黒翼の騎士・5
015
空高く飛んでいったペンギンを見上げて、俺はただちに七海に連絡を取る。
「出航するぞ、あのペンギンを追え!」
即座に七海からのメッセージが表示される。
『了解しました。ミッションは……ええと、何でしょうか?』
俺はどう答えればいいかわからなかったので、彼の言葉を借りることにした。
「正義だ」
『はあ……』
軍用人工知能の返答は、ひどく間抜けだった。
俺は桟橋を駆け抜けて「ななみ」に乗り込むと、戦闘指揮所に駆け込む。メッティはウォンタナに預けて留守番だ。
「あのポッペンというペンギンを追跡すれば、俺の殺害を依頼した連中を発見できるはずだ。どうせ海賊か奴隷商人だろうし、とっとと片づけてしまおう」
『片づける……あれですか、殺害するという認識でいいんですか?』
モニタの七海が恐る恐る、といった感じで問いかけてくる。
俺はうなずくしかなかった。
「人殺しに躊躇のない連中が俺を狙ってる以上、俺も連中を殺すことを躊躇してられない」
『まあ、そうですよね……。どうせ殺害するのは私ですし、艦長が気に病む必要はありませんよ』
にこっと笑ってガッツポーズをとる七海。
ありがとう。
自分でも不思議なぐらい、ぜんぜん気に病んでません。
だが俺は、こう付け加えることも忘れなかった。
「ポッペンは味方だ。死なせるな」
『了解しました。被害を出さないよう、最適な兵装を選択します。やっぱり三十ミリかなー……。でも実包がもったいないし、他に何かなかったっけ……』
本当に大丈夫かな。
「いいから早く出航しろ」
『大丈夫です、もう離水していますよ』
離水?
「待て、もしかして港の中で空を飛んじゃったのか?」
『そうでもしないと、あのペンギンさんに追いつけないんですよ。どうやって飛んでるんですか、あれは?』
こっちが知りたいよ。
ああ、しかしいきなり島民の目の前で空飛んじゃったぞ。
モニタを振り返ると、真下の海には小規模な船団が確認できた。交易船だろうか。この距離だとバッチリ見られているな。
この世界、まだ文明レベルが近世ぐらいだし、俺たちがどういう目で見られるか不安だ。
いっそ、さまよえる日本人として売りだそうか。
『艦長、あの』
「何だよ、俺は今……」
言い返そうと思ったが、七海は用もないのに俺に声をかけてきたりしない。
「……いや、報告してくれ」
『あ、はい。あのですね、目標の進行ルートと海図を照会しました。エンヴィラン島から少し離れた島に向かっているみたいです』
「よし、急げ」
* * *
孤島の小さな漁村。だが今はもう漁は絶えて久しい。
数年前、海賊たちの襲撃によって村は占領され、今は彼らの根城になっている。
漁民たちは船を奪われ、今は海賊の奴隷だ。
人ならざるポッペンはまだ、そのことを知らずにいた。
石造りの灯台に、野太い怒号が響く。
「てめえ!?」
「なんで戻ってきた!? あの男は始末したのか!?」
身構えている悪党たちを前に、小さなペンギンは堂々と立っている。
「君たちは契約に関する重要な事項で私を欺いた。よって契約は破棄する。君たちに過失があるため、違約金は支払わない」
低く落ち着いた声が流れるが、悪党たちは聞いていない。
「うるせえんだよ、このクソ鳥!」
「もういい、やっちまえ!」
数人の男たちが曲刀を抜いて切りかかる。
だが、ポッペンは静かに告げた。
「やるつもりなら容赦はせんぞ」
その瞬間、切りかかった男たちは全員横一文字に切断されて、その場に倒れた。
巨大なメスで切り裂かれたように、首や胴体が綺麗にまっぷたつにされている。
何が起きたのか、残った男たちにも全く理解できなかったようだ。
「なん……? なんだ……?」
「い、今のは何だ!?」
「こ、こいつマジで強ええ!?」
ポッペンはヒレを軽く払うと、どこを見ているかわからない目で一同を睥睨する。
「もういい、紳士のゲームは面倒だ。蛮族の流儀に合わせてやろう。次は誰だ?」
だがもちろん、こんな怪物につきあうほど愚かな者はいなかった。
「うわああぁ!?」
「何なんだよこいつは!」
「逃げろ!」
ポッペンは飛んで追いかけようとしたが、石造りの室内なのでそうもいかない。
また、別に追いかける必要もないので、彼はぺたぺた歩き出した。
「全く、何を大げさな……」
まだ痙攣している死体の間を、ペンギンが歩いていく。
だが彼が戸口にさしかかった瞬間、頭上から投網が投げつけられた。
「これでもくらいな!」
ポッペンは溜息混じりにヒレで薙ぐ。
「無駄だ」
光の翼が天を貫く。投網は頭上の敵もろとも、無数の断片に切り裂かれて飛び散った。
「ぎゃっ!」
悪党の断末魔がほとばしる。
だがそれと同時に、複数の銃声が鳴り響く。
「撃て撃て!」
「人間様にゃ、鉄砲ってもんがあるんだよ!」
ポッペンは火薬の臭いで待ち伏せを予測していたが、今は攻撃直後で体勢が崩れている。さすがに身を隠すので精一杯だ。
何とか石壁に身を隠し、銃弾の雨をやり過ごす。
「いかんな……」
思ったよりも銃が多い。
音よりも速いと噂される銃弾は、銃声を聞いてから回避したのでは間に合わない。弓とは違う。
銃に詳しくないポッペンには、次の射撃までどれぐらいの間隔があるのか、秒単位での正確な予想が立てられなかった。
外からは威勢のいい悪党たちの罵声が聞こえてくる。
「なにが征空騎士だ、このアホウドリ野郎」
むっとして言い返すポッペン。
「アホウドリではない。ソラトビペンギンだ」
「うるせえバカ!」
また銃声が響く。
悪党たちは口々に叫ぶ。
「てめえのおかげで、あのクソ忌々しい野郎の居場所はつきとめた。今頃はもう、うちの艦隊がお礼参りに行ってる頃だぜ!」
「おう、町ごと吹っ飛ばしてやる!」
それを聞いたポッペンは、思わず叫び返した。
「町の人は何の関係もないだろう! 何を考えている!」
だが悪党たちは悪びれもしない。
「うるせえ、やられっぱなしで黙ってられるかよ!」
「俺たちに刃向かったらどうなるか、陸の連中にも教えてやらねえとな!」
「舐められたらおしまいなんだよ、海賊ってのはな!」
「ここの村人同様、俺たちの奴隷にしてやるぜ!」
ポッペンは沈黙し、彼らとの会話に見切りをつけた。
「なんという非道かつ愚かな連中だ。人間は建物を造り、船を浮かべ、大地を耕すことができるのに、なぜここまで愚かになれる……?」
ポッペンは窓や裏口にも警戒しながら、この包囲をどう抜け出すか考えていた。
銃弾に当たれば、小柄なポッペンは確実に致命傷を負うだろう。
あの丸っこい鉛の玉は、軍馬や甲冑すら容易に撃ち抜く威力があるという。
窓から強引に飛び出せば何とかなるかも知れないが、それを予測されて待ち伏せされていた場合、回避機動が間に合わない可能性があった。
だがぐずぐずしていれば、追いつめられてじり貧になる。
「やるしかないか」
そう思ったときだった。
「お、おいあれ!?」
「何だありゃ!?」
「船か? 空に浮いてるぞ!?」
外で海賊たちが騒いでいる。
海賊たちの注意が自分から逸れたことを察して、ポッペンは即座に行動を起こした。
「はぁっ!」
窓から飛び出すと同時に、輝く翼を広げる。
風に乗って大きく羽ばたくと、ポッペンは銃弾の届かない高みまで一気に上昇した。
そして空を仰ぎ見る。
「……あれは」
巨大な鯨のようだったが、それは鯨よりも遙かに大きく、そして空を悠々と泳いでいた。
確かあれは、エンヴィランの港に浮かんでいた鉄の船だ。大半が水中に没していたので、人間たちは本当の大きさを知らなかっただろう。
ポッペンの耳に、大地を震わせるような声が鳴り響く。
『ポッペン、無事か!?』
「あの声は艦長!?」
あの空飛ぶ巨艦は味方だ。動いているところは初めて見たが、あれこそが艦長の乗り物だろう。
ここからでは声は届かないと判断し、ポッペンは空中で華麗な曲芸飛行を披露した。健在ぶりをアピールする。
『その様子なら大丈夫そうだな。これから艦砲射撃で連中のアジトを吹き飛ばす。離れていてくれ』
「なにっ!? それはいかん!」
叫んだところで聞こえないはずなので、ポッペンは逆に眼下の村へと急降下した。
それから急上昇。
また急降下。
しばらくすると、艦長の声のトーンが変わった。
『もしかして、そこに撃ってはいけない何かがあるのか?』
ポッペンは円を描いて飛び、人間たちが使う「マル」を軌道で作ってみせる。
『なるほど、了解した。……えっ、何? 無人艦載機? あったのか、そんなの?』
「なんだなんだ?」
艦長が誰かと話しているらしいのだが、途中から知らない言語に切り替わったのでよくわからない。
やがて艦長はパラーニャ語で告げる。
『航空隊、発艦せよ』




