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流星の帰還・7

109



 バフニスク連邦軍の防空巡洋艦隊がモニタに表示されると、戦闘指揮所は急に慌ただしくなってきた。

 さあ、戦いだ。

「七海、デコイの位置は?」

『本艦の後方およそ四キロの海上です』



 モスキート偵察機一機に、バフニスク軍の通信ブイのふりをさせている。敵艦隊はおそらく、これを確認しに向かっているんだろう。たぶん。

「敵艦隊の動きは?」

『警戒速度でデコイに一直線に向かっています。レーダー波の照射を確認、本艦ならびに全レディバグは隠蔽を継続します』

「うん」



 バレてなきゃいいんだけど。

 敵艦隊はすでに望遠レンズではっきり見えるほど近くまで来ている。

 七海が眉をひそめる。

『改めて見ると、予想以上にボロボロですね……。十年以上、全くメンテナンスを受けていないようです』

「ということは、戦闘力も落ちてるだろうな」



『そうですね。内部に格納されてる装備はともかく、動力部やセンサー類はガタガタだと思います。稼働率は高くないでしょう』

「だといいんだが、こっちの位置はバレてないだろうな?」

『おそらく……』

 うーん、不安だ。



 とりあえず、敵艦隊が停止するのを待とう。七海によれば、それが作戦のキモだ。

『敵艦隊接近、距離四千……二千……』

 二千メートルは飛空艦にとって鼻先と同じだ。撃てば確実に当たる距離だが、この距離では反撃されたときに防ぎようがない。



 相手が一隻か二隻なら今仕掛けるんだが、ここは我慢だ。

『敵艦隊さらに接近、距離一千』

 もし敵がこちらに気づいて砲撃してきたら、この距離では防御も回避も間に合わない。喉元を刃がかすめていくような気分だ。

 こちらの光学偽装と電子偽装がバレていないことを祈るしかない。



『敵艦隊、本艦直下を通過中』

 高度な光学偽装中なのでこちらもカメラが使えず、敵艦隊の位置はモニタに表示されているグラフィックで見るしかない。

 必要ないとわかっているが、思わず息を潜めてしまう。

 見つかりませんように。



 シチート級防空駆逐艦はシューティングスターより一回り小さいが、あっちは居住区画と航続性能を切り捨てている。武装や出力はシューティングスターと大差ない。

 そんなのが八隻も足下を移動していると思うと、俺は口の中がカラカラになってきた。



『敵艦隊最後尾が本艦直下を通過しました。敵艦隊、デコイ直上で停止します』

 敵艦隊は海面付近を浮遊するデコイを発見したようだ。だが目視されればすぐに偽物だとバレる。

 秒単位の決断が必要だ。



「七海、攻撃準備」

『了解しました。ダミー艦隊を展開します』

 七海がビシッと敬礼した。



 敵艦隊の前方にシューティングスターそっくりの立体映像が六隻、突如として出現する。

 幻だから攻撃能力はないが、敵の出方をうかがうには十分だ。

 次の瞬間、幻影のシューティングスターは次々に吹き飛ばされる。敵の艦砲射撃だ。

『敵艦隊によるダミー艦隊への砲撃を確認。レディバグ隊、損耗率五十%』

 よし、戦うつもりだな。だったら遠慮は無用だ。



 こちらは敵艦隊の後方上空にいる。ここはシチート級防空駆逐艦が苦手とする位置で、艦橋やセンサー類が邪魔になって砲撃できない。主砲の死角になっている。

 シチート級の光学砲は旋回砲塔によって照準を行う旧式で、まっすぐにしか撃てない。だからこういう死角があった。



 敵の砲撃が続く中、七海が告げる。

『五百五十ミリ光学湾曲砲、全砲門開放。照準よし』

「撃て」

 この艦の対艦用武装である五百五十ミリ光学湾曲砲は、全部で六門ある。

 六本の巨大な熱線がカーブを描いて放たれた。虚像に向かって砲撃を続ける敵艦隊に、シューティングスターの砲撃が突き刺さる。



 眼下の空に凄まじい爆発が広がる。だが様子がおかしい。

『敵三番艦および六番艦の轟沈を確認しました。他の目標は小破もしくは損傷不明です。攻撃を防がれました!』

 二隻だけ? まずいぞ。

「作戦変更、プランB!」

『了解しました! 艦載機、全機発進します!』



 六門ある副砲で敵艦を六隻沈め、残った二隻を艦載機との連携で沈める作戦だったが、思った以上に敵がしぶとかった。

『敵艦隊、反転機動中です』

「撃て撃て!」

 シチート級の主砲は前方への弾幕射撃に特化している。光学砲の槍衾で敵艦を串刺しにするのが、シチート級の役割だ。



 それだけに後方に回り込まれると射角が取れず、反転する必要があった。

 しかも今は停止中なので、動き出すのに時間が必要だ。動いている物体は動き続けようとするし、止まっている物体は止まり続けようとする。慣性の法則だ。



『敵四番、八番艦撃沈!』

 重力推進機関を破壊された敵艦は、丸めたアルミホイルみたいにぐしゃぐしゃになって墜落していく。あれが飛空艦乗りの末路か。

 ああはなりたくないが、あまり苦しまずに死ねそうだなとチラリと思う。



『敵一番、二番、五番、七番艦、反転完了しました』

 残りは四隻。ようやく半分にまで減らした。しかしここで奇襲の効果は完全に失われたようだ。

 シューティングスターと敵の残存艦隊は、ほぼ真正面から向き合う形になる。



 敵艦隊は反転を終えた瞬間、砲塔を旋回させて砲撃してきた。光の束がシューティングスターに飛んでくる。

 だが直前で光の束は左右に割れ、間一髪で俺たちは命拾いをした。

『敵砲撃は空間湾曲により回避しました』

「その調子だ。反撃しろ」



 お返しにシューティングスターの五百五十ミリ光学湾曲砲が火を噴くが、どうやら敵艦にも同様の装備があるらしい。六発中、五発が軌道を逸れて外れてしまう。一発は直撃したが、損傷は軽いようだ。撃沈には至らなかった。



 こちらの砲撃と交差するようにして、敵艦隊からも光学砲の熱線が飛んでくる。それを七海が空間湾曲で弾く。

 今回も無事に避けたが、七海が痛そうな顔をして唇を噛んだ。

「どうした?」

『こちらの空間湾曲を解析しているようです。湾曲誤差を修正した予測射撃により、右舷装甲版を損傷しました』



 まずいな、敵もバカじゃないらしい。考えてみれば、あの艦全部に七海と同じような人工知能が搭載されているんだ。

「同じ方法で敵の防御を突破できるか?」

『どれか一隻なら可能ですが、こちらは四隻分の砲撃を受けていますので処理が追いつきません。このままだとおそらく、二隻沈めたところで本艦も撃沈されます』



 七海はそう答えつつ、周囲に展開している無数のウィンドウを次々に処理して、次々に新しいコマンドを発していく。余裕がないらしく、表情にもいつもの七海っぽさがない。

『ホーネット航空隊およびドラゴンフライ航空隊、敵艦隊と交戦中。損耗率約三十五%』

 シューティングスターに搭載されている無人機は、いずれも対艦攻撃能力を持っていない。有効打にはならず、どんどん撃ち落とされているだけだ。時間稼ぎにしかならない。



 ダミー艦隊もすでに見破られているようで、映像をちらつかせても敵は無反応だ。小細工はもう通用しないらしい。

『艦長、居住区画に被弾しました! 気圧低下中! 何があっても戦闘指揮所から出ないでください! ここが一番安全です!』

「わかってる」

 俺はバシュライザー改を撫でながらうなずく。何かあれば、こいつで変身して生命維持を図ろう。



 だがまだ俺は、勝負をあきらめていない。お楽しみはこれからだ。

「とっとと片づけるぞ。七海、主砲発射用意!」

『了解、艦長権限によりセキュリティクリアランス七レベル承認。重力圧壊砲を使用します』

 七海の目の前に赤いウィンドウが表示され、彼女はそれを拳で思いっきりブッ叩く。ウィンドウが粉々に砕け散った。

『重力推進機関、接続開始。艦内の全ライフラインを非常電源に切り替えます』



 主砲の重力圧壊砲は、九七式重殲滅艦の切り札だ。というか、捨て身の一撃だ。

『重力圧壊砲、射撃管制システム起動。演算開始します』

 七海が淡々と告げる中、彼女の制服がどんどん破れていく。艦体へのダメージを視覚的に表示しているからだ。



 普段なら喜ぶところだが、今は俺たちの命とこの世界の運命がかかっている。

「被害状況を報告しろ」

『装甲に軽微な損傷多数。最小限の空間湾曲で防御しているためですが、バイタルパートへの被弾はありません。航行および戦闘に支障なし。主砲準備完了まであと十五秒』

 この会話中にも、シューティングスターはどんどん傷ついていく。



 七海の意識では居住区画は「バイタルパート」に含まれていないらしく、そこらじゅう損傷表示だらけだ。やっぱり他のクルーは置いてきて正解だった。

『あっ!? このっ! そこはダメだったら! もうっ!』



 ボロボロに傷ついていく中、七海は凄まじい勢いで演算を行う。目まぐるしく周囲の空間を湾曲させて、敵の砲撃を防ぐ。同じ湾曲率のままだと解析され、修正射撃を受けるからだ。

 その傍ら、攻撃の照準を合わせる。重力場をどこに展開すれば敵艦隊を全滅させられるか、微妙に条件を変えながら毎秒数十万回の試算を行っているのだ。



 しかしその途中、彼女の表情が歪んだ。

『艦長、空間湾曲システムによる防御が限界です! 演算完了まで〇・八秒だけ足りません!』

「無人機を全部、敵の主砲にぶつけろ!」

 艦載機にも重力推進機関がついている。無人艦載機の仕様書にも目を通しているが、重力推進機関が崩壊すると周囲の空間がしばらく歪むらしい。



 残っていたドラゴンフライ戦闘機とホーネット攻撃機が次々に敵艦に激突し、グシャグシャに潰れて爆発する。

 敵主砲の熱線が妙な曲がり方をして、あさっての方向に飛んでいった。

 ほんの一秒ほど、シューティングスターは敵の集中攻撃から解放される。たった一秒。

 だがその一秒は、俺たちが何よりも欲しかった一秒だ。



 ボロボロに傷ついた七海が叫ぶ。

『艦長!』

「撃て!」

 俺が叫んだ瞬間、九七式重殲滅艦の重力圧壊砲が発射された。


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