流星の帰還・2
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今日の仕事は、気象学者のラウドの部下たちをパラーニャ全土に送り届けることだ。
パラーニャ軍の駐屯地や砦に、測候中隊の技術兵を降ろしていく。
その移動の合間に、ラウドを艦橋に誘った。戦闘指揮所は艦内部にあるので、今のシューティングスターでは艦橋は展望デッキ扱いになっている。
「陸軍の主導で、測候所をあっちこっちに作ることになったんだ」
ラウドはインチキ雨乞い師の頃と変わらない笑みで、俺に言う。
「気象、特に降雨の記録を取って、国土防衛に役立てる方針らしいぜ」
雨が降ると銃が使いにくくなるからな。金属薬莢ができればあんまり関係なくなるけど、あれは高度な工業製品なのでまだまだ無理だ。
俺は七海に出航を命じてから、振り向いてニヤリと笑う。
「ようやくお前の正しさが認められたな、ラウド」
「艦長のおかげさ。あんたがいなかったら、俺はサパーダ村で死んでた。怒り狂った村人たちにボコボコにされてな」
そうかもしれない。あれは危なかった。
ラウドは艦橋の窓から雲海を見つめながら、目を細めた。
「あんたのおかげで、こうして雲を間近に見ることもできる。それにこの艦が持つ知識で、気象学は百年は進んだ。あんたは気象学の父だよ」
「俺は気象学者でも何でもない」
そういう呼ばれ方は好きじゃないな。
俺は少し考え、改めてこう告げるしかなかった。
「俺はただ、俺よりも凄いヤツらのために何かがしたかった。そうすれば俺もほんの少しだけ、凄いヤツになれる気がしたからだ」
「おいおい、あんたより凄いヤツはいないだろ……」
別にそんなことはない。
するとそこに、ポッペンがぺたぺたと歩いて現れた。
「やあ、ラウド。うちの大将に、もっと言ってやってくれ。この男は自分が英雄だとは決して認めんのだ」
ポッペンの言葉に、俺は首を横に振る。
「お前たちと違って、俺は何も努力していない。俺の力は全て借り物だ。とても英雄とは呼べんさ」
シューティングスターの力、バシュライザー改の力。どちらも借り物に過ぎない。俺の実力じゃない。
するとラウドが首を傾げた。
「努力してなかったら、英雄にはなっちゃいけないのか?」
「無論だ、なぜならば……」
そう言い掛けて、俺はふと考え込む。
本当にそうだろうか?
ポッペンが口を開いた。
「余人にとって、英雄が努力をしてきたかどうかなど興味はないだろう。今そこに英雄がいる。それが全てなのだからな」
「それはそうかもしれないな。人は皆、結果だけを見る」
それでも俺が何の努力もしていないことを、俺だけは知っている。
俺が腕組みして黙り込むと、ポッペンが苦笑する。長いつきあいで、彼が今どんな表情をしているのかは仕草でわかる。
一方ラウドはというと、そんな俺を見て苦笑していた。何か言いたそうな顔をしているな。
「まあいいや。おっと、そんな艦長さんに頼みごとがあったのを忘れてた」
「なんだ?」
「ニドネから研究の問題点について報告書を預かってるんだよ。俺には医学なんてさっぱりわからねえから、これを見てやってくれないか?」
ラウドが鞄から取り出した分厚い紙の束を受け取る俺。
やばいぞ、これは素人には無理だ。「単式顕微鏡レンズの研磨」とか「分離培養の技術的課題」とか「パラーニャの技術レベルで開発可能な電子顕微鏡」とか尋ねられても困る。実験についての技術的な質問が多い。
こういう具体的なことを詳しく聞かれると、俺みたいな素人にはお手上げだ。
「七海、これ……」
七海が困ったような顔をして、慌てて首を横に振る。
『技術兵や衛生兵のマニュアル程度なら提供できますけど、ニドネさんの研究とは前提条件が違いすぎてちょっと……。そもそもパラーニャの技術レベルって、私にはよくわかりませんし』
七海ぐらいコミュニケーションが上手なAIでも、複数の知識が必要になる質問にはどう答えたらいいのかわからないようだ。検索エンジンと同じだからな。
やはり生身の専門家が必要か。あ、そうだ。
「仕方ない。狩真に聞いてみるか」
「カルマ? ああ、ライデルの『死の狩人』か。艦長さんの同郷だっていう」
同郷ではないです。あいつの世界、子供向けの特撮みたいになってるんだもん。
まあいい。狩真なら工学と医学の知識がある。なんせこのバシュライザー改を作った男だからな。顕微鏡のレンズ研磨ぐらい朝飯前だろう。たぶん。
「パラーニャ北部を最後に回って、気象観測兵を全員降ろしてからそのままライデル連合王国に向かおう」
『了解しました。航路修正します』
七海がビシッと敬礼した。
こうして俺たちは無事にライデル連合王国へとやってきた。
上空から見る限り、ゾンビパニックはもう完全に終息したようだ。以前は無人になっていた村々にも人影が見える。ちゃんと生きていた。
無線通信で狩真に呼びかけると、すぐに応答があった。
『艦長、久しぶりだな』
モニタに表示された狩真の顔は元気そうだ。しかしどうも表情が暗い。
「狩真、どうした?」
『少し問題が起きているんだ。会って話そう。ついでにベッケン公国領まで運んでもらえると助かる』
ベッケン? パラーニャと仲の悪い国だよな、確か。
待ち合わせ場所に現れた狩真は今日も白衣のスーツ姿で、相変わらず「悪の科学者」っぽさ全開だった。近世ヨーロッパ風の異世界に全くマッチしていない格好だが、世界の方に合わせるつもりはないらしい。
狩真は俺のバシュライザー改を見て、何か気づいたようだ。
「バシュカイザーの調子はどうだ?」
「一回だけ使った。問題はない」
「やはり使ったのか。見せてくれ」
後にしてくれない?
バシュライザー改を渡すと、狩真は小さく溜息をつく。
「想定外の無茶な使い方をしているな……。これはあくまでもパイロットの脱出装置、非常事態の装備であると認識してくれないか」
「そうは言うが、非常事態はこちらの都合に合わせてくれないからな」
「確かに。いいだろう、少し補充しておくよ」
バシュライザー改に何かを充填し、フッと笑う狩真。
「ところで用向きは何かな、艦長?」
「ニドネの研究を手伝ってくれないか。いろいろ困っているらしいが、俺にはわからない」
「無論だよ。研究者同士、助け合わないとな」
狩真は俺が渡した書類をパラパラとめくり、ざっと見ただけで何か感じ取ったらしい。
「このニドネという人物は、伝統的な古典医学と現代医学の中間を埋めようとしているようだ。既知の領域から線を延ばして未知の領域に接続する試みなのだろうな」
すみません、わかりやすくお願いします。
「過去の知識をいったん捨て去って現代医学を学ぶこともできるし、その方がむしろ早いのに……いや、そういうことかな。ああ、細首フラスコまで自作したか。なるほど」
わかるように説明しろって言ってんだよ。
狩真は感心したようにうなずく。
「彼女はおそらく自分の後に続く研究者たちの為に、この世界の古典医学と我々の世界の現代医学をリンクさせようとしている。この世界の人々は古典医学を信じている。それを完全に捨て去ることは難しいからな。それに異世界では菌も違う。彼女は異世界の医学を鵜呑みにせず、ひとつひとつきちんと検証しているんだ」
「なるほどな」
やっと理解できた。頭のいい人は凡人にはよくわからん説明をするから困る。
すると狩真は俺を見て苦笑する。
「彼女の真意を理解できたのは、襲牙やあなたのおかげだよ。一般の人々は理解力に乏しく、頑迷で、変化を嫌う。そうだろう?」
そこまでは言ってないよ!? 俺も一般の人だし。
「ニドネという人物は、そのことをよく理解しているようだ。聡明な人物だね。彼女は独力で検証しているので、まだ十九世紀の水準だ。これなら手伝えることは多い」
狩真はそう言って、なぜか俺に書類を戻してきた。
「ただ、今は取り込み中なんだ。帰ってきたら改めて協力させてもらうよ」
「どこに行くつもりだ?」
「いや、大した用件じゃない。すぐに終わる」
狩真はそう言うと、腕にはめたバシュライザーを撫でる。
「これから単身でベッケン公国に行き、ベッケン公を倒す」
おい待て。
「ライデルへの侵略戦争を終わらせる為にな」
待てと言っている。
俺は止めるべきか加勢するべきかだいぶ迷ったが、シューティングスターにラウドを乗せていたことを思い出す。いったん帰らないと。
「敵国の首脳を暗殺したら、事態が複雑化するぞ」
「だがライデル連合王国への執拗な侵攻を受けて、東ライデルの領主が弱り切っている。このままではベッケンに従属しかねない」
狩真は眉間にしわを寄せる。
「しかしベッケンに降るのは賢明な判断とは思えない。今度はライデルの他の盟主たちを敵に回すことになってしまう。どこの世界でも裏切り者への憎悪は深い。危険だ」
「だからといって単身乗り込むのは感心せんな」
俺は腕組みをして溜息をつく。テロリスト気質は元の世界にいた頃、『機関』の構成員だった頃から変わっていないようだ。
しょうがないので、がんばって説得する。
「戦争を防ぐ為には、敵に攻撃を躊躇させるだけの軍事力が必要だ。お前一人で国を守ろうとしても限界がある。お前さえいなくなれば、ライデルは無防備になるのだからな。これはお前ではなく、ライデル連合王国の課題だ」
個人の武勇で世の中を動かそうとしても、なかなかうまくいかないものだ。
だから俺はさらにがんばって狩真を諭す。
「行くのは止めないが、今回はまだ殺すな。トップがいなくなると交渉相手がいなくなる。様子を見る程度にしておけ」
「わかった、艦長がそう言うのならそうしよう。私には政治や外交はわからないからな」
素直なヤツで良かった。




