黒翼の騎士・3
013
薄暗い室内で、パラーニャ語の会話が行われていた。
「本当にこいつが、あの名高い『征空騎士』の一人なのかよ?」
アウトロー風の男が言うと、他の男たちも首を傾げた。
「確かに、とても強そうには見えねえな……」
「ほんとに大丈夫か?」
下流の訛りがひどい会話の中に、正統ファリオ式のパラーニャ語がスッと流れる。
「武勇は見せびらかすものではないが、お疑いとあれば武勇を示すことも必要だろう」
深みがあって良く通る、中年男性の声だった。
次の瞬間、男たちが囲んでいるテーブルがまっぷたつに切断される。
鋭利な刃物で切ったように、テーブルの断面は滑らかだった。
「えっ!?」
「いつ斬った!?」
驚く男たちを前にしても、深い声の主は落ち着いていた。
「これぞ我が奥義、『黒翼剣』。天と地の狭間にあって、私に斬れぬ物はない」
「おお……」
「す、すげえ……」
荒くれ男たちがどよめき、彼を見つめる視線が変わる。
彼は静かに言った。
「報酬の半分は先払いで貰おうか。パラーニャ通貨で三千クレル」
「……わかった」
テーブル……は今さっき斬ってしまったので、代わりに椅子の上に報酬が積み上げられる。
彼はそれを一枚一枚確かめると、悪漢たちに向き直った。
「それで、斬って欲しい男というのは?」
* * *
俺はエンヴィラン島での暮らしに、徐々に溶け込んでいた。
いくら俺が超ハイテク軍艦に乗っているといっても、船から降りてしまえばただの人だ。それに七海のことは秘密にしている。
となると、俺は「雑貨屋の娘の恩人」、あるいは居候ぐらいの余所者でしかない。
調子に乗ったら、たちまち追い出されてしまうだろう。
港の岸壁に座っていると、俺の左目の視界に七海が表示される。
『武力を誇示すれば、島民の態度は変わると思いますけど……』
「怖がられるだけだよ。今より待遇悪くなったらどうする」
よく知らないヤツが包丁持って隣に立ってたら、仮にそいつがハンサムでも笑顔でも、大抵の人は悲鳴をあげるだろう。
物騒な力を持っていることは隠しておきたい。
そう説明すると、七海はまたにっこり笑う。
『あー、それもそうですね。私は兵器ですから武力について特に何も感じませんが、一般市民は怖がるんですね』
「わかって聞いてただろ、お前」
『何のことでしょうか?』
お前が俺をときどき試してるのは知ってるんだからな。
戦略兵器を預かる人間として、俺が今でも適切なのか。
七海は常に、俺の言動を監視している。
あのとぼけた……そして非常に萌え要素の高いグラフィックの裏側には、冷徹な機械の瞳が隠れているのだ。
……うん、それもまた萌え要素ではあるな。
「まあいい、こんなところで油売ってる訳にはいかないんだ」
俺は立ち上がると、薪を積んだ荷車を振り返った。
「これ、お前の工作機械で切断できるよな?」
『ええと、たぶん工作室の設備で十分可能だと思います』
「そいつは助かる」
近代化以前の世界では、燃料はそれなりに貴重品らしい。
間伐材や倒木などを何ヶ月もかけて乾かす薪も、もちろんそれなりに貴重品だという。意外と良い値段で売れる。
「じゃあ薪割りを済ませちまおう。手間賃を貰って、それでパンを買う。あとタコの乾物も」
『別に構いませんが、もうちょっとマシな外貨獲得の方法がありそうな気がするんですけど……』
「いいんだよ。働くってのが大事なんだ。海賊だって地域密着型なんだぞ」
まじめにコツコツ働いているところをアピールだ。
それぐらいで信用してもらえたら世話はないが、それでもコツコツやっていかないとな。
なんせ、いつ帰れるのか全くわからないんだ。
「さあ、労働の時間だ。でも面倒だから頼むぞ」
そんなことを言っていると、波間から岸壁にぴょこりと何かが飛び上がってきた。
黒くてちっこい……鳥だな。
「ペンギン?」
『ペンギンのようですね』
ペンギンだ。
七海が俺の視界内で辞典を引いている。
『ええと……私の世界だと、あれはカルグスカンペンギンに酷似しています』
「俺の世界だと、あれはアデリーペンギンだな」
どこを見てるかわからない目が怖い。
アデリーペンギンに似ているが微妙に違うそいつは、岸壁の上で左右をきょろきょろと見回す。
それから俺と目が合った。
じっと見つめている。
どこを見てるかわからないが、たぶん俺を見ている。
しばらくすると、ペンギンはこっちに向かってぺたぺた歩き出す。
それから俺を見上げて、こう言った。
「失礼、私は征空騎士のポッペンだ。この辺で人間のオスを見かけなかったかね?」
しゃべった!?
パラーニャ語、それも上流階級が使う正統ファリオ派だ。
おまけにやたらと渋い声だった。
いやいや、落ち着こう。
軍艦が空飛んでしゃべるんだ。
ペンギンがしゃべるのはむしろ当然じゃないかな。
そう思うことにする。
俺はただちに翻訳機能を使い、この変な生き物への返答を試みた。
「俺も……雄だぞ?」
俺自身のパラーニャ語も翻訳されて、日本語字幕が表示される。よしよし、ちゃんと正確に翻訳できてるな。
ペンギンがうなずく。
「うむ、確かにそのようだ。人間のメスに見られる身体的特徴が見あたらない」
ポッペンと名乗ったペンギンは、俺を上から下まで眺めた。
「他の身体的特徴はわからんのだが、その男は最近この港に引っ越してきたと聞いている。心当たりがあれば、ぜひ教えて頂きたい」
「心当たり……」
俺じゃん。
これはおそらく、海賊絡みの何かだ。
即座に七海からのメッセージが表示される。
『排除しますか?』
俺は首を横に振る。眼帯にモーションセンサーがついているので、これで意志は伝わったはずだ。
ポッペンはそれを、自分の問いかけへの否定と受け取ったようだ。
「ご存じないか?」
「そう……だな」
俺は少し考えた後、彼ともう少し話をしてみることにした。
「なぜ……その男を探している?」
「ああ、実はそれも重要な話だ」
渋い声のペンギンは重々しくうなずいた。
「実はその男、アンサール市港湾区のモレッツァ大劇場を襲撃した。従業員を多数殺傷しただけでなく、劇場を全壊させ、あまつさえ見習いダンサーたちを誘拐したという」
おいおい。
誘拐犯はお前たちの方だろ!?
くそ、とんだ濡れ衣だ。
ポッペンは義憤に駆られているのか、語気の怒りを隠そうともしない。
「全く、ペンギンとも思えぬ所業だ」
俺、ペンギンじゃないからな……。
まあいい。ポッペンは俺のことを悪人だと誤解しているようだ。
それならもしかすると、話し合いの余地はあるかも知れない。
どうせ他の島民に聞き込みをされたら、俺のことはバレてしまう。誤解を解くなら今がチャンスだ。
俺はどう答えるかよく考えた末、翻訳機能を使って語りかける。
「見習いダンサーたちを誘拐した男のことは知らん……。だが、海賊に誘拐され、奴隷商人に捕まっていた娘たちを救い出した男なら……」
長い台詞だったので俺はいったん言葉を切り、それからポッペンに告げた。
「ここにいるぞ」




