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最後の海賊・2

029



 俺は窓の外の山並みを見た後、冷凍庫の中身を見る。

「ここはパラーニャの山岳地帯だが、この冷凍庫の中には海で獲れた新鮮な魚がある」

 鉄道も冷蔵庫もないパラーニャなら、新鮮なシーフードは貴重品だ。

 きっと高く売れるに違いない。



「エンヴィランで魚を安く仕入れて、この辺りで売りさばく。大儲けできるぞ。島の人たちも儲かる」

「なるほど、人間ならではの発想だ。素晴らしい」

 具体的な方法はメッティにお願いしよう。



   *   *   *



 こうして俺たちは帰路で冷凍の魚を売ることにしたのだが、結果から言うと世の中そんなに甘くなかった。

 ポッペンが木箱の上に陣取り、俺に問いかける。

「艦長、この魚はもう食ってもいいのか?」

 俺はうめくしかなかった。

「好きにしてくれ……」



 まさか、海魚がほとんど売れないとは思わなかった。

 もちろん売る場所と相手はよく選んだ。

 市場でちまちま売っても仕方がないので、鮮魚店や料理屋にメッティが交渉してくれた。

 メッティは子供だが、雑貨店の娘だ。商売のことはよくわかっているし、交渉も巧い。

 だが、それでもどうにもならなかった。



『海の魚?……本当に? 新鮮なようだが、海の鮮魚は見たことないから良し悪しがわからん。目利きできんものは買えんよ、すまんな』

『どんな料理に使えばいいかわからん……』

『見たこともない魚なんて、お客さんが怖がって食ってくれねえよ』

『うちは馴染みの問屋としか取引しないんでね。さあ帰っとくれ』



 俺とメッティは艦内倉庫の壁にもたれかかりながら、溜息をつく。

「考えてみれば、こんな怪しい連中が売りに来た訳のわからん魚なんて買えないよな」

「せやな……。それになんぼ貴重でも、欲しい人がおらんかったら商売にならへんわ」

 考えが甘かった。



 俺は艦の士官食堂にみんなを集め、おやつを食べながら改めて相談することにした。

「山岳地帯の人たちは、新鮮な海の魚をそもそも全く食べない。淡水魚が中心で、海水魚は乾物しか食べてないんだ。食べる習慣がないものは売れない」

 ポッペンが売れ残りの魚をあぐあぐやりながら問いかけてくる。

「なるほど、ではどうする?」



 俺は食堂のモニタに資料を表示させた。

「まず、新鮮な海魚を食べる習慣を定着させる。調理法を紹介する試食会などがいいだろう。それと商品の品質管理についても知ってもらい、信頼と安心感を深めてもらう」

 このへんは商売の基本、定番中の定番だ。



 俺は用意しておいた資料をどんどん表示させる。

「我々が山岳地帯に店舗を構えるのは難しいので、委託販売先を探すか、そうでなければ大口の顧客を獲得する必要がある。ちまちまと少量の魚を売っていても、我々の生活費にもならないからな。そこで……」



 そのとき、七海が大量の資料の隙間から顔を覗かせた。

『艦長』

「何かね、七海君」

 話の腰を折るのは良くないぞ。

 すると七海が申し訳なさそうな顔を表示させて言う。

『無理に魚を売らなくても、もっと手っ取り早く稼げる方法があるんじゃないかなって思うんですけど……』



 俺は腕組みし、咳払いをひとつする。

「七海君」

『はい』

「君の言う通りだ」

 何やってんだ、俺。



 俺は頭を掻き、作った資料を全部閉じた。

「魚を売りに来た訳じゃなかったな。違う方法で稼ぐことにしよう」

『そうして下さい。これ以上、艦内に異世界の生物を持ち込まないよう、強く要望します。後で怒られたくないです……』

 七海も大変だな。



 するとポッペンが挙手する。

「それなら塩がいいのではないか? 人間たちは海から離れているせいで、山奥では塩が不足しがちなのだろう?」

「塩か、確かに悪くないな。食塩なら七海も文句はないだろ?」

『はい、純度の高い塩化ナトリウムなら問題ありません』



 だがメッティがパラーニャ風揚げパンを頬張りながら、首を横に振った。

「塩はアカンで。パラーニャでは塩の売買は免許制で、国王の許可がない業者が塩を扱ったら重罪や」

「あー……やっぱりダメか。俺のいた世界でも、塩の売買は昔から厳しかったからな」

 なんせ課税対象としてはうってつけだからな。



 しかしポッペンは動じない。

「そこらで勝手に売りさばけばいい。神出鬼没の艦長を捕まえることなど、人間たちには不可能だろう」

 犯罪前提ですか。

 そういやこいつ、依頼されたら殺人でも平気で請け負う物騒なペンギンだった。



 だが俺は別の理由に気づき、この案を却下した。

「塩は腐らないし少量でも持ち運べるので、徒歩の行商人でも運べる。競争相手が多いんだ。そして塩はそうそう使うものじゃない。この艦の輸送力は、食塩の消費量を遙かに超えている」

 食塩を一日十グラム消費しているとして、一キロで百日分になる。塩漬けなどに使っていたとしても、一キロもあれば相当持つ。



 でもこの艦なら一度に何十トンでも運べるし、一日二往復ぐらいできてしまう。たぶん沿岸部での製塩が追いつかないレベルで運べる。

 完全な供給過多だ。正規の塩商人たちが破産してしまう。

 俺はいずれこの世界を去るはずだし、そういう無責任な商売は良くない。



 俺も揚げパンに手を伸ばしつつ、溜息をつく。

「需要を超えて供給しても無意味だ。それともうひとつ、もっと大事な理由がある」

「何かね、艦長?」

 ポッペンが興味を持った様子で尋ねてきたので、俺は笑った。

「法律はなるべく守った方がいい。エンヴィラン島の人々に迷惑がかかりかねない」

「ふむ。あなたらしいな、艦長」

 俺は海賊じゃないからね。

 見た目は完全に海賊だけど。



 俺はみんなに笑顔を見せて、相談を終わることにした。

「どうも俺には商才がないようだ。違う方法を考えることにしよう」

 するとポッペンがこう言う。

「それならいっそ、賞金稼ぎでもしたらどうだろう。海賊狩りとか」

「いい案だ。しかしこの艦で攻撃すると何もかも燃えて、海賊討伐の証拠品が残らないからな。換金するものがない」

 演習モードの低出力レーザーでも海賊の船が燃えちゃうんだから、どうしようもない。

 海賊かあ……。



   *   *   *



「『黒鮫』の艦隊が全滅した」

 薄暗い酒場に低い声がしたとき、その場にいた荒くれ者たちの表情が変わった。

 酒や賭博に興じていた無法者たちは、じわりと殺気を漂わせる。

「パラーニャ海軍か?」

「違う。海軍の艦隊は全て監視していたが、動いた気配はない」

「なら、ここにいる誰かがやったってのか?」



 頬に傷のある男が凄みを効かせたが、白髪頭の男は首を横に振った。

「それも違う。やった連中は、アンサールのモレッツァの店までブッ潰してやがる。海賊じゃねえ」

 人身売買の拠点となっていたモレッツァ大劇場は、多くの海賊たちにとって重要な収入源だ。

 自分の首を絞めるような真似はしない。



 頬に傷のある男が糖蜜酒を飲む。

「なら、どこのどいつだ?『黒鮫』は七隻も船を持ってやがった。あれを全滅させられるヤツは、いったい何者だ?」

 白髪の男は突き放すように応じる。

「知らん。知らんからここに聞きにきたんだ。誰か知ってるんじゃないかと思ってな」



 ここは新興の海賊たちが集う、秘密の集会場だ。いくつもの海賊一家が集まり、縄張りの交渉や共同作戦の相談をする。

 だが集まっている海賊の首領たちは、皆一様に首を横に振った。

「知らんな。『黒鮫』が全滅してたのも今聞いた」

「そういや最近、あいつら見てねえな……」



 別の海賊が応じる。

「だが、ヤベえな。『黒鮫』は拾いもんのオンボロ船に、指の数も数えられねえようなボンクラを詰め込んだアホ艦隊だったが、それでも七隻も揃えてた。ウチの船団じゃ勝ち目がねえ。それをやったとなれば……」

 その言葉に、海賊たちはすぐに思考を切り替える。

「そいつに単独で太刀打ちできる海賊団はいねえだろうな。この界隈で最強ってことになる」

「ああ。それに『黒鮫』は確か艦隊を二つに分けてたはずだが、両方ともやられたとなりゃ偶然じゃねえ。海賊の敵だ」



 名の知れた海賊たちは全員が賞金首だ。たまに海賊同士で殺し合って、賞金をせしめたりもしている。

「賞金稼ぎ……それもかなり戦力の整った集団か?」

「パラーニャ王が雇った傭兵かも知れん」

「軍の秘密部隊じゃねえか? 噂は聞いたことがある」



 だが白髪の海賊は再び首を横に振る。

「子分たちをあちこちの港に潜り込ませたところ、『黒鮫』の母港とエンヴィラン港の両方で面白い話を聞いた」

「なんだよグラハルド爺さん、知ってんなら教えてく……」

 若い海賊が呆れたように言ったが、白髪の海賊の眼光に威圧されて黙り込む。



 白髪の海賊はこう続けた。

「空飛ぶ船に乗った、隻眼黒髪の男。そいつが『黒鮫』を壊滅させたらしい」

「誰だ?」

「さあな。エンヴィランの港じゃ、『艦長』とだけ呼ばれているらしいぞ」

 一同は顔を見合わせる。



「空飛ぶ船って、あのおとぎ話に出てくるヤツか?」

「マジかよ、本当にそんなもんがあったのか?」

「他のヤツが言ったんなら即座に頭に風穴開けてやるところだが、グラハルドのジジイは嘘は言わねえ。信じられんが、俺は信じるぜ」



 白髪の海賊はフンと鼻を鳴らし、酸味の強い安ワインを飲み干す。

「なら、もっと信じられん話をしてやろう。その船は空の上から稲妻を叩きつけ、たった一発で『黒鮫』の艦隊を消し炭にしたそうだ。エンヴィランの島民全員が見ている」

 海賊たちがざわめく。



「俺はグラハルド親爺がついにボケた方に、銀貨三枚を賭けるぜ」

「稲妻を浴びても死ななかった『雷帝グラハルド』も、こうなっちゃおしまいだな……」

「いや、それなら子分どもがここに来させねえだろ」

「でもよ……」



 荒くれ男たちはしばらく無意味な議論を繰り返し、それから最後に白髪の海賊を見た。

「爺さん、その噂は全員で確かめた方がよさそうだな」

「だろ?」

 白髪の男はニヤッと笑った。


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