黒翼の騎士・6
016
「艦載機があるなんて知らなかったぞ」
俺は腕組みをしてモニタを眺めながら、ちょっと不満だった。
七海は艦載機の位置情報を示すウィンドウを画面に貼り出しながら、当たり前のような顔をしている。
『言ってませんでしたから』
言えよ。
俺、艦長だぞ。
すると七海は極めてまじめな顔でこちらを向く。
『無人艦載機の存在は高度な機密に属するため、セキュリティクリアランス二レベルです。担当者および幹部にしか知らされません』
だから俺は艦長だってば。
『艦長は先日までセキュリティクリアランス一レベルでした。現在は二レベルですので、先ほどお伝えしたまでです』
あ、レベルアップしてたんだ。
ちょっと嬉しい。
……いや、喜んでる場合じゃなくて。
「お前、まだまだ俺に隠し事してるだろう?」
『ええまあ、してると思いますが……。あ、隠し事の有無自体が秘密でした』
えへへと笑う七海。
「情報を小出しにするのは感心しないな。俺たちは仲間だろう?」
『それはそうなんですけど、私は官公庁の装備なんですよ。帰還後に偉い人に叱られたくないです』
いや、わかるけど。
しょうがない。七海が協力してくれないと、俺はこの艦のドアひとつ開けることができないんだ。
だが七海も規律に縛られていて、俺がいないと飛ぶことすらできないことは、忘れていないだろうな?
「ところで七海くん」
『はい、艦長』
「俺がここに定住するからもう艦に乗らないって言い出したら、お前は困るんじゃないかな?」
『う、それは……困りますね』
本当に戸惑ったのか、CGの表情を入れ替えるのが一瞬遅れた。
俺は艦長席で脚を組みながら、横柄に言う。
「人間というものは、すぐに心変わりする。だから俺が妙な考えを起こさないよう、しっかりサービスした方がいいのではないかね?」
『わかりました、わかりましたから、必ず帰りましょうね!?』
「ふふーん、どうしよっかなー」
『艦長の裏切り者ーっ! 人でなしーっ!』
「人でなしは人工知能のお前だろ」
超楽しい。
その間にも、地上では一方的かつ激しい戦闘が繰り広げられていた。
ドローンのような機体が、地上付近をフワフワと飛び回っている。
その後、ハチのようなシルエットの機体が上空から集団で押し寄せると、機体下部の銃座からレーザーのようなものを撃ちまくっている。
隠れていた海賊たちが次々に薙ぎ払われ、切断されて転がる。
さらに上空には、無人飛行機らしいものが編隊を組んで飛び回っていた。
「七海、艦載機の概要を説明してくれ。何種類かあるようだが」
『あっ、はい。モスキート偵察機と、ホーネット対地攻撃機、そしてドラゴンフライ対空迎撃機です。いずれも小型の無人機です』
英語の通称がついてるってことは、アメリカ製なのかな。
『モスキートが地上にいる人間たちの情報を送ってきますので、私が今バックグラウンドで敵味方の識別をして、IDを発行しています。で、それを基にホーネットが攻撃を行ってるとこですね。ドラゴンフライは僚機の護衛です』
なるほど。
それぞれの機体から映像が送られてきているが、見たところ島民たちには危害を加えていないようだ。
たまに島民のおっさんが家族を守ろうとして、窓から鉈なんか投げてくるが、無人機たちは反撃していない。
一方、海賊らしい連中には容赦がなかった。
大型の姿勢制御用ローターを備えたホーネットには、対人用の高出力レーザーが装備されているらしい。
すり抜けながら軽くレーザーで薙ぎ払うだけで、バタバタと死人が出ている。
しかも、攻撃のやり方がエグい。
『まず低出力のフラッシュパルスで網膜を焼きます。視力を奪われた人間は多くの場合、その場に立ち止まって目を押さえますから、安全に殺害できますね』
安全に殺害。
『とどめの高出力レーザーは医療用のレーザーメスの応用で、人体を効率的に切断することができます』
効率的に切断。
俺はふと思う。
「なあ、これがあれば最初の海賊艦隊のときも、メッティを救助したときも、アンサールの奴隷市場のときも、俺はもっと楽だったんじゃないかな?」
『セキュリティクリアランスの問題がありますし、それに……』
七海が言い掛けたとき、新しいウィンドウが表示された。
『あー、敵と認識された人物は全員殺害された模様です。各飛行隊、敵からの被弾はゼロです。収容完了しました』
「ほらみろ、完封勝利じゃないか」
『なお、未帰還機が1。内訳はモスキート1となっています』
なんで?
「敵から被弾してないのに未帰還機があるの?」
『複雑な戦闘行動をさせる以上、予期せぬ故障や接触、それに誤射は避けられませんから。今回は回避機動を取ったモスキートがホーネットの射線を横切り、運悪くレーザーに巻き込まれて墜落した模様です』
意外とあっさり墜ちるんだな。
「なるほど、こうやって出撃する度にじわじわ目減りするのか」
『はい。敵に回収されると機密が漏れてしまいますし、なるべく使いたくないなーっていうのが本音ですね』
「わかった。艦載機はここぞというときだけ使おう」
艦載機いっぱい飛ばすの結構楽しかったんだけど、今後は控えよう。
そこまで考えて、俺はふと首を傾げる。
「情報収集用のモスキートだけ飛ばして、後は三十ミリ機関砲でピンポイント射撃しても良かったんじゃ……?」
『いえ、でも……あ、そっちの方が良かったかもしれません』
「おい」
『だ、だって私は本来、艦載機の運用は専門外なんですよ!? そういうのは飛行長の仕事でしょう!? 飛行長に命令して下さいよ!』
飛行長いないし。
とりあえず眼下の村から敵は消えたみたいだし、降りて島民たちの救助でもしよう。
それとポッペンとも話がしたい。
「七海、警戒しながら着水か着陸してくれ。ポッペンは何か事情を知っている様子だし、詳しい話を聞こう」
『了解、艦長』
七海が敬礼した。
* * *
俺が艦のハッチを開けた瞬間、ポッペンが凄い勢いで飛び込んできた。
「艦長、どこだ! 至急伝えたいことがある!」
彼の声は聞こえてるんだけど、俺はハッチまで出向いて姿を見せる。
「どうした、ポッペン」
「エンヴィラン島に海賊たちの艦隊が向かっている! 街を砲撃するつもりだ!」
「……なんだと?」
ええい、この翻訳ソフトまどろっこしい。
どうしてもワンテンポ遅れる。
俺が字幕を読んでいる間に、ポッペンはさらに訴える。
「ここの島民たちは長い間、海賊たちの奴隷にされていたようだ。そんな非道な連中とは知らずに片棒を担いでしまった以上、私は海賊たちと戦わねばならない」
待って、早口でまくし立てないで。
ポッペンのパラーニャ語はネイティブと違って訛りがあるのか、変換に時間がかかるんだよ。
俺はしばらく沈黙して……タイムラグのせいで沈黙せざるを得なかったのだが……とにかく、口を開いた。
「落ち着け。俺も戦う」
「おお、艦長! 男はやはり、そうでなくてはな!」
ポッペンが嬉しそうな声を出す。表情は相変わらずアデリーペンギンのままだけど。
俺は微笑みながらうなずいた。
「彼らには……世話になっているからな」
「あなたは義理堅い男だ、艦長」
義理堅いというか、俺みたいな放浪者を受け入れてくれそうな唯一の拠点を守らないといけないので……。
エンヴィラン島はメッティの故郷だし、守らない理由がない。
俺は首を横に振った。
「いや、メッティの為だ……」
あ、そうだ。
ポッペンが艦外を飛び回っていると、七海が困る。
ポッペンは人間ではないし、敵味方識別コードも発していないので、艦載機がしょっちゅう七海に問い合わせてくるらしい。
「ポッペン」
「何かね?」
「俺の艦に乗れ」
ポッペンは俺の顔をじっと見ていたが、やがて小さくうなずいた。
「承知した」
なんか今の間、何かを勘違いしているような気がするが……。