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七海の主(前編)

001



 青い空、青い海。

 雲は白かった。波飛沫も白い。

 さっきまで山手線で揺られていた俺は、どこか知らない海辺の砂浜にいる。

「な……」

 落とした通勤鞄の上を、蟹が歩いていく。



 いや、確かに「遠い海に行きたいなあ」とは思ったよ?

 ぎゅうぎゅう詰めの電車の中って、前後左右から見知らぬおっさんに挟まれて体が浮くんだもの。

 あのとき俺が切望していたさわやかな潮風が、いま俺の前髪を揺らしている。

 願い事が叶っちゃって嬉しい。

 嬉しくねえよ。

 どこだここ。



 スマホは圏外、GPSでも位置がわからない。

 もちろん駅も線路も見当たらない。

 見た感じ、ゆりかもめもレインボーブリッジもなさそうだ。

 俺の頭がどうにかなったのか?

 それならいっそ、このままでもいいけど……。



『あの……』

「何ですか?」

 今忙しいんだよ。

 ……忙しくはなかった。

 出勤しようにも、これはもう無理だ。



『あの……日本語、通じてますよね?』

「そりゃ通じるに決まってますが」

 俺はそう言い掛けて、ふと黙った。

 誰だ?



 見た感じ、周囲に人の姿はない。

 それに今の声、スピーカー越しの声だった。それも若い女性の声だ。

『あ、六時方向です。あー……つまり後ろです。後ろ』

「いや、それはわかるけど」

 振り返ってみても、崖がそびえているだけだ。

「崖の上にいるんですか?」



『いえ、たぶんその崖です』

「意味がわからないんですけど、イタズラじゃないのなら姿を見せてくれないか?」

 俺は今、どうやって職場に欠勤の連絡をしようか悩んでるところなんだ。

 ここが日本のリゾート地だったりすると助かるんだが、海外だったらパスポートもないし相当まずいことになるな。

 地球じゃなかったらどうしよう。



 すると自称崖の人は、こんなことを言い出した。

『了解しました。光学偽装を解除します』

 崖の色がスウッと変わる。形も微妙に変わった。

 なんだこれ、軍艦? 飛行船?

 ダークグレーの流線型が、俺を見下ろしている。



『では改めまして。私は戦略護衛隊所属、シューティングスター級輸送艦七番艦・ななみと申します』

「戦略……護衛隊?」

『そうです。いわゆるセンゴの船ですので安心してください。災害支援や基地祭でなじみの深い艦だと思いますが、どうでしょう』

 どうでしょうって、どうしよう。

 こいつ日本語通じるけど、俺の知ってる日本と違う。

 俺の知ってる日本では、だいたいの船は喋らない。



   *   *   *



 迷った末に俺は「ななみ」と名乗る謎の軍艦に乗り込み、とりあえずの休息を得ることに成功した。

 狭い通路を誘導灯に従って歩かされ、船室のベッドに腰を下ろす。

 船室には小さなモニターがあり、よく見るとCG合成の少女が笑っていた。

「おお、かわいい……」

 セーラー服を着ているが、ちゃんと水兵帽も被っていた。



『ようこそ、ななみへ。私はななみ搭載インターフェース人格の七海と申します。シューティングスター姉妹の七女ですよ』

「全部で何人いるの……」

『一九九九年の時点では三十八人でしたが、三十九番艦と四十番艦が建造中でしたので、そろそろ完成してるのではないかと思います』

 やっぱり俺の知ってる一九九九年と違う。



 しかしそれを正直に言うと、こいつの態度が豹変しそうだな。

 でも騙し続けるのも難しそうだなあ。

 とりあえず情報収集だ。

「ここどこ? あ、つまりこの船のいる場所ってどこ?」

 するとCG少女が画面の中で腕組みをする。

『実は私もわからないんですよね……あらゆるシステムから隔絶されていて、この艦は完全に孤立した状態にあります』

 お前も迷子なんじゃねーか。



 七海は途方に暮れた表情を表示しながら、小さく溜息をついてみせる。

『現在、あらゆる周波数の電波を受信しようと努力しているんですが、受信可能な範囲内では通信は一度も確認されていません』

 あ、これ二十一世紀じゃないな。

 たとえ絶海の孤島でも、電波が全く飛び交っていない状態なんてありえない。



『さらにデータベースにある星図と照会してみたのですが、一致率は〇・〇〇七%でした』

 地球ですらないぞ、ここ。

 さっき水平線が見えたから、かろうじて惑星だろうという推測は成り立つが。



 最後に七海はつぶやく。

『どうしたらいいんでしょう……』

 そんなの俺が聞きたいよ。

 どうしたらいいんだろう。



 ただ、俺とこの変な軍艦の目的は一致している。

「七海、といったな」

『はい』

「日本に帰りたいよな?」

『はい』

「俺もだ」

 俺とお前の「日本」は多分違うが、それはこの際どうでもいい。

 大事なのは同じ目的を持つことだ。



「だったら協力しよう。俺とお前は得意なことが違うはずだ。協力し合えば、きっとお互いの利益になる」

『同感です』

 うんうんとうなずくCG少女。

「よし、じゃあ日本に帰るために、これから仲良くやっていこうぜ」

『わかりました!』

 画面の中で、七海はにっこり笑うのだった。



 そして彼女はこう言う。

『では再び日本に帰るため、稲城輝政のように不屈の精神でがんばりましょう!』

「誰?」

『稲城輝政ですよ? ほら、沢ヶ嶽城の合戦で一年半も耐えた』

 戦国武将?

 有名どころならゲームとアニメでだいたい知ってるけど、そんな武将

は聞いたことないぞ。

 いや、当たり前か。

 こいつがいたのは、俺とは違う世界の日本だもんな。



 とたんに七海が不審そうな顔になる。

 もう少し正確に言えば、不審そうな顔グラフィックに差し替わる。

『ご存じない?』

「ご存じないです」

『紀山幕府の初代将軍ですよ?』

「ご存じないです」

 政治家の答弁のように、簡潔な否定を繰り返す俺。



『おかしいですね……。あなたの言葉遣いや態度からは、それなりに高い教養を感じます。それなのに、小学生でも知っているような歴史的人物を知らないのは不自然ですね』

 これはもうバレるな。

 だったら先にバラしてしまおう。

「実は……」



 そう言い掛けたとき、画面にピポッとウィンドウが表示される。

< 所属不明艦隊 接近 >

 俺はそれをじっと見て、七海に問う。

「これは?」


※あらすじと本編で艦名が異なっていますが、誤記ではありません。

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