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再びの眠り・2

021



 礼拝堂から現れた謎の美女に対して、俺はどう反応するか悩む。

 人間か? それとも人間じゃない何かなのか?

 眼帯型ゴーグルの表示は混乱を極めていて、俺も次のリアクションを決められない。

 ポッペンも慎重に様子を見極めようとしているのか、動かなかった。



 特に葛藤のないメッティが、最初に反応した。

「あの、突然お騒がせして大変申し訳ありません。港町の者で、ハルダ雑貨店のメッティと申します」

 パラーニャ語でそう言い、ぺこりと頭を下げるメッティ。

 さすが地元名士のお嬢さんだけあって、礼儀正しいな。



 すると色白の美女が微笑んだ。

「ハルダ……そうか、君はハルダさんの家系なんだね」

「御存知なんですか」

「もちろんだよ。ハルダさんには世話になった」

「ええと、父……じゃなくて、ウォンタナですか?」



 メッティがおそるおそる尋ねると、美女は首を横に振った。

「いや、オージュ・ハルダだね」

 美女の返答にメッティが困惑の声を漏らす。

「オージュは私の曾祖父なんですけど……」

 だが美女はクスクス笑う。



「だろうね。立ち話も何だから、こっちに来てくれないかな? 私はお日様の光が苦手でね。まだお昼過ぎだし、私にはちょっとつらいんだ」

 おいおい、何だか妙なヤツだぞ。

 生体センサーにうまく反応しない上に、日光が苦手。

 見た目は十代後半か二十代前半だが、メッティの曾祖父と知り合いだという。

 吸血鬼としか思えない。



 腹の探り合いをするなら、日向にいる今のうちだ。

 俺はメッティの肩に手を置いて動きを制し、それから美女に向かって言った。

「お前、人間ではないな」

 俺がそう言った瞬間、傍らのポッペンが身構えた。



 美女がどう反応するかドキドキものだったが、意外にも美女はあっさりとうなずいた。

「そうだね、普通の人とは違うね。でも他人に危害を加えたりはしないよ。信じてくれるかな?」

 うーん……。

 色白の儚げな美女に微笑まれると、俺も男なので警戒しにくい。



 一方、そういう人間の美醜とは無縁のポッペンは鼻息が荒かった。

「信じられるかどうかは、これから決める。だがあなたが我々に敵対的な行動をしなければ、我々も戦うつもりはない。そうだろう、艦長?」

 そこで俺に振らないでくれ。

 しょうがない。



「彼の言う通りだ。お前に危害を加えるつもりも、お前の生活を乱すつもりもない。……だが、我々は初対面なのでな」

 このぎこちないパラーニャ語翻訳、もうちょっと滑らかにならないかな。

 これじゃ変に警戒されちゃうだろ。

 あとできれば、敬語を使いたいんですが。



 幸い、美女は納得したようにうなずいてくれた。

「君の言う通りだね。詳しい事情を説明したいけど、さっきも言ったように私は日向には短時間しか出られないんだ。心配なら、そこで話を聞く?」

 それが一番良さそうだけど、こっちが警戒心剥き出しだと、あっちもやりづらいだろう。



 初対面の人と仲良くなるには、まずこちらから歩み寄らないとダメだ。

 俺はメッティとポッペンにその場に留まるよう指示し、一人で彼女に近づいた。

 さっきから七海が何か言っているが、あいつの発言ログは無視してやる。



 俺は堂々と礼拝堂の入り口まで歩いて行き、美女とは一足一刀の間合いで立ち止まった。

 この距離なら、こいつが飛びかかってきても何とかなる……と思う。

「俺が話を聞こう」

 美女が微笑む。

「慎重で勇敢な人だね、君は」

「ただの臆病者だ」

 誰かを行かせるのは後ろめたいし不安だから、自分だけで来ました。



 美女は俺を上から下までしげしげと眺め、それから首を傾げた。

「君は初代のハルダさんに少し似ている。黒い髪に鋭い目つき、整った顔立ち。この辺りの人間ではないよね?」

「ああ」

 この辺りどころか、文字通り住む世界が違う人です。



 すると美女は、にっこり笑った。

「ほんなら、この言葉もわかるんちゃうか?」

 日本語の関西弁だ。

 しかもメッティより自然な関西弁だった。

 だからなんでこう関西弁推しなんだよ、この世界の住人は。

 ええかげんにせえよ。



 俺は日本語で返す。

「もちろんわかる。察するに、その『ハルダ』という人物は俺と同じ国の生まれのようだな」

「せやな」

 どうみても日本人ではない儚げな色白美人が、微笑みながら関西弁でしゃべってる。



 あまりの非現実感に、細かいことがどうでも良くなってきた。

「信用しよう」

 俺がそう言うと、美女は優雅な仕草で一礼した。

「めっちゃおおきに」

 だから関西弁やめろ。



   *   *   *



 それから俺たちは美女の招きで、礼拝堂の中に入った。

 中は意外と生活感があり、彼女がここで慎ましやかに暮らしていることがわかる。

 本棚が多いな。机もある。あれ、でもベッドがないぞ。

 ……なんか、棺桶がある。

 嫌な予感しかしない。



 おそるおそるテーブルについた俺だったが、日本語がわからないポッペンのために、彼女にはパラーニャ語で話すよう頼んだ。

 本当の理由はもちろん、関西弁でしゃべられると落ち着かないからだ。



「私はニドネ」

 ニドネ……『二度寝』かあ。

「君も知っているように、ニホ語で『再びの眠り』を意味する言葉だ」

 やっぱり『二度寝』なんじゃねーか。

 イメージが壊れるから、お前はもうしゃべるな。



 俺は膝から崩れ落ちそうになったが、表面上はあくまでもまじめにうなずくことにする。

 ニドネ自身は決してふざけている訳ではなく、本当に真摯な態度だ。

 笑っちゃ悪い。

「良い名だ」

 二度寝は俺も大好きだしな。自分の名前にはしないけど。

 そういえば、こっちの世界に来てからは二度寝し放題だ。



 そんなことをぼんやり考えていると、ニドネは小さく溜息をつく。

「君は察しているようだけど、私は『バシュラン』でね」

 うまく翻訳できてないけど、これってどういう意味だ?

 するとメッティがパラーニャ語で、横から口を挟む。

「パラーニャの古語で、『終わりがない』という意味です。転じて、とても長生きの老人や、不死身の英雄などを指します。あと、何度失敗しても懲りない人も」

 なるほど。



 ニドネはうなずく。

「そう。私はパラーニャ建国以前に、島の外で『バシュラン』になってしまったんだよ。仕事で廃墟を調査していて、呪われた土に触れてしまってね」

 呪われた土……?

「おかげで日光は眩しくて仕方ないし、浴びればじわじわと火傷を負ってしまう。今では呪われた土がないと逆に体調が悪いし、本当に不便だよ」

 どうみてもヴァンパイアじゃねーか。



「ニドネ。お前は……血を吸うのか?」

 そのとたん、ニドネは苦笑いした。

「そうだね。『バシュラン』になった後、普通の食事はほとんど食べられなくなってしまったよ。おなかを壊してしまうんだ。血は飲める。あとはミルクとか」

 ミルク……。確かにあれも血液に近いとは聞いてるけど。

 ミルクかあ。なんかイメージが狂うな。

 まあいいや。



 さっきからイメージがガタガタだが、やはりニドネは吸血鬼らしい。

「お前に血を吸われた者は、どうなる?」

「実験したことはないけど、『バシュラン』になるか、死ぬかだと思う。遺跡の碑文にそう記されていた」

「碑文?」

 そう言ったのはメッティで、ぐぐっと身を乗り出してくる。

 おいよせやめろ、噛まれたらどうする。



 ニドネは頭を掻きながら、こう続けた。

「パラーニャ本土、といってもパラーニャの建国前だから違う国だけど、辺境に古代都市の廃墟があってね。勅命で調査することになったんだよ」

 調査隊は全部で八名。

 そして全員が、気づかないうちに『呪われた土』に触れてしまったという。



「調査開始から数日経って、みんなどんどん高熱で倒れていった。私も倒れて、何日も意識が朦朧としていたようだ。気づいたらみんな死んでいて、私だけが『バシュラン』として生き残っていた」

 後は本能のままに死んだ仲間の血をすすり、こうして彼女は人ならざる者としての第二の人生をスタートさせたらしい。

「廃墟で古代の碑文を見つけてね。少ししか解読できなかったけれど、どうやら私たちと同じ末路をたどって、街ひとつ滅んでしまったようだよ。呪われた土についても、そこに記されていた」



 俺は少し考える。

 これって呪いというよりも、土壌中の細菌かウィルスによる感染症じゃないだろうか。

 パンデミックが起きて古代の街が滅び、そこにやってきた調査隊も壊滅した?

 あれ?

 もしかして俺たち、今かなりヤバい状況なんじゃない?


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