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流星の帰還・8

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 シューティングスターの主砲である『重力圧壊砲』は砲身を持たない。

 重力推進機関の中で強烈な重力場を作り出し、空間湾曲技術を使って重力場を指定した座標に転送させる兵器だからだ。



 爆発の瞬間に爆弾を敵のど真ん中にテレポートさせるような代物なので、敵には防ぐ手段がない。まさに必殺の一撃だ。

 問題は〇・〇〇一秒でもタイミングがズレたら自爆してしまうことで、長らく技術的には不可能だとされてきた……らしい。



 だが今それが、敵艦隊の中央で炸裂した。

『重力場、転送完了!』

 七海が誇らしげに叫ぶと同時に、敵艦隊がグググッと重力場に引き寄せられていく。敵艦の放った熱線がヤバい曲がり方をして変な方向に飛んでいるので、どれぐらい空間が歪んでいるかわかった。



「思ったよりしぶといな」

 一瞬で勝負が決まると思っていただけに、俺は内心で焦る。

 七海はまだ険しい表情をしたまま、小さくうなずいた。

『敵人工知能が周辺の重力を計測し、重力推進機関で離脱を試みているようです』



「まさか逃げられたりしないよな?」

 俺の問いに、ボロボロの七海がいい笑顔をする。

『シチート級の倍の出力でも逃げられないよう、ちゃんと計算しましたから』

 怖い。



 だがモニタを凝視していると、どうも様子がおかしかった。

「おい七海、敵艦が一隻逃げだそうとしてるぞ」

『あれ、本当ですね。ええと……あ、なるほど』

 首を傾げた七海がポンと手を叩く。



『他の三隻が斥力を発生させて、あの艦を押し出してるんです。四隻分の出力があれば、重力場からの脱出が可能です』

 一隻逃がすために他の全艦が犠牲になるつもりか。

『現状では全艦脱出不能ですし、まもなく圧壊します。全滅よりは一隻脱出させることを選択したんですね。合理的判断です』

 合理的かもしれないけど。



 普通なら、ここで敵の英雄的な自己犠牲精神に心を打たれるところだ。昔の俺なら躊躇して攻撃の手を止めてしまったかもしれない。

 だが今の俺には同情も罪悪感も後悔もない。俺は彼らを倒すと決めた。だから倒す。

 そもそもあれ、人工知能同士が連携してやってるんだろ。機械ならそんな判断も容易なはずだ。



「七海、脱出中の艦を砲撃しろ」

『ですけど、本艦も目の前の重力場に引き寄せられないよう、全力で航行しています。出力を砲撃に回したら、本艦も重力場に引き込まれますよ!?』

 そりゃ困ったな。

「あいつらを一隻でも逃がせば、この世界が火の海になる。命令は変更しない。撃て」

 口が勝手に動いていた。



 七海は俺を一瞬見つめたが、ビシッと敬礼した。

『了解しました。五百五十ミリ光学湾曲砲、発射します!』

 光の帯が脱出中の敵艦を貫いた。強力な熱線が敵艦を爆発四散させる。それに巻き込まれるようにして、残りの艦も次々に重力場に吸い込まれていく。

 これでこの世界を襲った脅威は消えた。悪く思うなよ。



 しかし、その代償は大きかった。

『艦長、重力場に捕捉されました。重力圧壊砲と副砲を立て続けに発射した影響で、重力推進機関の出力が低下しています。脱出できません』

 やっぱり? そりゃ本当に困ったな。



 俺は頭の後ろで手を組むと、艦長席に腰掛けた。

「できる限り脱出を試みてくれ。無理なら構わない」

『構わないって……。艦長、死んじゃいますよ?』

「いいさ、別に」



 俺は何だかおかしくなって、クスクス笑った。

「妙だな、こんなに楽しい気分なのは生まれて初めてだ」

 戦闘指揮所のモニタには、無数の警告表示が明滅している。どれも深刻な損傷や異状を示していて、無視できないものばかりだ。

 見た感じ、どうやら本格的にダメらしい。空間の異常な捻じれまで報告されている。



 七海は不思議そうな顔をして、俺をじっと見つめる。

『艦長、本当に楽しそうですね?』

「なんでだろうな? ああ、そうか」

 不意に俺は納得して、また笑った。

「今、俺は人生の主役なんだよ」



 今までの俺の人生の中で、自分が主役だという実感が今やっと持てた。確信といってもいい。

 だってそうだろう。俺にしかできないことをやって、見事に世界を守ったんだから。

 それも自分のためじゃない。世界を守ることだけが目的だ。

 今この瞬間だけは、俺が主役だと誇ってもいいだろう。



 改めて戦闘指揮所を見回すと、モニタのいくつかは消えていて、生き残っているモニタは無数の警告表示で埋め尽くされていた。金属が軋み、ねじれる音が聞こえてくる。

「これが主役の見る世界か、いいものだな」

 七海が警告ウィンドウを押しのけながら、おずおずと言う。



『艦長、こんな目に遭わせてしまって申し訳ありません……。私は、あの、ええと……』

 だいぶ悩んだ末に、七海は制帽を脱ぎ捨てた。モニタに「インターフェース人工知能制御不能」の警告が追加される。

 七海は俺を真正面から見つめた。



『私は自分の責務を投げ捨ててでも、あなたにだけは生きて帰って欲しかったんです。こんなことなら、倫理規定に違反してでもあなたを守ればよかった……』

「ありがとう、七海。その気持ちだけで十分だ」

 俺は七海が表示されているモニタを撫でる。

「俺をここまで導いてくれたのは七海だ。本当に感謝している。七海に会えて良かったよ。お前は間違いなく凄いヤツだ」

『艦長……』



 七海が嗚咽を漏らし、ぐすぐすと泣きじゃくる。

『ごめんなさい、艦長を守れなくてごめんなさい……』

「泣くなって。俺は今、最高に楽しいんだ。一緒に笑ってくれ」

 俺は船長帽を脱いでコンソールにそっと置くと、艦長席に背中を預けた。長い長い俺の航海もようやく終わる。

「なんせ俺は人生の主役になれたんだからな」

 晴れ晴れとした気持ちで、俺は笑った。



   *   *   *



 カレン船長は焦っていた。

「ああもう、なんで無茶ばっかりするんだろ……。グラハルドの親父さんだって、こんな無茶は一度もしなかったのに」

 駆けつけても何かできるとは思えなかったが、艦長を見殺しにはできない。



「姉御、大変だよ! 上見て、上!」

「えっ? 何? どうしたの?」

 手下の声に、カレン船長は慌てて望遠鏡を覗いた。

「なんてこと……」

 シューティングスターが真っ赤に燃えながら、青空を横切って墜ちていく。



 呆然とするカレンだったが、すぐに気を取り直す。

「救助するよ! 横帆を張りな、全速前進!」

「む、無茶ですってば!」

「爆発に巻き込まれたらヤバいって!」



 手下たちが叫ぶが、カレンは首を横に振る。

「艦長はそれ以上の無茶をやって、パラーニャを守ってくれたんだよ! せめて私たちぐらい、同じぐらいの無茶で応えなきゃ薄情すぎるでしょ!」

 真っ赤に光り輝きながら空を裂いていく流星を、カレンは泣きながら指さす。



 だがそのとき、別の手下が叫んだ。

「船長! あれ!」

 ハッとして一同が空を仰いだとき、シューティングスターの輝きは突然消えてしまった。

「墜ち……た?」

「いや、いきなり消えたね……」

「爆発もしてないよね。なんで?」



 訳がわからず、顔を見合わせる女船乗りたち。

 カレンは拳をギュッと握りしめると、一同にこう叫んだ。

「誰も艦長が死んだところを見てないわ! だったら生きてる! 艦長は絶対に生きてる!」

「あ、姉御?」

「いいから探しなさい! 探して!」



 カレンの迫力に圧された一行は数日にわたって周辺海域を捜索したが、シューティングスターの残骸ひとつ発見することはできなかった。

 海賊騎士がいなくなった世界で、緩やかに時間が流れ始める。

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