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忘れ得ぬ貴方に・7

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 元の世界に帰るための調査が始まって、もう結構な日数が経つ。

 七海はジュナと二人で、毎日熱心に議論を交わしている。

『重力推進については軍事機密ですので、民生用として実用化されている技術しか公開できません。ただ、原理はとても単純です。ええと、これとかどうですか?』

「これは……とても綺麗な式ですね。壁に飾っておきたいぐらいです」

『おわかり頂けますか?』

「はい」



 数式が綺麗って、どういう感覚なんだろう。俺にはよくわからないが、二人とも楽しそうなので俺は笑顔で見守ることにする。艦内の雰囲気が和やかなら、細かいことはどうでもいい。

 俺にわかっているのは、元の世界に帰るためにやるべきことが二つある、ということだ。



 一つ目が、元の世界の座標を探り当てること。

 それぞれの世界は軌跡を描きながらどこかに向かっているので、今どこにいるのかを把握しないといけない。

 これはジュナの知識とシューティングスターの設備で何とかなりそうだ。



 二つ目は、元の世界に繋がる「穴」を作ること。

 座標が重なるぐらい近くにいると勝手に「穴」ができるらしいが、できたところでそうそう都合良く自分の目の前に「穴」が現れるはずはない。やはり自前で準備する必要があるようだ。

 七海はジュナとの会話を終え、俺に声をかける。



『艦長は、重力によって空間が歪むことはご存じですか?』

「多少はな。重力レンズとかだろ」

『はい。それをイイ感じに実用化して空を飛んだり、逆に発電器を動かしてエネルギーを取り出したりしてるのが、重力推進機関なんですよ』



 なんか凄そうだが、凄すぎてさっぱりわからん。そもそも「イイ感じ」と言われても困るんだ。

「てことは、それで異世界への抜け穴を作れそうな感じか?」

『ジュナさんで実験してみる予定です。当人の了承も取り付けました』

「いきなり人体実験するなよ……」

 お前のそういうとこは問題だと思うぞ。



『すみません。でもジュナさんが私の演算能力を高く評価してくれましたので、たぶん大丈夫ですよ』

 だからっていきなり人体実験はねえ……。とはいえ、異世界への転移が成功したかどうかは、元の世界にいる俺たちには観測できない。



『世界同士の位置関係を示す座標は最低四つ、つまり四次元で計算する必要がありますので、通常の図や模型にすることができないんです。ジュナさんの世界では、使い魔と呼ばれる人工生物が演算処理を担当していたようですね』

「なるほど、人間の手には余る代物か」



『数式として扱うだけなら、紙とペンでもどうにかなるんですけどね……。視覚化できないのは結構厄介みたいです』

「人間は三次元までは知覚できるが、四つ目の座標である時間については間接的にしか知覚できないからな。時計にしても時間を直接測ってる訳じゃない。測っているのはクォーツの振動だ」

 俺がそう言うと、七海はまじまじと俺を見つめる。



『そうです……けど、なんか艦長って意外に博識ですね?』

「意外って言うな。とにかく人間は四次元の世界を認識できないが、コンピュータにとってはたやすいことだろう。頼む」

『はい、艦長』

 七海がビシッと敬礼する。



 その後もジュナと七海の研究は進み、メッティもそれに参加する。それどころか、サリカまでやってきた。サリカは最近、メッティの良き理解者にしてライバルを自称しているらしい。

「では艦長さんの世界と、七海さんの世界、それに狩真さんという方の世界は、どれも似ているけれど別の世界なのね」

 サリカが難しい顔をして腕組みすると、メッティがうなずく。



「うん。狩真さんの世界では『バシュラン』という病気が蔓延していたけれども、艦長の世界では誰もバシュランにならないの。艦長もバシュラン病には耐性があるよ」

「そして艦長さんの世界には、このシューティングスターはないのね?」

「代わりに空を飛ぶ乗り物があるみたいだけど、原理が違うんだって」

 サリカはふむふむとうなずき、目を輝かせた。



「よく似た三つの異世界から同時に来訪者が来ている状態なんて、世界学発展の好機じゃない? それにジュナさんもいるんだし」

「そうです! ジュナさん、説明してあげてください」

 メッティに促され、ジュナが口を開く。



「あくまでも推論ですが、メッティさんたちの世界が軸になり、他の三つ、あるいはそれ以上の世界と交差したのだと思います。なぜこんな現象が起きるのかはわかっていません」

「そう……。でも不思議ね。興味が涌いてきたわ。実は私の先祖も、アソンと名乗る異世界からの来訪者だったの」

 ちょっと待って。初耳だよ?



 詳しく聞いたところ、どうやらサリカの言う「アソン」は「朝臣」で間違いないようだ。これだと「朝廷の臣下」という意味になるので、おそらくは平安時代や鎌倉時代あたりの貴族だろう。

 だが三つの世界のどれか、あるいはよく似た別の世界なのかはわからなかった。



 俺は腕組みして唸る。

「いずれにせよ、この世界は千年ほど前から俺たちの世界と交差を繰り返していたようだ。もしかすると今もすぐそばで併走しているのかも知れないな」

 ジュナが同意する。

「その可能性は高いと思います。交差の頻度を考えると、つかず離れずって感じでしょう」

 だとすれば俺たちは帰還できそうだな。



「ジュナの世界はどうだ?」

「残念ながら私が転移した直後、不意に遠ざかってしまったようです。シューティングスターで重力波を観測してもらいましたが、帰還不可能な位置でした」

 気の毒に。



「でも代わりに、私たちが『ナル一五七六』と呼んでいる世界が、すぐ近くまで接近しているようです。この世界に転移したら、一年以内に私の世界に帰れそうです」

 電車の乗り継ぎ感覚で異世界を渡っていく子だな……。頼もしい。この子を送り出した父親の判断は正しかったんだろう。



「師匠の推測では、『ナル一五七六』には魔法文明が栄えている可能性が高いそうです。もしかしたら、例の『巨石』があるかもしれません」

「ああ、それは好都合だな」

 しかしジュナは少し寂しそうな顔をする。

「ただし『ナル一五七六』は複雑な軌道を描きながら私の世界を追っているので、もうすぐこの世界から遠ざかってしまいます。おそらくはもう二度と……」



 それは残念だ。せっかく仲良くなれたのに、もう会えないのは寂しい。

 だが彼女は異世界の住人だ。出会えたこと自体が奇跡みたいなもので、それ以上を望んでも仕方ない。別れはいつか必ず来る。

 俺は帽子を脱ぎ、彼女に微笑みかけた。

「いつかまた、世界の線が交わることを祈っている」

「はい、艦長」

 俺の言葉に、ジュナも微笑み返してくれた。



 そして「ナル一五七六」が最接近する日が来た。つまりジュナがこの世界を去る日がやってきのだった。メッティやサリカたちが見守る中、ジュナが旅支度を整える。

 最初に出会ってから一ヶ月ほどが経過しており、ジュナの体調もすっかり良くなっていた。魔力も戻ってきて、簡単な魔法なら使えるそうだ。

「この魔力は転移後に大事に使わせてもらいます」

「それならこれも持って行け。安全な食糧は不可欠だ。味気ないビスケットだが、無いよりマシだろう」



 俺は彼女にシューティングスターの非常食を渡した。ペットボトルの水もつける。

「わあ、ありがとうございます! この透明な水筒、便利そうですね」

「意外と強度があるから、しばらく使えると思うよ。熱に弱いから気をつけて」

 本当はもっとあげたいんだが、重量制限があるらしいのであまり欲張れない。



「あ、そうだ。軽いものならいいだろう。この保温アルミシートとポリ袋も持っていきなさい。野宿で役立つ」

 他に何かないかな。

「ティッシュと包帯もいいだろう。あと食塩と着火剤とキズテープを」

 メッティが苦笑する。



「艦長はほんまに世話好きやな……」

「一ヶ月も一緒に生活したんだぞ。もうウチの子と言っても差し支えない。それにジュナのおかげで、元の世界に帰る方法がわかってきた。これぐらいのお礼は当然だ」

 なんか重力推進機関のシステムと、光学湾曲砲の空間湾曲なんとか力場をどうのこうの、みたいな話は聞いた。

 聞いたがよくわからなかったので七海を信じて丸投げする。



『艦長、座標固定完了しました。重力推進機関、動力正常。空間湾曲を開始します』

「ああうん、よろしく頼む」

 俺はジュナから離れる。ジュナはというと、床に魔法陣みたいな形で術式を書いていた。



 彼女は俺たちをゆっくり見回し、最後に俺をじっと見つめる。

「おかげで無事に、次の世界に旅立てます。本当はもっと艦長さんのお役に立ちたかったのですが、この御恩は忘れません」

「気にするな。おかげでこっちも助かった。それに君の手助けをできたこと自体が、俺にとっては大きな報酬だよ。何せ君は凄いヤツだからな」

 また一人、人生の主役を生きているヤツを助けられた。俺の人生にも箔がつくというものだ。



 俺が笑うと、ジュナは困ったような照れたような、微妙な笑みを浮かべる。

「本当に艦長さんは、変な人ですね」

 会話をしているうちに、ジュナの姿が歪む。凹面鏡に映された鏡像のようだ。

 俺は笑ってみせた。



「こういう変人もいた方が、世の中が面白いだろう?」

「……ええ」

 楽しげな声を残して、ジュナの姿は消え去った。

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[一言] また会えるといいな。
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