七海の主(中編)
002
画面に表示されているのはメッセージウィンドウと、周辺の海図らしい地図だ。これを見る限り、この周辺には孤島しかないらしい。
その海図に赤く表示されているのは船形のアイコンだった。
全部で四隻。
画面の中の七海はウィンドウをぐいぐい押して横に動かしながら、顔を覗かせた。
『なんか接近してます』
「なんかって何!?」
『所属不明の艦隊ですね』
ダメだ、情報が増えねえ。
俺が困惑していると、七海もだいぶ慌てながら背筋を伸ばした。
『接近しているのは所属不明の船舶が四隻、いずれも武装した艦船であると推測されます』
「敵か!?」
『所属不明ですってば』
ああもう。
七海は首を傾げる。
『あの艦隊、この二週間で沖合を八回通過しています。こちらの無線通信には応じませんでした』
「そのときには攻撃されなかったのか?」
『光学偽装していましたから』
俺は少し考えた。
「じゃあ何で、今頃こっちに近づいてきてるんだ?」
『光学偽装を解除したままだから……ですかね?』
ですかねじゃないよ。
「この船、輸送艦だって言ってたよな? 武器はあるのか?」
『やだなあ、まだ敵と決まった訳じゃありませんよ』
七海がそう言った瞬間に、真っ赤な警告文が表示される。
< 敵砲撃 至近弾 >
「撃たれてんじゃねーか!?」
『あー……、ほんとですね。どうしましょうか?』
のんきだな、おい。
七海は分厚い本をめくりながら、ふむふむとうなずいている。
『えーと、私のデータベースには登録されていない火砲ですね』
お前は本当に役に立たないな。
「じゃあ、未知の兵器か?」
『あ、いえ。単に旧式すぎて登録されていないだけです。たぶん大航海時代の大砲みたいな代物でしょう。前装式の旧式です』
なんだ……びっくりさせやがって。
七海は笑う。
『でも旧式とはいえ、当たったらこの艦も損傷しますよ。装甲で防御するタイプの艦ではありませんから』
このポンコツめ。
しかし七海は慌てていない。
『まあまあ、心配なさらずとも大丈夫ですよ。ただちに艦の全システムを戦闘モードで起動させます』
「おお、戦えるのか?」
『はい!』
びしっと敬礼する七海。
一瞬だけ希望を抱いた俺だが、七海は即座にセーラー服を脱ぎ始めた。
「何してんの?」
『システム切り替え中ですので、少々お待ちください』
詰め襟の士官服に着替える七海。
進行度ぐらいバーか何かで表示すればいいのに、妙なところが凝っている。
官庁の船にしては変な気もしたが、俺の知っている日本ではないので黙って見守ることにした。
今はとにかく、敵の攻撃を何とかしないと。
< 敵砲撃 至近弾 >
< 敵砲撃 至近弾 >
< 敵砲撃 艦首左舷着弾 損傷軽微>
「おい、撃たれてる! 撃たれてるぞ! 当たってる!」
くそっ、バカスカ撃ちやがって。
モニタにはそこそこの大きさの帆船が四隻、しっかりと表示されていた。
鮫と髑髏を組み合わせた旗が翻っている。海賊だろうな。
海賊が髑髏の旗を掲げるのは、こっちの世界でも共通のようだ。
『大丈夫です。ダメージコントロールには自信があります。シューティングスター級は、米軍との共同開発ですから』
よくわからない自慢をしつつ、詰め襟のホックを合わせるのに苦労している七海。
手伝ってやりたいが、あれはただのCGだ。
制帽を被った七海は、被り心地が気になるのか何度もクイクイ動かしている。
『システムチェック完了。全システム異状なし。これより本艦は戦闘モードに移行します。艦長は戦闘指揮所に移動してください』
「艦長って誰?」
俺の問いに、ハッとする七海。
『あ、誰もいませんでした。困りましたね、戦闘指揮所が無人のままだと私は戦闘できません。交戦規定違反です』
お役所の船はこれだから。
『他に誰もいませんし、しばらく艦長やってくれませんか?』
模擬店の店番みたいなノリで言うな。
とはいえ、このままだと七海が危ないな。
俺が今、唯一頼ることのできそうな相手だ。
「わかった。言っておくが、俺は軍人でも船員でもないぞ。その戦闘指揮所ってとこにいるだけでいいんだな?」
『はい、座ってるだけでいいですよ。あれぐらいなら一瞬ですので』
詰め襟の七海がにっこり笑った。
* * *
戦闘指揮所というのは、要するに艦のブリッジのことだった。
今は艦橋とかブリッジとか言わず、戦闘指揮所というらしい。場所も艦の中心部だし、船にしてはそこそこ広い部屋なのに窓ひとつない。
『艦長の入室を確認。これより本艦は戦闘行動を開始します』
士官服の七海が制帽をクイックイッと動かしながら、表情を引き締めた。
「戦闘行動はいいけど、この船って陸に打ち上げられてるだろ?」
不安になる俺だったが、七海は笑う。
『すぐ飛びますから大丈夫ですよ。重力推進機関に異状はありません』
「飛ぶのか、これ」
『ええ、住宅地の上は航行しないようにしてますから、あまり見たことないかも知れませんね』
ちょっと得意げな七海。
彼女はすぐに表情を引き締めると、俺に告げる。
『艦長、攻撃命令を』
「座ってればいいだけじゃないのか?」
『すみません、形式的なものですので。あっ、攻撃目標の指定も一応お願いします』
あ、そうなんだ。
せっかくだし、ちょっとかっこよく言ってみるか。
前方の巨大モニタには、海賊艦隊が表示されている。
大砲の煙らしいのがモクモクと海面を流れていて、砲撃のたびに煙が増えていた。
どんどんこちらに近づいてくる。
あれはもう、戦うしかないよな。
「七海、前方の所属不明艦隊に対して攻撃開始!」
『了解!』
びしっと敬礼する七海。
次の瞬間、足下がフワッと浮いた感じがした。
『五百五十ミリ湾曲光学砲、右舷一番砲門開放します。照準、所属不明艦隊一番艦』
五百五十ミリ? 五十五センチ? だいぶ大きくない?
あと右舷一番砲門って何? いくつ持ってるの?
俺が不安を感じた瞬間、七海が淡々と告げた。
『直撃させます。発射』
あっ、最初ぐらいは威嚇射撃で良かったかも……。
口を開こうと思った瞬間、モニタの艦外映像がホワイトアウトする。
即座に画像が切り替わり、モニタの輝度を調節した。
画面が安定したとき、そこにはもう海賊艦隊の姿はなかった。巨大な水煙が発生し、柱のように伸び上がっていく。
海面がボコボコを泡立ってるのは、あれもしかして沸騰してるのか?
水煙はそのまま入道雲のように空高く伸びて、かなとこ雲というか……なんかキノコ雲みたいになってる。
あまりの威力にビビッている俺の前で、七海が微笑みながら報告した。
『敵艦四隻の轟沈を確認。敵艦隊全滅。全システム異状なし。砲門閉鎖、警戒モードに移行します』
「全滅って」
俺は軍艦には詳しくないけど、輸送艦ってこういうことする船だっけ?
七海がにっこり笑う。
『はい、全部撃沈しました。艦隊中央の艦を狙いましたが、五百五十ミリ湾曲光学砲には、付近の木造物を焼失させる熱量がありますので』
「なんでそんなの撃ったんだ?」
『副砲を一門使用しただけですので、これが本艦の一番弱い対艦装備ですよ?』
当たり前のような顔をしている七海に俺は不安を感じたが、落ち着いて考えてみると当たり前だ。
「ま、まあ手加減する理由もないか。相手が撃ってきたんだし、こっちも被弾したら痛いんだから」
『そうですね、あのまま撃たれ続けていれば艦が多少損傷していたでしょうし』
「そうだな。それに七海もちゃんと副砲で応戦して……」
俺はふと首を傾げる。
「もしかしなくても、主砲ってこれより強い?」
七海は曖昧な笑みと共に視線をそらす。
『ええまあ……いいじゃないですか、そんなことは』
良くないよ。
「これは輸送艦だろ? 主砲と副砲があるのおかしくないか?」
しかし七海は視線をそらしたまま、曖昧な口調で返す。
『えーと、どうでしょう、ちょっとわかりませんね……』
「こっちを向け。というか、なんでわざわざ視線をそらすCGを表示してるんだ、お前は」
『どうです、人間的でしょう?』
「そういう問題じゃねえ」
さすがの俺も絶対におかしいと思ったが、七海に答える気がないのも何となく理解できた。
モニタを見ると、外は猛烈な雨になっていた。蒸発した海水が雨になって降り注いでいるようだ。
助かってホッとした反面、俺の命令がこの大破壊を引き起こしたのだと思うと怖くなる。
間違って無関係の人を巻き込んでないだろうな……。
「七海」
『はい?』
「次からは、一発目はなるべく威嚇射撃にしよう」
『了解しました。艦長命令を受諾、戦闘プロトコルを更新します。艦長、お疲れさまでした』
一点の曇りもない笑顔で、びしっと敬礼する七海だった。
おっかねえ。