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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第2章(全9話)

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黒翼の騎士・8

018



 宴の席には、どういう訳かソラトビペンギン(自称)のポッペンも招かれていた。

「お前は敵側だろう?」

 俺が冗談っぽく言うと、ポッペンは新鮮な魚介類を丸呑みしながらクエックエッと笑う。

「だが今はあなたの味方だ、艦長」

「……そうだな」



 船乗りや漁師たちの酒宴は次第にヒートアップしていき、俺には若干居心地が悪くなっていた。

 日焼けしたムキムキのおっさんたちの裸踊りとか見たくないです。

 いや、そういう需要もあるところにはあるんだろうけど、俺にはない。

「ポッペン、少し歩かないか?」

「いいとも、艦長」



 俺は酒瓶を片手に、ポッペンと共に夜の桟橋に出る。

 彼には聞きたいことがあった。

「お前はソラトビペンギンと言ったな」

「ああ。氷と雪に閉ざされた大地に暮らす、誇り高き冒険家の種族だ」

 ぺたぺた歩きながら、そう言って胸を張るポッペン。



「……その誇り高き冒険家が、なぜ海賊の手先などしていた?」

 するとポッペンは肩を落とした。

「面目ない。彼らは無辜の被害者を装い、私に手助けを求めてきたのだ」

 あれが無辜の被害者に見えるのか。

 ああでも、ペンギンには人間の人相や服装はわからないよな。



 ポッペンはヒレで自分の顔をぺしぺし叩く。

「全く、私が人間社会に疎いばかりに大変な過ちを犯すところだった。艦長にはどれだけ謝罪しても足りない。本当に申し訳ない」

「……気にするな」

 もう少しソフトな言い回しができればいいんだけど、なんせこの急造の辞書ファイルは語彙が乏しい。



 俺が気になっているのは、それ以前の部分だ。

「なぜ、用心棒や殺し屋のような真似をしてまで、金を稼ごうとする?」

「そうだな。いささか奇妙に思えるかもしれない」

 ポッペンはぺたりぺたりと桟橋を歩きながら、こう続けた。

「ソラトビペンギンは素晴らしい一族だ。ヒレのような翼で海を自在に泳ぎ、心の翼で大空を飛ぶ。だがこの翼こそが、我が種族の忌まわしい枷なのだ」



 ヒレをじっと見つめて……いるのかどうか俺にはわからないが、とにかく彼はどこを見ているかわからないまなざしで呟く。

「このヒレでは、どう頑張っても道具は持てない。いや、道具を作ることがそもそも不可能だ」

「まあ……そうだろうな」



 俺は自分の右手を見る。

 五本の指のおかげで、箸でも鉛筆でも消防斧でも持てる。

 いや、消防斧はあんまり持ちたくないんだが。

 これに比べたら、ポッペンのヒレは確かに道具を操るのには全く向いてない。

 文化人類学の講義を思い出すな。



 ポッペンはしみじみと言う。

「私の故郷は極寒の地だが、我々は家を建てることも、毛布を織ることもできない。せいぜい石ころを拾って、卵が濡れて凍らないようにするのが精一杯だ」

 どうやらソラトビペンギンたちは、俺のいた世界のペンギンと同程度の生活水準らしい。

 それも気の毒な話だ。



「辛くはないか?」

「いや、人間たちの生活を知るまでは、こんなものだと思っていた。だがこうして人間たちの豊かな暮らしを知ってしまうと、故郷での生活が酷いものだと思うようになったよ」

 ポッペンの表情は相変わらず全く読めないが、声には元気がなかった。



「そんな私だが、娘がいる。一人だけな」

 こいつ、既婚者だったのか。

 彼らに結婚という概念があるのかどうかわからないが。

「娘か。いいものだな」

「ああ。だが娘が無事に育つまで、卵と雛を何度も失った」

 ポッペンはぺたぺた歩きながら、月明かりの空を見上げる。



「最初の雛は男の子だったが、寒さに耐えきれなかった。次の卵は割れてしまい、その次の卵は凍ってしまった。四度目でようやく、無事に雛が大きくなってくれた」

「過酷だな」

 するとポッペンは小さくうなずく。



「ソラトビペンギンの常識ではこんなものだが、人間たちは違うようだな。四人産めば三人は無事に育つようだ。羨ましい」

 パラーニャだとそんなものか。現代日本だったら、たぶん四人とも無事に育つだろう。

 いずれにしても、ポッペンたちとは何もかもが違う。



 俺は彼に話の続きを促す。

「だが、過酷な故郷が嫌になった……という訳ではなさそうだな」

「もちろんだ。愛する妻子を捨ててなどいけるものか。だが今のままでは、ソラトビペンギンは愛する我が子を何度も失いながら生きていかねばならない」

 桟橋の端にたどり着くと、俺たちは腰を下ろす。



 ポッペンは月を見上げたまま、こう言った。

「だから私は、雪と氷の大地にも人間のように街を作りたいと思ったのだ。安全な家を建て、暖かな寝床を用意してやりたい。それだけで大半の雛が無事に育つだろう」

 想像したら、なんだか心が穏やかになってきた。

 ペンギンさんの街か。



「だが、それはペンギンの翼では成し遂げられない……ということか」

「そうだ。人間たちに頼まねば無理だ。そして人間たちにそれをやってもらうには、金が必要になる」

 だから傭兵やってるのか。

 苦労してるんだな。



 俺は粗末な木のマグカップに、酒瓶のワインを注ぐ。

「飲むか?」

「いや、私は海水でやらせてもらう」

 俺はもうひとつのマグカップに海水を汲み、ポッペンの前に置いた。

 俺たちはワインと海水をちびちびやりながら、話を続ける。



「金は稼げたか?」

「無理だな。人間たちは私と、まともに契約を結ぼうとはしない。あなたも見ただろう、彼らがどうやって私を欺いたか」

「いつもこんな感じか」

「ああ、いつもだ。正直、もう嫌になっている」

 クチバシをマグカップに突っ込んで、海水をごくりと飲むポッペン。



「だが、いいこともあった」

「何だ?」

「信頼できる人間たちもいる、ということを知ったからだよ。あなたのことだ、艦長」

「俺が?」

 自分で言うのもなんだけど、こんな異世界迷子を信用しない方がいいぞ。



 だがポッペンは嬉しそうに言う。

「あなたは私に一度も嘘をつかなかった。それどころか、何の見返りも求めずに海賊たちと戦い、街を守った。私も助けてもらった」

「戦ったのは七海……あの船だ。俺は椅子に座っていただけだよ」

「だがあなたが命じなければ、あの空飛ぶ船は何もしなかっただろう」



 ポッペンはそう言い、首を振った。

「私も馬鹿ではない。あの七海という平べったい人間とも会話してみたが、とても冷淡だ。彼女は私に対して一切同情しなかったし、自分から協力を申し出ることもなかった」

 表示されてるグラフィックは萌え絵だけど、あれって軍用の人工知能だからな……。



 今後は俺以外にももう少し親切にするよう、七海に頼んでおこう。

「彼女には彼女の立場と責任がある。悪く思わないでやってくれ」

「わかっている。だが艦長、今こうして皆が無事に杯を酌み交わしていられるのは、あなたのおかげだ」

 そうかな……そうかも。



 まあ、それはそれとしてだ。

「ポッペン、お前は自分や家族だけではなく、故郷の者たち皆の為に戦ってきたのだな」

「ああ。まあ金はほとんど貯まらなかったが……。少し稼げたと思っても、すぐに盗まれたり巻き上げられたりする」

 それは本当に同情します。



 俺は隣にいるこの小さなペンギンに対して、メッティのときと同じ尊敬の念を抱くようになっていた。

 見た目は水族館の愉快な仲間みたいなヤツだが、こいつも他人の為に命を懸けられる男だ。

「もしかすると、お前も凄いヤツなのかもしれないな」

「ん?」



 ポッペンは何かを感じ取ったらしく、俺を見上げてくる。

 俺は彼に微笑みかけた。

「お前の夢、俺が手伝っても構わないか?」

「それは、どういう……?」

「簡単なことだ。金を稼ぐ手伝いをしたい」



 俺は頭の中で計画を急いでまとめる。

「俺には空飛ぶ軍艦があり、帰る港もここにある。何かができるはずだ。俺たち二人で稼ごう。そしてお前の故郷に、ソラトビペンギンの街を作る」

 それを聞いて、ポッペンは立ち上がった。



「艦長、信じていいのか?」

「男に二言はない」

 簡潔なパラーニャ語だったが、これは翻訳が間に合わなかったのではない。

 他に言う必要がなかったからだ。

 約束は守る。



「どうせ俺も、ここで稼がねば生きていけないのだ。だったら一緒に稼ごう」

「あなたという男は……」

 ポッペンは月を見上げ、喉を鳴らして変な鳴き声をあげ始めた。

 もしかして泣いてるの?



 それからポッペンは俺に向き直る。

「艦長、私は決めたぞ。征空騎士ポッペン・ポペリポリパンの名に於いて、終生あなたの剣となることを誓う」

「ありがとう、友よ」

 日本語だと恥ずかしいこんな台詞も、パラーニャ語だとスラスラ出てくるな。

 あとポッペン、ちゃんと姓もあるんだ。

 すげえなソラトビペンギンの社会。



 俺たちは互いを見て……たぶん見てるはず……、指とヒレで自分の杯を示す。

「飲むか」

「ああ!」

 こうして俺は生まれて初めて、ペンギンの友人ができたのだった。


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いいなあーポッペン氏をハグしたい 止めるのだ人間のメスよ、って嫌がられたい
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