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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第2章(全9話)

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黒翼の騎士・5

015



 空高く飛んでいったペンギンを見上げて、俺はただちに七海に連絡を取る。

「出航するぞ、あのペンギンを追え!」

 即座に七海からのメッセージが表示される。

『了解しました。ミッションは……ええと、何でしょうか?』



 俺はどう答えればいいかわからなかったので、彼の言葉を借りることにした。

「正義だ」

『はあ……』

 軍用人工知能の返答は、ひどく間抜けだった。



 俺は桟橋を駆け抜けて「ななみ」に乗り込むと、戦闘指揮所に駆け込む。メッティはウォンタナに預けて留守番だ。

「あのポッペンというペンギンを追跡すれば、俺の殺害を依頼した連中を発見できるはずだ。どうせ海賊か奴隷商人だろうし、とっとと片づけてしまおう」

『片づける……あれですか、殺害するという認識でいいんですか?』

 モニタの七海が恐る恐る、といった感じで問いかけてくる。



 俺はうなずくしかなかった。

「人殺しに躊躇のない連中が俺を狙ってる以上、俺も連中を殺すことを躊躇してられない」

『まあ、そうですよね……。どうせ殺害するのは私ですし、艦長が気に病む必要はありませんよ』

 にこっと笑ってガッツポーズをとる七海。

 ありがとう。

 自分でも不思議なぐらい、ぜんぜん気に病んでません。



 だが俺は、こう付け加えることも忘れなかった。

「ポッペンは味方だ。死なせるな」

『了解しました。被害を出さないよう、最適な兵装を選択します。やっぱり三十ミリかなー……。でも実包がもったいないし、他に何かなかったっけ……』

 本当に大丈夫かな。



「いいから早く出航しろ」

『大丈夫です、もう離水していますよ』

 離水?

「待て、もしかして港の中で空を飛んじゃったのか?」

『そうでもしないと、あのペンギンさんに追いつけないんですよ。どうやって飛んでるんですか、あれは?』

 こっちが知りたいよ。



 ああ、しかしいきなり島民の目の前で空飛んじゃったぞ。

 モニタを振り返ると、真下の海には小規模な船団が確認できた。交易船だろうか。この距離だとバッチリ見られているな。

 この世界、まだ文明レベルが近世ぐらいだし、俺たちがどういう目で見られるか不安だ。

 いっそ、さまよえる日本人として売りだそうか。

『艦長、あの』

「何だよ、俺は今……」



 言い返そうと思ったが、七海は用もないのに俺に声をかけてきたりしない。

「……いや、報告してくれ」

『あ、はい。あのですね、目標の進行ルートと海図を照会しました。エンヴィラン島から少し離れた島に向かっているみたいです』

「よし、急げ」



   *   *   *



 孤島の小さな漁村。だが今はもう漁は絶えて久しい。

 数年前、海賊たちの襲撃によって村は占領され、今は彼らの根城になっている。

 漁民たちは船を奪われ、今は海賊の奴隷だ。

 人ならざるポッペンはまだ、そのことを知らずにいた。



 石造りの灯台に、野太い怒号が響く。

「てめえ!?」

「なんで戻ってきた!? あの男は始末したのか!?」

 身構えている悪党たちを前に、小さなペンギンは堂々と立っている。



「君たちは契約に関する重要な事項で私を欺いた。よって契約は破棄する。君たちに過失があるため、違約金は支払わない」

 低く落ち着いた声が流れるが、悪党たちは聞いていない。

「うるせえんだよ、このクソ鳥!」

「もういい、やっちまえ!」

 数人の男たちが曲刀を抜いて切りかかる。



 だが、ポッペンは静かに告げた。

「やるつもりなら容赦はせんぞ」

 その瞬間、切りかかった男たちは全員横一文字に切断されて、その場に倒れた。

 巨大なメスで切り裂かれたように、首や胴体が綺麗にまっぷたつにされている。



 何が起きたのか、残った男たちにも全く理解できなかったようだ。

「なん……? なんだ……?」

「い、今のは何だ!?」

「こ、こいつマジで強ええ!?」



 ポッペンはヒレを軽く払うと、どこを見ているかわからない目で一同を睥睨する。

「もういい、紳士のゲームは面倒だ。蛮族の流儀に合わせてやろう。次は誰だ?」

 だがもちろん、こんな怪物につきあうほど愚かな者はいなかった。

「うわああぁ!?」

「何なんだよこいつは!」

「逃げろ!」



 ポッペンは飛んで追いかけようとしたが、石造りの室内なのでそうもいかない。

 また、別に追いかける必要もないので、彼はぺたぺた歩き出した。

「全く、何を大げさな……」

 まだ痙攣している死体の間を、ペンギンが歩いていく。



 だが彼が戸口にさしかかった瞬間、頭上から投網が投げつけられた。

「これでもくらいな!」

 ポッペンは溜息混じりにヒレで薙ぐ。

「無駄だ」



 光の翼が天を貫く。投網は頭上の敵もろとも、無数の断片に切り裂かれて飛び散った。

「ぎゃっ!」

 悪党の断末魔がほとばしる。

 だがそれと同時に、複数の銃声が鳴り響く。

「撃て撃て!」

「人間様にゃ、鉄砲ってもんがあるんだよ!」



 ポッペンは火薬の臭いで待ち伏せを予測していたが、今は攻撃直後で体勢が崩れている。さすがに身を隠すので精一杯だ。

 何とか石壁に身を隠し、銃弾の雨をやり過ごす。

「いかんな……」

 思ったよりも銃が多い。



 音よりも速いと噂される銃弾は、銃声を聞いてから回避したのでは間に合わない。弓とは違う。

 銃に詳しくないポッペンには、次の射撃までどれぐらいの間隔があるのか、秒単位での正確な予想が立てられなかった。



 外からは威勢のいい悪党たちの罵声が聞こえてくる。

「なにが征空騎士だ、このアホウドリ野郎」

 むっとして言い返すポッペン。

「アホウドリではない。ソラトビペンギンだ」

「うるせえバカ!」

 また銃声が響く。



 悪党たちは口々に叫ぶ。

「てめえのおかげで、あのクソ忌々しい野郎の居場所はつきとめた。今頃はもう、うちの艦隊がお礼参りに行ってる頃だぜ!」

「おう、町ごと吹っ飛ばしてやる!」

 それを聞いたポッペンは、思わず叫び返した。



「町の人は何の関係もないだろう! 何を考えている!」

 だが悪党たちは悪びれもしない。

「うるせえ、やられっぱなしで黙ってられるかよ!」

「俺たちに刃向かったらどうなるか、陸の連中にも教えてやらねえとな!」

「舐められたらおしまいなんだよ、海賊ってのはな!」

「ここの村人同様、俺たちの奴隷にしてやるぜ!」



 ポッペンは沈黙し、彼らとの会話に見切りをつけた。

「なんという非道かつ愚かな連中だ。人間は建物を造り、船を浮かべ、大地を耕すことができるのに、なぜここまで愚かになれる……?」

 ポッペンは窓や裏口にも警戒しながら、この包囲をどう抜け出すか考えていた。

 銃弾に当たれば、小柄なポッペンは確実に致命傷を負うだろう。

 あの丸っこい鉛の玉は、軍馬や甲冑すら容易に撃ち抜く威力があるという。



 窓から強引に飛び出せば何とかなるかも知れないが、それを予測されて待ち伏せされていた場合、回避機動が間に合わない可能性があった。

 だがぐずぐずしていれば、追いつめられてじり貧になる。

「やるしかないか」

 そう思ったときだった。



「お、おいあれ!?」

「何だありゃ!?」

「船か? 空に浮いてるぞ!?」

 外で海賊たちが騒いでいる。



 海賊たちの注意が自分から逸れたことを察して、ポッペンは即座に行動を起こした。

「はぁっ!」

 窓から飛び出すと同時に、輝く翼を広げる。

 風に乗って大きく羽ばたくと、ポッペンは銃弾の届かない高みまで一気に上昇した。



 そして空を仰ぎ見る。

「……あれは」

 巨大な鯨のようだったが、それは鯨よりも遙かに大きく、そして空を悠々と泳いでいた。

 確かあれは、エンヴィランの港に浮かんでいた鉄の船だ。大半が水中に没していたので、人間たちは本当の大きさを知らなかっただろう。



 ポッペンの耳に、大地を震わせるような声が鳴り響く。

『ポッペン、無事か!?』

「あの声は艦長!?」

 あの空飛ぶ巨艦は味方だ。動いているところは初めて見たが、あれこそが艦長の乗り物だろう。



 ここからでは声は届かないと判断し、ポッペンは空中で華麗な曲芸飛行を披露した。健在ぶりをアピールする。

『その様子なら大丈夫そうだな。これから艦砲射撃で連中のアジトを吹き飛ばす。離れていてくれ』

「なにっ!? それはいかん!」



 叫んだところで聞こえないはずなので、ポッペンは逆に眼下の村へと急降下した。

 それから急上昇。

 また急降下。



 しばらくすると、艦長の声のトーンが変わった。

『もしかして、そこに撃ってはいけない何かがあるのか?』

 ポッペンは円を描いて飛び、人間たちが使う「マル」を軌道で作ってみせる。

『なるほど、了解した。……えっ、何? 無人艦載機? あったのか、そんなの?』



「なんだなんだ?」

 艦長が誰かと話しているらしいのだが、途中から知らない言語に切り替わったのでよくわからない。

 やがて艦長はパラーニャ語で告げる。

『航空隊、発艦せよ』


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― 新着の感想 ―
[一言]  さまよえる日本人、フライング・ジャパニーズ……って、そうだけどそうじゃねぇだろwww >君たちに過失があるため 故意なので、「過失」より「瑕疵」の方が妥当かと。
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