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黒翼の騎士・4

014



 ポッペンと名乗ったアデリーペンギンそっくりの男は、俺をまじまじと見上げる。

 それからこう言った。

「なるほど、いいだろう。剣は持っているか? 私は丸腰の者は斬らん主義だ」

 やっぱり戦うの?



 あいにくと今の俺は消防斧しか持っていない。

 これも薪割り用に持ってきたものだ。

 ただ薪割り斧とは刃の造りが違うらしく、これで薪割りをするのは断念している。

 まあでも、こんなペンギンの頭をカチ割るのなら余裕だろうけど。

 でもそんなことはしたくない。



 俺は首を横に振る。

「剣はないし、俺も丸腰の者と争う気はない」

「ふむ。だが私は『丸腰』ではない」

 ポッペンはそう言うと、荷車の薪をヒレで示した。

「あれを一本、地面に立ててくれ。私の剣をお見せしよう」

 なんだかめんどくさい流れになってきたな……。



 もうしょうがないので、俺は岸壁の石畳の上に薪を一本立てる。

 するとポッペンはヒレを大きく広げた。

「大空と海原を切り開く我が翼に、斬れぬもの無し!」

 ヒレが一瞬、光を放つ。

 光はヒレの形に広がって、まるで巨大な翼だ。



「奥義『黒翼剣』!」

 太刀筋……いや、ヒレ筋は全く見えなかった。

 光は一瞬で消え去り、目の前にはアデリーペンギンによく似た男がぼんやりと立っている。

「見たまえ」



 石畳の上の薪は、正確に四等分されていた。もちろん、縦にだ。

 わあ、断面が磨いたみたいに無駄にツヤツヤだ。

 そして石畳には傷ひとつついていない。



 ペンギンの無表情なまなざしが、俺を見上げてくる。

「これが我らソラトビペンギンの武器だ。気を練り、輝きと共に万物を両断する」

 即座に七海が警告する。

『艦長、これは中程度の脅威です。この未知の攻撃は、本艦の装甲にも一定の損傷を与える可能性があります』

 やばいな。



 ポッペンは穏やかに言う。

「私は誇り高き征空騎士だ。恨みもない者を不意打ちで襲う気はないし、騙し討ちのようなこともしたくない。手の内は明かす。その程度で私は負けたりしないからな」

 それからこう続けた。

「それでもまだ、私と戦うことを躊躇するのか?」



 躊躇も何も、こんなのと戦ったら俺が死んじゃうだろ。

 ええと、翻訳。翻訳だ。

「それでも、だ」

 これ、ちゃんと翻訳できてんのかな。



 ポッペンは首を傾げる。ペンギンなので可愛い仕草だが、今はそれどころじゃなかった。

「なぜだ? あなたは臆病者には見えないが」

「言ったはずだ……。俺は海賊にさらわれた娘たちを救い出しただけだ。誰に吹き込まれたのか知らんが、お前は騙されている」

 どうかこのつぶらで虚ろな瞳のペンギンが、俺をぶった斬りませんように。



 するとポッペンはぺたぺたと歩み寄り、間近で俺を見上げる。

「私にはどちらの言い分が真実なのか、判断がつきかねる。だが、あなたが嘘をついているようにも思えない。あなたの正義を証明する方法はあるか?」

 じゃあ証人に会わせるか。

 俺は荷車の横に腰を下ろし、それから町の中心部を指さした。



「ハルダ雑貨店の娘、メッティという少女に聞け。彼女は海賊の襲撃を逃げ延び、俺に助けを求めてきた。俺は彼女に頼まれて、他の娘たちを救い出しただけだ」

 ポッペンは俺の指さす方向を見て、それからうなずく。

「了解した。また会おう」

 彼は翼を広げて飛ぶ……かと思ったら、そのままぺたぺた歩いていった。



 この隙に俺が逃げるとか思わないのかな。

 まあいいや、メッティは眼鏡型の通信ゴーグルを持っている。「俺は濡れ衣を着せられてるらしい。変なペンギンがそっちに行くので、俺の潔白について証言してくれ」ってメール送っておこう。



 ポッペンが帰ってくるまで、俺はぼんやりと海を眺める。

 早いとこ、薪を割らないといけないんだけどな。

 これを割って、薪を干す小屋に納品して、それでようやくハルダ雑貨店から賃金がもらえる。

 ああ、もっとタコ食べたい。



 しばらくすると、メッティと一緒にポッペンが戻ってきた。

 メッティはポッペンを撫でまくっている。

 彼女は俺に気づくと、ポッペンを撫でながら満面の笑みを浮かべた。

「なあこのペンギンさん、どないしたん!? かわいい! ほんま、めっちゃかわいいなあ!」



 メッティが日本語で叫ぶ中、ポッペンはヒレで彼女をぺしぺし追い払っている。

「やめたまえ、人間のメスよ。私はこれでも、れっきとした成人男性だぞ。というか、せめてパラーニャ語でしゃべってくれないか?」

「あ、ごめんなさい。あなたがあまりにも愛くるしいので、つい夢中になってしまいました。非礼をお許し下さい」

 メッティがパラーニャ語でしゃべると、ギャップが凄い。

 でも、こっちが本当の彼女なんだよな。



 ポッペンはヒレとクチバシで身だしなみを整えると、俺の前にぺたぺた歩いてきた。

 それから、ぺこりと頭を下げる。

「事情は聞いた。他の島民たちも、口をそろえてあなたのことを誉め称えていた。どうやら正義はあなたの側にあるらしい」

「……わかってもらえたか」

 翻訳ソフトを使っているので、ぼそぼそとしかしゃべれないのがもどかしい。



 ポッペンはなおも言う。

「メッティの言葉が真実なら、私はどうしようもない愚か者だな。まずはあなたに謝罪させて欲しい。疑って申し訳なかった。許していただけるか?」

「もちろんだ」



 聞いた話だけじゃ判断のしようがないからな。

 こいつにいきなりぶった斬られていたら、誤解を解く暇もなかった。

 冷静で慎重な人物……人物?

 ペンギンは漢字で書くと「人鳥」だから、「人鳥物」とでもいえばいいのかな?

 とにかく、冷静で慎重なペンギンで助かった。



 俺のそんな内心を知らないポッペンは、すっかり感心している。

「なんと寛大で高潔な人物だ。不幸な出会い方をしてしまったが、今はこの出会いに感謝している。あなたの名は?」

 それ聞かないでくれる?



 俺は適当にごまかす。

「俺の故郷では……真の名は気安く明かせない。今はただ、『艦長』とだけ呼んでくれないか?」

 するとポッペンは重々しくうなずいた。

「何か事情があるのだな。わかった。艦長、私はあなたを尊敬する」

 良かった。ペンギンにまっぷたつにされて死ぬのだけは避けられそうだぞ。



 ポッペンはクェークェーと笑って……たぶん笑ってるんだろう、とにかく鳴きながらこう言う。

「しかしそうなると、この前払い分の報酬には違約金をつけて返さねばならんのだろうな」

 彼は体をブルッと震わせる。

 するとカランカランと音を立てて、何か転がり落ちてきた。



 メッティが首を傾げる。

「なんやこれ?……あ、『なんですか、これは』」

 日本語では通じないので、彼女はパラーニャ語で言い直す。

 するとポッペンは胸を張った。



「依頼人から支払われたパラーニャ通貨、三千クレル分だ」

 だがメッティは怪訝そうな顔をした。

 彼女は転がり落ちた木の板を拾う。

 木の板は焼き印が押されてニスも塗られており、それなりに凝った造りになっている。



 それをしげしげと観察した後、メッティは言う。

「普通のクレルは銅貨と銀貨しかありませんよ、ポッペンさん」

「なに?」

 ポッペンが「クェー」と鳴いた。



「これは大口の決済で使われる、貴重な千クレル木貨だと聞いたのだが。実際、それで取引している現場も見た」

「変ですね。そういうときには金貨を使います。うちの雑貨店にも貯蓄用に何枚か保管してますけど、見ますか?」

 メッティが嘘を言っているようには見えない。



 ポッペンは唸る。

「ふーむ。ではこれはいったい……」

 するとそこに、メッティの父親のウォンタナがやってきた。

 彼は薪の束を担いでいたが、それを俺の荷車にドスンと積み上げる。

「そいつは賭場の賭札だぞ。そんなもん、どこで拾ってきた?」



 彼は娘が手にしている木札を見て、小さく首を横に振る。

「メッティ、博打はするなよ」

「しません、お父さん。博打で長期的に儲け続けることは難しいと、数学的に証明されています」

「よくわからんが、それでいい」



 重々しくうなずいたウォンタナは、俺に笑顔を向ける。

「すまないが、この薪も頼めるか? 食堂の婆さんに頼まれちまってな。やってくれるのなら、代金に加えてタコの乾物を少し付けると言ってたぞ」

「ああ、構わないが……」

 俺はそう答えながら、ポッペンをちらりと見る。



 それからこう言うことにした。

「お前が見たのはおそらく、信用取引の場ではなく賭場だ。騙されたようだな」

 騎士を名乗るペンギンは小さく鳴き、こくりとうなずく。

「どうやらそのようだ」



 次の瞬間、彼は光の翼を広げて大空に舞い上がった。

「艦長、いったん失礼する! 違約金の代わりに、彼らに支払うものができたようだ!」

 おいおい、何をする気だ?


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