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流星の帰還・4

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 七海が叫んでいた。

『無理無理! 無理です! 絶対に無理ですってば!』

 まだ叫んでいる。

『あの映像見ましたか!? バフニスク連邦軍のシチート級防空駆逐艦ですよ! 私の天敵ですよ! しかも八隻!』



 狩真から送られてきた映像には、地上の業火に照らし出されて夜空を征く飛空艦が八隻映っている。

 七海はさらに叫ぶ。

『九七式重殲滅艦は爆撃が主任務で、対艦戦闘は得意じゃないんです!』



「対艦用の副砲があるんだし、一応できるだろ?」

『護衛艦隊と共に敵防衛ラインを突破するときの自衛用ですよ! 敵艦隊の撃滅なんて想定されてません!』

 怒られた。七海は珍しく必死だ。

『艦長は本艦を危険に曝す……いえ、轟沈させるおつもりですか!?』

 そう言われてもなあ。



 映像からは狩真からの音声が流れている。

『艦長、見ての通りだ。ベッケン公国は既に甚大な被害を受けている。人的被害も相当出ているだろう。しかもその多くは軍人や貴族ではない。一般市民だ』

 狩真の声からは、今までに聞いたことのないような怒りと焦りが感じられた。



『僕には何もできない。ブラッドギアの力を使っても、救助活動や避難誘導をするのが精一杯だ。戦車一輌を破壊するのさえ命がけの僕には、あんな空飛ぶ艦隊を追い払うことはできないんだ』

 戦車壊すのが当たり前みたいな価値観やめてくれないかな。

 でも確かに、飛空艦八隻なんて途方もない戦力だ。



 俺の好きなゲームではシャーマン戦車と同等の防御力を持つ戦士たちが悪の大魔術師や邪神と戦っていたが、飛空艦の火力なら双方まとめて消し炭にできるだろう。

 俺たちがこの世界で戦った生物といえば翼竜みたいな怪物だったが、シューティングスターの砲撃一発で全滅してたしな。飛空艦とそれ以外では、強さの桁が違う。勝負にもならない。



 そう考えると、これは世界レベルの危機なんじゃないだろうか。俺は七海に向き直る。

「しかし七海、あれをほっといたら世界が滅ぶぞ」

『そりゃ私だって、バフニスク艦のあの濃緑色を見るだけで闘志が涌いてきますけど!』

 いや、そうは言ってない。ていうかお前、やっぱりそうなんだな。



 七海はめそめそ泣きながら、戦略護衛隊のエンブレムがついたハンカチで涙を拭う。

『勝てないものは、どうやったって勝てないんですよぅ……』

 七海が言うのなら間違いなさそうだが、俺は少し考える。



 シューティングスターはこの一年余り、補給も整備も受けずに飛び続けている。その結果、やはり劣化している部分もあった。

 パッと思いつくのは士官食堂の冷蔵庫や艦長室のタブレットとかだが、ステルス塗装が薄くなっていたり、三十ミリ機関砲の弾が残り少なかったりと、戦闘力もちょっと低下している。



「なあ七海、敵艦隊が万全の状態なら勝ち目はないかもしれないが、あの艦隊はどうだ?」

『え……?』

 泣いていた七海が顔を上げたので、俺は七海に優しく言う。

「俺たちがバフニスク軍の基地に踏み込んだのは、今から何ヶ月も前だ。あの艦隊は整備を受けずに飛び続けている。万全の状態じゃないだろう」



『確かに……。本艦はメンテナンスフリーを前提とした設計ですが、普通の飛空艦は一回の出撃ごとに点検整備を受けます。特に防衛が主任務の艦は母港が近くにありますから、こまめに整備を受ける前提で設計されていますね』

 そう答えた七海は、まじまじと八隻の防空駆逐艦を見つめる。



『んー……。これだけではちょっと判断できませんけど、塗装がところどころ剥げてますね。一年や二年ではここまで剥げませんよ』

 車の塗装だってそうそう剥げないしな。

「だとすれば、かなり長期間ほったらかしで老朽化しているんじゃないか?」

『だといいんですけど』

 そうそう都合よくいきますかねと七海が腕組みしている。



 だが俺は引き下がらなかった。ここは退けない。

「七海。このままあの艦隊がパラーニャの隣国で暴れ回っていると、何かと都合が悪い。あれがパラーニャに来たら否応無く戦うことになる。そうなってからじゃ遅いぞ」

『その場合は逃げましょうよ』

「ダメに決まってんだろ」



 ボケに対するツッコミのつもりで言ったのだが、そのとき俺はハッと気づく。

 こいつ、今の発言は本気で言ってるな。

 その証拠に七海は真顔だった。珍しいこともあるもんだ。



『艦長。私はこの艦が危険に曝されない限りは、艦長の御命令通りにしてきました。しかし今、艦長は本艦を危険に曝そうとしています』

 びっくりするぐらい冷静な態度で、七海は俺を見つめる。

『バフニスク軍の艦隊はこの異世界に放置しておけば、我が国に対する脅威にはなりません。本艦だけ元の世界に帰還すればいいのです。危険を冒して交戦する必要などありません』



 今の七海は軍事用人工知能として、本来の役割を果たそうとしている。俺と利害が一致していない。

 どうする? 七海が賛成してくれない限り、俺には何もできない。ここは説得あるのみだ。

 しかし普通の説得じゃ、たぶん納得はしてくれないぞ。



 俺はニヤリと笑う。

「甘いな、七海、冷静になってよく考えろ。おかしいと思わないか? あの艦隊は今までどこにいたんだ?」

『え? それは……えっと、あれ……?』

 氷のようなポーカーフェイスが一瞬で崩れ、首を傾げてしまう七海。



「あの艦隊が今までシューティングスターの索敵範囲に一度も入らなかったことは明白だ。ライデル領に行ったときもな」

 七海は地図にこれまでの航路を表示して、改めて考え込んでいる。

『これ、もしかしてずっとベッケン領にいたのでは……?』



「だがベッケンの人々は、バフニスクの艦隊を知らなかった。目視できないほどの高度を航行していたのか、それとも山の中にでも埋まっていたのかわからないが、とにかく目撃されていなかった。それが今になって急に動き始めた」

『え、それは何だかイヤな感じですね……』

 七海が怯えている。



 俺は七海をもっと怖がらせるために、わざと深刻な表情をしてみせた。

「俺たちは先日、バフニスクの潜水艦と交戦した。狩真の報告では、バフニスクの飛空艦隊が出現したのはその後だ。因果関係を疑った方がいいだろう」

 すると七海はハッと手を叩く。



『潜水艦の通信ブイ!? もしかすると、あそこから救難信号が発せられていたのかもしれません!』

「もしそうだとしたら、あの艦隊は友軍の潜水艦を探し求めて航行を続けるぞ。いずれはパラーニャの海に現れる。そして何が起きたかを理解するだろう」

 あくまでも完全な推測だが、これが的中していた場合には致命的なことになる。



「だが今ならベッケン領でカタをつけられる。敵艦隊の動きを見る限り、あちらはまだシューティングスターの居場所を突き止めていない。それにシューティングスターを追跡する能力もないようだ」

『確かに……。だとすれば、先制攻撃が可能かもしれません』

 七海の目に闘志がみなぎってくる。



『艦長は以前、リスクは前払いで全額支払っておこうと仰いましたよね?』

「ああうん、言ったな。潜水艦と戦うときに」

 よく覚えてるな。コンピュータだからかな。

『このリスクも前払いで全額支払っておくべきだとお考えですか?』



 俺は雷帝グラハルドの帽子を被り直し、慎重かつ大胆に断言する。

「艦長として、そう判断している。今なら主導権は俺たちが握っている。もし戦いが避けられないのだとしたら、勝てる確率が一番高いのは今だ」

 これ以上犠牲者を出したくないというのが本当の理由だが、人道的な理由を抜きにしても今戦うのが一番良いような気がする。



 だから俺は艦長として、七海に命じた。

「本艦はバフニスク連邦艦隊を最大の脅威と判断し、脅威の排除を必成目標とする。望成目標は敵艦隊の撃滅である。七海はシミュレーションを行い、最適な作戦計画を立案しろ」

 艦のマニュアルを熟読したので、俺も艦長っぽさが板についてきた。



 七海はうなずき、ビシッと敬礼する。

『任務を受領しました、艦長。ただちに任務分析を開始し、作戦計画を検討します』


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[一言]  AC -10……懐かしや
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