黒翼の騎士・1
011
俺は「ななみ」の戦闘指揮所で、メッティと共にどんよりしていた。
「やっぱり、間に合わなかったか……」
モニタには眼下の街並みが表示されている。パラーニャ王国の首都ファリオだ。
拡大表示されている立派な建物と敷地は、王立大学のものだった。
メッティが苦笑する。
「しゃあないわ、自分で選んだことやもん」
「そりゃ確かに受験より人助けを選んだのはお前だが、それにしても冷たすぎないか?」
日本なら遅延証明あれば受験できるぞ。
そもそも海賊に襲撃されたのは、メッティの責任じゃない。
しかしメッティは首を横に振る。
「どんな理由があっても、結果には自分が責任を持つ。この国で王立大学の学者になるんやったら、『仕方なかった』は通用せえへんのや」
「そういうものか」
「なんかスゴイ発明品を作って、それで予期せぬ人死が出ても、知らん顔はできへんやろ?」
そういうものかもしれない。
俺は椅子に腰掛けながら、小さく溜息をつく。
「この国では学者ってのは、それだけ責任ある立場ってことか……」
「せやで」
「やっぱりお前は偉いよ。そこまでわかっていても、人助けを選んだんだから」
俺がしみじみと言うと、メッティは頬を赤くしながら照れ笑いを浮かべた。
「ちょっ、恥ずかしいやん? そんな誉められても、なんも出ぇへんで?」
「いやいや、純粋に尊敬してるんだよ。俺がお前ぐらいの頃、そんな覚悟も責任感もなかったぞ」
パラーニャでは五年とか七年の素数を人生の節目としていて、十五才か十四才で成人するのが一般的だという。
じゃあ俺が二十歳の頃はというと……親の仕送りで大学生活を満喫しながら、バイトとアルコールとゲームに溺れていただけのような気がする。
俺が十代半ばの頃なんて、それはもう……思い出したくない。
「お前は凄いヤツだ、メッティ」
「せやから何やのん!? あと頭撫でるのやめてんか!」
うるせえ、艦長は俺だ。
頭ぐりぐり撫でてやる。
「偉い偉い」
「絶対子供扱いしとるやろ! もう何やねん!」
そこに七海が物騒な提案を持ち込んでくる。
『艦長、大学を本艦の火砲で脅迫するという手もありますが』
「ダメだろそれ」
『ダメでしょうか』
「いいか、俺たちは大人なんだ。ルールを武力でねじ曲げさせるなんて、子供の前でしていいと思ってんのか」
とたんにメッティが不機嫌そうな声をあげた。
「あーっ!? やっぱり子供扱いしとるやん!」
「うるさいな、学生の分際でぐだぐだ言うんじゃねえ」
「急に手のひら返しよった!?」
「これが大人だ」
あれ、なんか間違ってるような……。
バカな話はさておき、俺は七海に言う。
「無理矢理入学できても、メッティが気まずいだけだろう。大砲で何でもできると思ったら大間違いだぞ」
そのとたん、七海の頭上にまた「キラリン」と星が輝く。
「……何?」
『いえ、何でもありませんよ?』
俺が何かマトモなことを言うたびに、七海の頭上で星が輝いてる気がする。
もしかしてこいつ、俺の言動をチェックしてるんだろうか。
無理もないか。見知らぬ民間人に艦長の座を預けてるんだ。
俺の言動は観察されていると思った方がいいだろう。
俺は知らん顔をして、七海に命じる。
「とりあえず、女の子たちを故郷に送り届けるぞ。メッティ、戦闘指揮所に……」
俺が最後まで言わないうちに、戦闘指揮所に美女がなだれ込んでくる。
パラーニャ語でなんか叫びながら、美女たちは俺にまとわりついてきた。
「グレツェ、ナッツァグイ!」
「イェル、ナッツァグイ! マリーエ!」
「いや何言ってんのかわかんねえから! 落ち着いて! 落ち着いて下さい!」
パラーニャ沿岸部の人たちは情熱的だというが、確かにこれは強烈だ。
むっちりした柔らかい何かが俺の周りを包囲し、ぎゅうぎゅうと圧迫してくる。
悪くない。
いや、むしろとてもいい。
「もう少し、このままでもいいかも知れん……」
思わず口に出してしまったが、俺はすぐに我に返る。
言葉は通じないが、彼女たちが何を言っているのかはわかる。早く故郷に帰りたいんだろう。
なんせこんな不気味な鉄の船に乗せられてるんだ。
食事もビスケットと水だけだし、早いとこ元の生活に戻してあげないとな。
俺はメッティに通訳を頼みながら、彼女たちをなだめる。
「心配いりません。貴女たちはすぐに故郷に送り届けます。それまでの間、何か不便なことがあればメッティ……この子に伝えて下さい。できる限り対処させて頂きます」
メッティがこの言葉をパラーニャ語で伝えた後、俺はまたぎゅうぎゅうと柔らかいもので圧迫された。
なんなんだいったい。
彼女たちをどうにかこうにか船室に送った後、メッティが不機嫌そうな顔をしていた。
「モテモテやな、艦長」
「そうか?」
「さっき、あのお姉ちゃんたちが何を言うとったか教えたろか? イケメンやイケメンやいうて、誉めとったんやで?」
「ははは、お前も冗談言うんだな」
おしゃまさんめ。
俺は艦長席に座ると、もう少し建設的な話題をすることにした。
「それよりメッティ、俺の名前を名乗らない方がいいのは間違いないか?」
するとメッティも真顔になってうなずく。
「やめといた方がええで。その、悪いんやけど……」
「わかってる」
俺は悲しい気持ちになりつつ、小さくうなずいた。
「まさか、俺の本名がパラーニャ語では『くびれ大好きマン』になってしまうなんて……」
あんまり過ぎるだろ。
エロマンガ島とかスケヴェニンゲンとか、確かにそういう例は日本語でもあるけどさ。
あんまり過ぎる。
俺はぐったりうなだれると、絞り出すようにうめく。
「じゃあ俺、もうずっと『艦長』でいい……」
「せ、せやな……」
同情したようにうなずくメッティだった。
* * *
それから二日ほどかけて、俺たちは奴隷商人に捕まっていた女の子たちをそれぞれの故郷や自宅に送り届けた。
こっちも生活基盤のない放浪者だから、後の生活は自分たちで何とかしてもらおう。
なぜか七海は嬉しそうだ。
『乗組員以外の人物がほぼ全て退艦してくれましたね』
「ほぼ?」
『後はメッティさんだけですので、艦内警備に割り振るリソースをかなり軽減できましたよ』
そういえば、メッティも海賊の被害者だった。
一緒に奴隷商人のアジトに殴り込みかけたから忘れてたよ。
早いとこエンヴィラン島に送ってやろう。
『あとですね、パラーニャ語の会話パターンを多数記録できました。暗号解析プログラムを使って、言語の解析が進んでいます。メッティさんの協力があれば、艦のリアルタイム翻訳にパラーニャ語の項目が追加できそうですよ』
「おお、そいつは助かるな。後で頼んでおこう」
メッティがいなくなった後も、これでどうにかやっていけそうだ。
しかしメッティは、俺たちとの別れに強い抵抗感を示した。
「なあ、せっかくやからエンヴィラン島で暮らしたらええやん?」
「いやでもこんな空飛ぶ船、目立ってしょうがないだろ」
俺は知ってるんだぞ。
田舎に余所者が来たら、どんな目に遭わされるか。
なんせ俺、都会から田舎に引っ越した経験があるからな。
どうせ何年住んでも余所者扱いなんでしょう?
俺がそういう危惧を口にすると、メッティは笑顔でうなずいた。
「うん!」
「うんじゃねえよ。嫌だよそんなの」
しかしメッティはしつこく食い下がる。
「心配せんでも、私が島民みんなに説明したるから。艦長は忘れとるかも知れんけど、あんたは私の命の恩人やし、海賊退治の英雄なんやで?」
「英雄……」
実感が全くない。
あれやったの七海だし。
「それにほら、アンサールの奴隷市場を壊滅させたやん?」
それも七海がやりました。
三十ミリ機関砲と五百五十ミリ湾曲光学砲で。
結局最後、あの建物倒壊しちゃったからな。
メチャクチャだよ。
「メッティ、俺は七海に頼んでやってもらっただけだ。英雄っぽいことは何もしてない」
「何でやねん! 漂流しとった船に一人で降りてきたん、あんたやろ!? 七海がやれって言うたんか?」
「違うけど……」
この何日かでわかったが、七海はこっちの世界の人間に対してはドライだ。あくまでも中立的立場を貫こうとしている。
この艦は国家財産だから、無駄遣いできないのはわかるんだけど。
七海が親切にしてくれるのは、艦長の俺だけだ。
俺はしばらく考えたが、どのみちエンヴィラン島のことは少し調べたいと思っていた。
俺がプレイしていたオンラインゲーム『フリーダム・フリーツ』との関係を知りたい。
ただの偶然なのか、それとも何かあるのか。
だから俺は曖昧な返事をする。
「まあ……エンヴィラン島に行ってから考えようか。タコ美味しいんだよな?」
「せやで。塩焼きも良し、揚げ物も良し、オイル煮も良しや」
できれば刺身にしたいんだけど、異世界の生物を生食するのはやめておこう。
ああでも、たこわさ食いたいなあ。




