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脇役艦長の異世界航海記 ~エンヴィランの海賊騎士~  作者: 漂月
第15章(全9話)

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流星の帰還・3

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 狩真のことはだいぶ心配だったが、ラウドを連れたままベッケン公国に乗り込む訳にもいかない。ラウドはパラーニャ王立大学の研究者であり、陸軍の軍属だ。立場というものがある。

 狩真を国境まで運んだら、いったん帰るか。



 狩真をシューティングスターに乗せてベッケン公国まで運ぶ途中、短い時間ではあったがニドネの質問にも答えてもらった。

「走り書き程度で悪いが、これだけ書いておけばわかるだろう。ニドネ氏は数学は得意だろうな?」

「メッティと七海がサポートしてくれるから大丈夫だ」

「なら安心だな」



 狩真はこの世界で暮らして一年近くになるので、どういう説明をすればこの世界の人々が理解できるのかを熟知している。

 タブレットを使ってシャシャシャッと直線と曲線を引っ張り、よくわからない数式を書いたかと思うと、今度は猛烈な勢いでタイピングして長文を記述していく。



 それをぼんやり見ていると、七海が横からささやいた。

『暇そうですね、艦長』

「うん、楽でいい」

 ニドネも狩真もかなり優れた頭脳と知識を持っている。こういうのは秀才同士に任せておいた方が楽だ。凡人の出る幕じゃない。



 シューティングスターが国境に到達する頃、狩真は顔を上げた。

「技術的な質問については、こんなところかな。滅菌や分離培養については王立大学の技術レベルがわからないので、基本的な考え方や留意点を記してある」

 てきぱきと説明しながら、狩真がSDカードを差し出してくる。



「レンズ研磨のコツはガラス職人にでも聞いてくれ。僕も自分で加工することはまずなかったからな」

「そうだろうな。シューティングスターの機材が使えるかもしれないし、後はこっちでやってみよう。ありがとう、狩真」

「科学の発展とあなたのためさ、艦長」

 フッと笑う狩真。



 そんな狩真を国境の山岳地帯に降ろすと、俺はラウドを乗せてパラーニャに帰還した。

 それから数日は普段通りの業務に追われる。メッティの通学もあるし、なかなか忙しい。

「狩真のヤツ、大丈夫かな……」

 すると七海がメモをパラパラめくりながら、ログを表示する。

『定期交信ができていますから、バシュライザーの通信機能は無事です。おそらく狩真さんも無事だとは思いますが……』



 様子を見に行きたいが、シューティングスターがのこのこ行くと大騒ぎになるのは目に見えている。かといって光学迷彩モードだと速度が出せないのでめんどくさい。

「まあいいか。あいつなら無事だろう」

『変な信頼感がありますね、艦長』

「男と男の友情さ」

 本当に危なくなったら、どんなことをしてでも助けるつもりだ。



 しかし俺は俺で忙しいので、狩真ぐらい強いヤツはひとまず放っておく。

 あいつが『ブラッドギア』に変身したら、たぶんポッペンより強い。誰が止められるんだ、そんなもん。

 ラウドを降ろしたついでにニドネの研究室を訪問すると、彼女はとても喜んでくれた。



「艦長、ああ艦長! 久しぶりだね! 元気そうで何よりだ。少し痩せたかな?」

「どうだろうな。それよりもお前の質問を狩真という研究者に見せてきた。部分的に回答をもらってきたので、これを読んでくれ」

 俺がプリントアウトした紙を渡すと、ニドネはまた喜んだ。



「ありがとう! 助かるよ。バクテリアや細胞の細部を観察したかったんだけど、今の顕微鏡ではどうしようもなくてね。ラウドが腕のいいガラス職人を知っているから、そっちに頼むつもりだよ」

 ああ、気圧計を作ってくれた人か。研究者にとっては、腕のいい技術者は強力な助っ人だからな。



 ニドネは書類をパラパラめくりながら、うんうんと何度もうなずく。

「ありがとう、これで何が必要かわかったから予算の申請もしやすくなった。それに君のお墨付きがあれば、教授たちも文句は言わないからね」

 そういう使われ方はちょっと……。まあいいか。利用できるものは何でも利用してください。



 俺はニドネの研究室で紅茶を飲みながら、室内を見回す。ビーカーやフラスコ、試験管などのガラス器具がずらりと並んでいた。

 ところどころに異世界からの技術が持ち込まれているせいか、近代っぽい研究室だった。いい研究ができそうだ。



「立派になったな」

「なに、立派になったのは機材だけだよ。私自身はまだ、研究の入り口にも立てていない。戸惑うばかりさ」

 翳りのある美女は微笑みながら、ガラス瓶の液体を飲む。白いからミルクだろう。



「バシュラン化の謎を突き止めて元の体に戻るために、まずは『生命』というものについて深く知る必要がある。代謝や免疫、遺伝。学ぶべきことは多いよ」

 シューティングスターにある情報は可能な限り渡してるんだが、医学研究者を養成するには全くの力不足だ。



 シューティングスター的には「医学研究者を一人養成するより、衛生兵を十人養成した方が乗員の損耗を防げる」という判断らしいので、大学の研究室にあるような専門的な資料はない。

 だから狩真みたいな専門家が必要になる訳だ。



 ニドネは俺をじっと見つめて、また微笑む。

「君は不思議な男だね、艦長。なぜここまで協力してくれるんだい?」

「協力できるからだ」

 他に何があるの?

「ますます不思議な男だよ。……まあ、少し残念でもあるけど」

 残念で不思議な男らしい。



 溜息をついたニドネだが、すぐに気を取り直す。

「艦長の持っている知識を、他の研究者たちにも分け与えてくれないか? 君たちの世界で言う理学や工学は、こちらの世界ではまだ学問として十分に成立していない有様だ」

 すみません、専攻は演劇論なので……。



 腕組みしつつ、俺はそっけなく応じる。

「七海に相談しておこう。俺の権限で可能な範囲でしか渡せないが、なるべく協力する」

「ありがとう、艦長。助かるよ」



 タブレットと手回し式の野戦用充電器を置いていくか。

 俺のセキュリティクリアランスがレベル四になったので、それに伴って権限も増えている。多少の備品は持ち出せるようになった。

「後で研究に使えそうな機材と、助手としてメッティをよこす。あの子に手伝わせるから、お前もあの子にいろいろ教えてやってくれ。医学だけでなく、史学や文学もな」



 するとニドネは小さくうなずいた。

「ああ、それなら役に立てそうだね。やれやれ、君相手だと何もしてあげられることがなくて困るよ。恩返しができない」

「こうして手伝いができること自体が、俺にとっての報酬だ」

 ちょっとだけ俺も立派になれた気がするからな。



 それとも俺はもしかすると、「役に立たなければ生きていけない」という強迫観念に今でも縛られているのかもしれない。就職のとき、さんざん苦労したからな。

 だがまあ、どちらでもいいことだ。

「また笑ってる……。バシュラン化現象が解明できても、君の心は解明できそうにないよ」

 ニドネが苦笑した。



 そんなこんなで俺は多忙かつ充実した日々を過ごしていたが、狩真のことはやはり気になっていた。

 あいつ大丈夫かな?



   *   *   *



 夜空を赤く照らす業火の中、炎より赤い戦士が叫ぶ。

「こっちだ! 市街地から離れろ!」

 逃げまどうベッケン人たちを誘導しているのは、ブラッドギアに変身した狩真だ。



(なんで僕がベッケンで救助活動をしているんだ……)

 内心で溜息をつくが、別にベッケンの市民に恨みはない。善悪や国籍に関係なく、全ての人類を守りたい。それが狩真の純粋な気持ちだった。



 そのとき狩真の聴覚が、微かな泣き声を察知する。

「どこだ?」

 スラスターを噴射して炎の中に突入すると、燃え盛る大通りで泣きじゃくる子供たちがいた。家族とはぐれたようだ。



 左右の建物は燃えていて、今にも崩れそうだ。だが子供たちを連れ出すには人数が多い。

(ならば破壊すればいい)

 ブラッドギアは建物の構造を見て素早く計算をし、建物の負荷が最も強くかかっている柱を一瞬で選別した。



「はっ!」

 強烈なキック一発で、大通りに面した大きな店が内側に崩れる。反対側の建物も飛び蹴りで崩す。

 建物は轟音と共に崩壊したが、大通りの子供たちは無傷だ。

 狩真はベッケン語で語りかける。

「ここは危険だ、僕についておいで」



 子供たちをどうにか連れ出すと、隠れていた家族に引き渡す。子供たちはそれぞれの親にしっかりと抱きしめられ、無事に再会できたことを喜び合った。

 狩真がほっと安堵していると、街の代官らしい老人が話しかけてくる。



「あんたは『ライデル仮面』じゃないのかね?」

「なんだそれは」

「ライデル連合王国を守る仮面の戦士だ。この途方もない強さ、間違いなくあんたがそうだろう」

「そう……かもしれないが」

 僕は『死の狩人ブラッドギア』なんだがと不満に思う狩真。



 代官は空を指さす。

「わしらを助けてくれたということは、『あれ』はライデルの兵器じゃないのか?」

「違う」

 それについては狩真は即座に否定し、空を見上げる。



 空に浮かぶ巨大な軍艦。濃緑に塗装された艦体には赤い星印が描かれている。狩真が見たバフニスク連邦軍のドローンと同じだ。

 しかも全部で八隻いた。

 バフニスク軍の飛空艦らしき艦隊は、眼下の街を焼き払いながら悠々と空を横切っていく。逃げまどう市民は眼中にない様子だ。



(やはりあの基地から出航していたのか……)

 マスクの下で唇を噛む狩真に、代官がおずおずと話しかける。

「な、なあ……。ライデル人のあんたに頼めた義理じゃないんだが、あれは何とかならないか?」

 代官の周囲には逃げてきた市民が集まり、煤だらけの顔で怯えていた。



 狩真は首を横に振る。

「何とかしたいが、僕には無理だ。上空千メートル以上を飛行し、戦術級の光学兵器で武装した超大型航空機を破壊する力など、この世界の誰にもない」

「そうか……」

 ベッケンの民たちは落胆し、中にはすすり泣く者もいた。



「もう街はおしまいだ……」

「いったいわしらが何をしたっていうんだ……」

「まじめに働いて税も納め、礼拝も欠かしたことがないというのに」

「もしかして、祭りの花火と空砲がいかんかったのか?」



(なるほど、そういうことか。あれは軍艦らしいから、地上からの対空砲火と誤認したな)

 納得する狩真。これ以上深入りするのは危険だと判断したが、市民の悲痛な嘆きを聞いているうちに、ふとつぶやいてしまう。



「だが、ここではない世界から来た者なら……あれを倒すことができるかもしれない」

「本当ですか!?」

「ああ。たった一人だけだが」

 ブラッドギアは空を仰ぎ、飛び去っていく飛空艦隊をじっと見送った。

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