちょいと弱いが、なりには初代にはない気品があるな。こっちの方が俺の好みだ」

 鑑定士顔負けの審美眼に、ウォンタナは舌を巻く。

「あんたが教えてくれたんだろ。店の格がわかるような品物を、例え全く売れなくても少しは置いておけって」



 ウォンタナは溜息をついた。

「割れずに無事に届いたときには、心底ホッとしたぜ。しかし一目見ただけでよくわかるな?」

「当然だろ。お宝の目利きができなきゃ、何を奪えばいいかわからん」

 そう言ってすぐに、グラハルドは顔をしかめる。



「ま、もっとも今どきの海賊は工芸品や美術品の目利きはほとんどできねえ。鑑定士を雇ってるのはまだマシな方だ。アホどもは人間の売り買いなんて効率の悪いことをしやがる」

「そのアホどものせいで、俺の大事な娘も売り飛ばされるところだった。許せんよ」

 地獄まで追いかけていって、『黒鮫』の海賊どものアホ面に斧を叩き込んでやりたい。

 そう思うメッティの父だった。



 グラハルドは小さくうなずく。

「お嬢ちゃんはよく無事だったな」

「ああ、艦長さんが……」

 そこでウォンタナはハッとする。

 そういえば娘の恩人は、海賊たちを敵に回していた。

 油断も隙もないジジイだ。



「その手には乗らねえぜ、グラハルド親父」

「はっはっは、ようやく昔の名前で呼んでくれたな。お察しの通り、その艦長とやらのことを探っていてな。部下には任せておけねえから、俺が来たのさ」

「だったらますます、教える訳にはいかんよ。今の俺は陸の人間、エンヴィラン島の住人だ。あの艦長さんは島の守り神だからな」



 ウォンタナはそう返すが、グラハルドは笑みを崩さない。

「お前がそこまで入れ込むところを見ると、相当に義理堅い男らしいな。海賊の首領じゃなさそうだな?」

「何も教える気はねえよ、グラハルド親父。仲間の情報は売るなって教えてくれたのもあんただ」

「ははは、全くいい弟子だよお前は。手放すんじゃなかったぜ」

 グラハルドはそう言って、船長帽を脱ぐ。



「お前たち若い連中は陸に戻れて、本当に良かったな。俺は生まれてから今まで悪行まみれの人生だったが、これだけは善行だったと思ってる」

「グラハルド親父……」

 気弱なグラハルドの顔を見てしまい、ウォンタナは動揺を隠せない。

「どうしちまったんだ、『雷帝グラハルド』が」



 するとグラハルドは船長帽を手にしたまま、自嘲気味に口の端を歪める。

「つまらねえ時代になっちまったからだよ。国王の勅命で私掠船として大暴れして、この船長帽と爵位を頂戴したあの頃が一番楽しかった。お前らもいたしな」

 グラハルドは年季の入った帽子をくるくる回す。

「見ろよ、この上等な仕立てを。そこらのアホ海賊の頭に被せてある安物とは訳が違う。……だがそれがわかる海賊なんか、もうほとんどいやしねえ。平和になって私掠船の需要がなくなれば、今度は裏側を知り過ぎた人間として海軍に追い回される身だ」



 ウォンタナはかつての親分に同情はしたが、自分の立場を忘れることはなかった。

「昔話ならよそでやってくれ、爺さん。俺はエンヴィランの住人で、海賊の敵だ。あんたとも敵なんだ」

「おう、そこんとこをちゃんとわかってるようで安心したぜ。お前にゃお前の人生がある。嫁さんと子供たちをしっかり守りな」



 グラハルドは笑うが、ウォンタナは警戒心を緩めない。

「どうしてわざわざ、俺の前に現れたんだ? 俺は間違いなく、あんたのことを艦長さんに教えるぞ。『古参の大海賊、雷帝グラハルドがあんたを狙ってる』ってな」

 するとグラハルドは渋い顔をしたが、また笑った。

「まあしょうがねえ。だがな、俺にも義理ってもんがある。昔の手下がここで平和に暮らしてる以上、挨拶もなしにドンパチやらかす訳にもいかんだろうよ」



「あんたが義理堅いのは知ってるが、そんなことしたら自分の身が危なくなるだろ? もし俺がここで騒げば、そこらじゅうから血の気の多い連中が飛んでくるんだぜ?」

「なあに、お前が義理堅いのも知ってるからな」

 グラハルドは笑いながら帽子を被り直す。



「それにな、義理ってのは自分の身が危なくなっても通すから義理なんだよ。我が身かわいさに不義理をしちゃならねえ。だろ?」

「義理堅いのはどっちだよ……」

 呆れるウォンタナに、グラハルドは楽しそうに応じた。



「島の者には迷惑はかけねえつもりだが、こればっかりは保証しきれん。他の海賊一家も集まってるからな。お前の大事なものはお前が守れ」

 グラハルドは店のリンゴ樽から一番いいリンゴを取り、ウォンタナに銅貨を投げた。

「じゃあな、ウォルバルドス。いや、ウォンタナ。お前みたいな手下がいたことは、俺の誇りだ」



 彼の言葉に不吉なものを感じたウォンタナは、銅貨を握りしめて叫ぶ。

「なあおい、グラハルド親父! まさか死ぬつもりか?」

 背中を向けていたグラハルドは立ち止まり、肩越しにフッと笑う。

「バカ言え。俺は一度も死んだことがないのが唯一の自慢でな」

 リンゴを買った客は、しっかりした歩みで店の外に去っていった。



   *   *   *



 グラハルドがハルダ雑貨店を出るとすぐに、でっぷり太った大柄な中年男が後ろに付き従う。

 鈍重そうな外見に似合わず、中年男は素早く歩きながらグラハルドに報告した。

「魚市場や他の店も当たらせましたが、『艦長』のとこに大口の食料納入はないようですぜ。他の船員を見たもんもいねえそうです」

「ならやっぱり一人か。ご苦労だったな、副長」

 どうやって船を動かしてやがるんだと、首を傾げるグラハルド。



 太った副長は心配そうな顔をしている。

「でも親父、良かったんですかい?」

「何がだ」

「いや、義理堅いのはいいんですがね。親父が出て来たんじゃ警戒されちまいますぜ」

 するとグラハルドはおかしそうに笑い出した。



「お前ら、どいつもこいつもとびっきりのお人好しぞろいだな! もちろん義理は通したが、それだけじゃねえよ」

「え? じゃあ何なんですかい?」

 グラハルドは桟橋に向かって歩きながら、副長の肩を叩く。

「いいか、義理堅いヤツは自分の身が危険になっても、他人のことを心配する。『艦長』もそうだろう」



 グラハルドは快速商船に偽装した海賊船に乗り込みながら、副長に笑いかけた。

「自分が狙われてると知った『艦長』は、エンヴィランから動けなくなる。自分がいなくなった後、島に海賊がなだれ込んでくるのを警戒するからな」

「自分がいなくなれば安全だと思って、逃げたらどうします?」



「それはそれで好都合だ。また安心して商売ができる。だがまあたぶん、島を守ろうとするだろうな。こいつは勘と経験だ」

「そういうもんですかい……」

「おう。それに船の位置も限られてくる。港を守れる位置で、なおかつ港に被害が出ない場所を選ぶはずだ。ほれ、これでも食ってろ」

 グラハルドは副長にさっき買ったリンゴを手渡した。



「こりゃどうも。じゃあ親父、他の一家にも伝えやすかい?」

「おう。いつも通りアレだぞ、わかってんな?」

「もちろんでさ」

 副長がニヤリと笑った。


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― 新着の感想 ―
[一言] 「バカ言え。俺は一度も死んだことがないのが唯一の自慢でな」 良いなぁ。
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