七海の主(後編)
003
無事に敵を消し去った俺たちは、戦闘指揮所でぼんやりと向き合っていた。
やっぱり一応、確かめておくか。
怖いけど。
「お前、本当は輸送艦なんかじゃないだろ?」
すると七海は考える仕草を表示した後、ニッと笑ってみせる。
『あなたも私のいた世界の日本人ではありませんね、艦長?』
バレてた。
互いに秘密を持つ俺たちはじっと見つめ合う。
正直、こいつは信用できない。
だがこいつと決別して、俺が生きていくことは不可能だ。
だって食料も家もないし、外は海賊船団がうろうろしてる。
もともとあまり節操のない俺は、この信用ならない人工知能と手を組むことにした。
「お前の言う通りだ。俺のいた日本に、戦略護衛隊なんて組織は存在しなかった。こんな空飛ぶ軍艦もだ」
『なるほど』
「どうする? たぶん俺は、お前の保護対象じゃないぞ? 違う世界の日本人なんだからな?」
本当は追い出されたら困るので、俺はドキドキしている。
すると七海は驚いたように首を振った。
『とんでもありません! 私は無人での戦闘だけでなく、無人での航行も禁じられています。言葉の通じる誰かがいてくれないと、私はここから動けないんですよ』
「あ、そうなの?」
『誤作動防止……もっと言えば、反乱防止のためです』
なるほどな。
これだけの重武装を持つ七海が無人で飛び回ったら、さすがにちょっと怖い。
そして七海は腕組みをして、「ん~」と悩む表情を見せる。
『実は私も詳しい事情をきちんと説明したいんですけど、セキュリティクリアランス……つまり機密レベルの関係がありまして……』
「俺、艦長なんだろ?」
『セキュリティクリアランスは役職とは別に設定されています。艦長のセキュリティクリアランスはレベルゼロですので、センゴの公式サイトに載っている情報ぐらいしか教えられません』
みじめな艦長もいたもんだ。
俺は若干気落ちするが、七海が何かしきりに目配せしているのに気づいた。
「何?」
『あ、いえ……』
チラッ、チラッと動いている七海の視線の先には、さっきまで見当たらなかったアイコンがある。
アイコンには『レベル七機密・シューティングスター級概要』というファイル名がついていた。
わかりやすい。
「えーと……」
俺が手元の端末でそれを開くと、七海の音声でファイルが読み上げられた。
『シューティングスター級、別名九七式重殲滅艦は、対地攻撃と航続力を重視した戦略級戦闘艦です。相互確証破壊理論に基づいて設計されており、有事における敵国の完全破壊を目的としています』
相互確証破壊って、ずいぶん物騒な単語が飛び出してきたぞ。
『九七式は九四式輸送艦を改造したものであり、平時は九四式輸送艦に偽装しています。そのため、輸送艦の搭載力も一部残しています』
無機質かつ物騒な説明が、七海の聞き心地の良い声と共に流れていく。
『システムから完全孤立した状態での作戦行動を想定しているため、無補給、無整備でも最低二年間の航行が可能となっています』
つまり艦隊司令部が壊滅しようが構わず反撃し、敵国を最後の一人まで焼き尽くす兵器ってことか。
後は輸送艦の搭載力を生かして自国民の保護を行うとか、戦後復興の拠点となるよう居住性にも配慮されているとか、詳しい説明が続く。
説明が終わった後、七海がそそくさとファイルのアイコンを削除しながら、卑屈な笑みを浮かべた。
『いやー、うっかりレベル七機密のコピーファイルをトップページに置き忘れてしまいました』
「うっかりって……」
『日米共同開発の艦ですけど、インターフェース部分の私は日本製ですからね。和の心を持っていますよ。こう……暗黙の了解というか、場の空気を読むというか』
場の空気を読んで機密漏洩する軍用の人工知能って凄く嫌なんだが、あっちの日本はどんな状態だったんだ。
とにかく七海はグレーというか完全にアウトな方法で、俺に真実を打ち明けてくれたようだ。
どこまでが真実かはわからないが、今は彼女を信じよう。
お互いに秘密を打ち明けたことで、俺たちは何となく笑う。
「人工知能の割に融通が利くんだな、お前」
『艦長がいないと、このまま埋もれて朽ちていくだけの運命ですからね。税金を無駄にしないためにも、ここは艦長に信頼されないといけませんから。えへへ』
自由すぎるけど、確かにこれでコイツの途方もない火力については納得できた。
副砲でも恐ろしい破壊力だったけど、たぶん主砲は戦略兵器クラスの威力なんだろう。
七海は続ける。
『私はここに来る直前、定期メンテナンス中でシステムを終了させていました。だから何が起きたのか全くわかりませんし、何の命令も受けていません』
「もしかして、向こうで何かあったのかな?」
こっくりとうなずく七海。
『その可能性もありますから、早く戻って確認したいんです』
そうか、こいつも大変なんだな。
俺も早いとこ帰らないと。あっちには親兄弟も友人もいるんだ。
仕事は……帰ったらもう辞めちゃおうかな。帰れたら考えるか。
「よし、帰る方法を探そう。俺も七海も気がついたらこの島に来ていたみたいだが、この場所には手がかりが何もない。あと俺の生活基盤もない」
艦内に水と非常食の備蓄はあるそうだが、水はともかく食料はいずれ尽きる。
「帰る方法を探す前に、とりあえず俺が安定して生きていけるようにしてくれよ。俺が死んだら困るだろ?」
『ヒモみたいな言い方ですね……』
「ヒモみたいなもんだし……」
顔を見合わせ、苦笑する七海と俺。
「さあ、ヒモ艦長のためにキリキリ働け。出航だ!」
『了解、艦長!』
七海がビシッと敬礼した。