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再びの眠り・6

025



 異世界の大空を飛び回る翼竜といえども、しょせんは野生動物。

 最終戦争のために作られた飛空艦の相手ではない。

『五百五十ミリ湾曲光学砲、右舷二番、左舷二番砲門開放します』

「おいおい」

 遺跡ごと吹っ飛ばす気か。



 七海が笑う。

『御安心下さい、艦長。威力を演習モードにした上で、拡散照射しますから』

 割と多芸だな、お前。

『拡散射、全軌道を水平および仰角に設定します。水平線が存在する環境ですので、ここを惑星上と判断しました。地表には丸みがありますので、弾道は地表には命中しません』

 いちいち説明されなくてもわかってるよ。



「問題なさそうだな」

『では攻撃を開始します。発射』

 もう撃ちやがった。

 モニタには幻想的な光のシャワーが映し出され、無数の光条が空をまばゆく照らす。



 幻想的な光景ではあったが、威力は殺人的だった。

 無数の光の軌跡は、一本一本が恐ろしい威力を秘めていたようだ。

 翼竜が回避しきれずに射線を横切った瞬間、皮膜がパッと燃え上がる。そのまま火だるまになった。

 艦の周囲を飛び回っていた数匹の翼竜が、ほぼ同時に火の塊になってしまう。

 ……いつも思うんだけど、やりすぎだろ。



「七海、俺は『追っ払え』と命令したはずだが」

『申し訳ありません、艦長。他に適切な装備と手段がありませんでした。艦載機は極力使いたくありませんでしたし』

 まあ三十ミリ機関砲でも同じような結果になっただろうし、それなら弾を消費しないこの何とか砲の方がいいだろう。これに関しては七海を責められないか。



 火の玉と化して、真っ逆さまに墜ちていく翼竜たち。

 すまないな。

 でもお前らが飛び回ってる状態で下船する勇気は、俺にはないよ。



 何となく気まずい思いで周囲を見回すと、メッティと目が合う。

 適当にごまかしておこう。

「未知のものを恐れているばかりでは、人類の未来は拓けない。人間には、万物を理解する力があるはずだ。今は理解不可能なものでも、何世代か後にはな」

 いいこと言ったと思うので、今やらかした環境破壊についてはチャラということでお願いします。



 メッティはまじめな顔で、こくこくとうなずく。

「は……はい。艦長」

「うん」

 無垢な子供を騙した気分で、ますます気まずくなる俺だった。

 いや、この艦の武器がどれもこれも威力ありすぎるのが悪いんだってば。

 あと七海が自重しないし。



   *   *   *



『ななみ』が遺跡の近くに着陸する。

 心の中でまだ見苦しい自己弁護を重ねながらも、俺は表面上は落ち着いて下船することにした。

 もちろんニドネも一緒だ。彼女は七海からずっと質問責めにされていたはずだが、意外と元気そうだった。



 さらにポッペンもついてくるという。

「艦長、まさかここで私に留守番を命じる気ではないだろうな?」

 命じたいところだけど、俺も護衛がないと不安なんだよな。

 俺は苦笑して、彼を手招きした。



「行こう、友よ」

「そうこなくてはな」

 勇敢なペンギンとお友達でよかった。

 問題はメッティだな。



「メッティは待機だ。全員が艦を離れてしまうと、救助できる者がいなくなる」

「ええーっ!? 私も遺跡にめっちゃ興味あったのに!?」

 まあそうなるよね。

 でもダメだ。

 子供に危ないことはさせられない。



「お前が『バシュラン』になったり死んだりしたら、ウォンタナたちに申し訳が立たない。送られてくる映像で我慢しろ」

 それにお前、やることなら幾らでもあるだろ。

 七海から数学教えてもらったりとか。



 俺は七海の要請で白い防護服を着込むと、颯爽と……いや、もったりもったりと、遺跡に足を踏み入れた。

 外はかなりの涼しさなのに、俺の服だけ暑い。

 一方、ニドネは優雅に日傘なんか差してる。

 美女と野獣だ。



 遺跡は山頂部に広がっていて、眼下に雲海が見えるほど標高がある。ただし遺跡の周囲は木々が生い茂っていて、緑は豊かだった。

「森林限界は越えていないようだな」

 俺が呟くと、メッティが即座に通信してきた。

『森林限界って何?』

「標高が高くなると、一定の高さから木が全然生えなくなるんだ。そうなると作物や家畜も育てにくいし、生ゴミも土に還らなくなって生活しづらい」



『知らんかったわ……。艦長は何でもよう知っとるなあ……』

「シュガーさんの受け売りだよ」

 あの人、ゲームマップの地形まで「ここは河岸段丘なのかな」とか「三日月湖が再現されてる!」とか分析してて、ゲームの楽しみ方が変態じみてたからな……。

 おかげでいろいろ勉強できたけど。



「しかしこの町、マチュピチュみたいだな」

『あつにつ?』

「違う、マチュピチュ。俺のいた世界にも、こんな遺跡があったんだよ」

『へえ、まつぴつかあ』

「マチュピチュだって」

『まちゅぴちゅ?』

「うん」

 何やってんだ、俺たち。



 ふと隣を見ると、ニドネが笑っている。

「本当に君は勇敢だね。この呪われた……いや、汚染された地に足を踏み入れようっていうんだから。おまけに平然としている」

「お前一人では棺桶の土を入れ替える作業も大変だろう。それに俺にも、目的はある」

 元の世界に帰るための手がかりを見つけたい。

 古代遺跡なら、古くて貴重な記録が残ってるかもしれないからな。



 遺跡は石造りの建物で構成されていたが、どれも屋根がなかった。

 ニドネが歩きながら言う。

「私たちが調査に訪れたとき、風雨をしのげる場所がなかったんだよ。見ての通りだからね」

「屋根がない家というのも考えにくいな。屋根だけ風化しやすい材料を使っていたんだろう」



 俺の言葉に、ニドネがうなずいた。

「そうだろうね。板葺きとか、茅葺きとか?」

「そのへんだろうな。そうすれば屋根を軽くできるから、壁や柱への負担が小さくなる」

「確かに」

 本格的な探検をしてる気分があって、なんか楽しい。



 ニドネが小さく溜息をつく。

「君はなんでそんなに楽しそうなんだい? 尊敬するよ」

「……美女のお供をしていると、恐怖どころか楽しくてな」

 すげえ、日本語だったら絶対言えないような台詞でも、パラーニャ語だとスラスラ言える。

 常にワンテンポ遅れてるけど。



 ちらりとニドネの顔を見ると、またほんのりと桜色に染まっていた。

「や、やめてくれないかな? 私はその、ええと、冗談に疎くてね」

「こんなときに冗談など言わんよ」

 ふふ、演劇部だった記憶が蘇るぜ。

 文化祭のときだけまじめにやる部だったけど。



 ニドネは少し早足になりながら、落ち着かない様子で奥の建物を指さす。城壁に囲まれた区画だ。

「け、結局、調査隊は、ええと、あの建物を拠点にすることにしたんだ。石造りの屋根があったからね」

「もしかして、あそこが?」

「うん。調査隊が全滅した場所だよ」

 ニドネの頬から、血の気がゆっくり引いていく。



「君は来ないほうがいい。その装束があったとしても、無事に帰れるかどうか私にはわからない。あそこに入って無事に出てきた者は、一人もいなかったんだよ?」

「なら俺が、最初の一人になってやろう」



 この防護服は、最終戦争で人が住めない環境になった地上でも活動できるように作られている。

 生物兵器や化学兵器、それに放射線への防護も万全だという。

 これでダメなら本当に呪いだろうが、俺は呪いなんて信じない。



 ニドネは俺の顔をまじまじと見て、しみじみと言った。

「剛胆すぎて君が恐ろしくなってきたよ。……だけど、ありがとう。私を見捨てないでくれて」

「お前が俺をそうさせるのさ」

 かっこいい台詞がどんどん出てくる。

 でも冷静に考えてみると、モコモコの防護服着てるから別にかっこよくなかった。



 気を取り直して、奥に進んでみることにしよう。

 上空から見た遺跡の町並みは、俺の知識だと昔の京に近かった。都市の中枢部は区画の中央ではなく端、つまり奥にある。

 道路は狭いが区画整理はきちんとされていて、高度な建築技術を感じさせた。



 城壁は今もなお荘厳な面影を保っていたが、城門の扉は朽ち果てていた。木は腐り鉄は錆びて、容易に俺たちの侵入を許している。

「報告書によると、お前たちはこの奥で碑文を見つけたんだな?」

「うん。ただ、全文の解読はできなかった。最初にやられてしまったのが、古文書の研究者でね」

 熱心に調べすぎたんだろうなあ。



 今回は七海の暗号解読プログラムを使うので、時間さえかければ碑文の解読は可能だろう。あれは恐ろしい性能をしている。

「ではその碑文とやらを拝みに行くか」

 俺は大股で歩き出す。

 この防護服は通気性が最悪で蒸し暑いから、早く片づけてシャワーを浴びたい。



 ニドネが慌ててついてくる。

「お、おいおい!? 艦長、もうちょっと慎重に! ちょっと無造作過ぎない!?」

 想定外のトラブルが起きる前にさっさと終わらせたいんだよ。

 あと早くしないと、感染症より先に脱水症状になりそうだ。


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