再びの眠り・1
020
海賊騒動が終わった翌日、俺は「ななみ」を陸地に停泊させることにした。
今さら普通の船のふりをしても仕方がない。
飛べるのバレちゃったし、港のスペースは有限だ。
港町の山の手に放棄された広い耕作地があるというので、そこに停泊することにした。
「山の船乗りという訳だな、艦長」
鬱蒼とした山道を歩きながら、楽しそうにポッペンが笑う。
俺はすっかり手に馴染んだ消防斧で藪を払いながら、彼に簡潔に説明した。
「ウォンタナの話によると、山頂に貴族の別荘があるそうだ。人が住まなくなって久しいそうだが、一応様子を見ておいた方がいいと言われてな」
山荘の持ち主が今どこに住んでいるかはわからないそうだが、御近所さんとのトラブルは避けたい。
今日はメッティも同行していて、俺たちに道を示してくれる。
「あのへんやな。子供の頃はお父さんから、このへん来たらあかんでって言われたもんやわ」
今も子供だろと言いたかったが、言えば絶対喧嘩になるので俺は黙る。
「あれ? 艦長、もしかして私が大人やって認めてくれた?」
認めてねえよ。
「どうだろうな」
曖昧に笑っておくことにしよう。
そんなことより、俺は気になっていることがあった。
「実はパラーニャという国名、それにこの島のエンヴィランという名前も、俺のいた世界に伝わっている」
「えっ、凄いやん!? なんかの伝説とか、神話とか?」
「まあ、そんなところかな」
MMORPGのマップの名前だとは言いにくいし、説明するのも難しい。
「俺も七海も、いずれは元の世界に帰らなければならない。帰還のために手がかりが欲しい。だからこの島のあちこちを、今のうちに調べておきたいな」
言っておいて何だけど、帰ってもいいことがあんまりないので俺は乗り気ではない。
とはいえ、友人や家族にはもう一度会いたい。
友人といえば、あの人もいたな。
「帰還できないとしても、もしかすると他に仲間が見つかるかも知れない」
今度はポッペンが口を開く。
「仲間? 艦長のかね?」
「ああ。詳しい事情はまだ話せないが、見つかれば心強い味方になってくれるだろう」
俺が『フリーダム・フリーツ(略称フリフリ)』をプレイしていたとき、サービス終了直前まで一緒に遊んでいたプレイヤーがいた。
通り名は『シュガーさん』。
本当のキャラ名は『襲牙』だったと思うが、とにかく他人に甘いのでシュガーさんで通っていた。
当時の俺は飛空艦実装を待ちながら『キャプテン』と呼ばれる飛空艦専門クラスを育てていたが、飛空艦のないキャプテンは何にもできない。
かろうじて『砲術スキル』は徒歩でも使えたので、艦載用の大砲をゴロゴロ牽引しながら狩り場を往復していた。
あの大砲と弾、メチャクチャ重かったんだよな……。
でも武器屋の前でいつも、シュガーさんが魔法で装備を軽くしてくれたな。あれがないと狩り場にたどり着けなかった。
懐かしいなあ。
それはさておき、シュガーさんはいつも面倒見が良く、穏和で、そして冷静だった。あれぐらい頼れる人を、俺はリアルでも知らない。
いや、こっちにいるかわからないんだけどな。
でも俺とこの異世界をつなぐものといえば、地名の一部が『フリフリ』と重なっていることだけだ。
どうしても思考が『フリフリ』関連に向いてしまう。
シュガーさんがいてくれれば、俺も何とかなりそうな気がする。
「『シュウガ』、あるいは『シュガー』という名前の男だ」
会ったことはないけど、たぶん男だと思う。
「彼は信頼できる。この世界に来ているのなら、絶対に探し出したい」
ポッペンがうなずく。
「なるほど、艦長が惚れ込んだ男か。私も会ってみたいものだな」
「ああ」
フリフリがサービス終了になってしまって、シュガーさんと連絡を取り合うこともなくなった。
もしこの世界にいるのなら、置き去りにはできない。
というか、いてくれると心強いのでいて欲しい。
一応、探すだけ探してみるか。
「まずは、この世界と俺のいた世界との接点を探す。帰還の方法を探すのが、七海との約束だ」
ポッペンがもう一度うなずき、後ろを歩いているメッティに声をかける。
「約束では仕方ないな。メッティ、そう落ち込むな。皆、それぞれの進むべき道があるのだ。いずれ道は分かたれよう」
「せやけど……」
メッティは不満そうだ。
俺は苦笑してみせる。
「心配するな。そう簡単に帰れるとも思えない」
俺も七海も転移当時に何が起きたのか、唐突過ぎて全く覚えていないんだからな。
原因も方法も謎のままで、何が手がかりになるのかもわからない。
メッティはなおも不満そうだったが、渋々うなずいてくれた。
「わかった、私も手伝うわ。本当はずっと島におって欲しいんやけど……」
「ああ、最先端の科学に触れる好機だからな。今のうちに、七海にいろいろ教えてもらえ」
「それはそれで大事やけど、そういうことと違う……」
じゃあ何なんだよ。
そんな話をしているうちに、俺たちは山頂近くの別荘にたどり着いた。
広大な敷地だったが、荒れ果ててボロボロだ。
本館らしい木造の三階建ては朽ち果てていて、人が住むどころか近づくのも危なそうだ。
別館や厩舎も同様で、かなりの数の建物が柱や土台だけになっている。
ただ、石造りの礼拝堂らしいのがまだ無事に残っていた。
庭は荒れ放題だな。俺の知らない野生動物があちこちにいるし。
ポッペンが周囲を見回して呟く。
「無人のようだな。獣しかいない」
ソラトビペンギンは知的種族だから、あの変なブタみたいな野生動物とは違う。
違うんだけど、見た目がペンギンだから妙な違和感が残る。
まあいいや。
「ちょうどいい。無人なら多少調べさせてもらうか」
今さら不法侵入など恐れはしないぞ。今の俺は異世界に侵入してるんだから。
そう思って一歩踏み出したとき、左目の眼帯型ゴーグルに警告文が表示される。
< 生体感知:人間 >
< 生体感知:エラー >
< 生体感知:人間 >
< 生体感知:エラー >
いや、どっちだよ。
人間がいるのかいないのか。
とりあえず二人を呼び止めよう。
「待て」
俺が手で制すると、ポッペンが即座に立ち止まる。メッティも少し遅れて立ち止まった。
「何やのん?」
「誰かいる」
もし誰もいなかったら格好悪いな、これ。
そのとき、七海からのメッセージがログに表示される。
『艦長、今の生体情報なんですか? 見たこともないパラメータでしたけど』
知らねえよ。
俺は無言のまま、眼帯を微かにトトンと叩く。モーションセンサーがついているので、これで簡単な意志表示が可能だ。
今のトトンは『黙ってろ』です。
この世界には俺たちの知らない生き物がたくさんいるので、七海のハイテク装備も万能ではない。
俺が斧を構えながらゆっくり一歩踏み出すと、ポッペンもぺたりと一歩踏み出した。
「艦長、ここは私が行こう」
『それがいいですね。ポッペンさんは別にいいですけど、艦長に何かあると私が困りますから』
俺はまた無言で眼帯をトトン叩く。
お前は黙ってろ。
そのとき、礼拝堂の方から声がする。
「君たちは何者かな?」
上流階級が使う正統ファリオ式のパラーニャ語で、若い女性の声だった。
振り向いた俺の視界に、白い肌の美女が飛び込んでくる。
その瞬間、警告メッセージと矢印が眼帯に表示された。
< 警告:身体偽装(種別不明) >