81. 前線拠点へ
お酒を楽しく飲んだ翌日、予定通り僕たちは前線拠点へと出発することとなった。二日酔いというのを恐れていたが、体調に問題はない。僕はお酒に強い体質なのかもしれないな。
「……僕はお酒を飲んでも大丈夫みたいだね。ティアロラはどうだった?」
「いえ、あの……。ちょっと刺激が強かったですかね……」
ティアロラは顔を僅かに赤くしてチラチラとこちらを見てそう言った。あんまり体調がよくないのかな?
「……そうなんだね。お酒は今後もやめておこうか」
「いえ!! たまに、たまにならいいのです! ぜひ今後も一緒に飲みましょう!」
体調を気遣ったつもりだったのだが、ティアロラの返答は力強かった。どうしたんだろう。お酒には弱かったけど、味は気に入ったのかな。
「うんうん、サリファとはまた一緒に飲みたいねっ! とっても楽しかったよ!」
「いやぁーなかなか凄かったッスねぇ。オイラもなんか照れくさかったッスけど、また飲みたいッスね!」
みんなお酒が好きになったみたいだ。
僕も楽しかった記憶があるし、また一緒にお酒を飲むとしよう。
「お酒の魅力がわかっていただけて良かったです……」
そう言ったのはジジニアだ。言葉の割にはテンションが低い気がするのは気のせいだろうか。
「……どうしました?」
「いえ、なにもありませんよ? みなさんがお酒を楽しめたのが嬉しいのは本当です。ただ、まあ……。えぇと、サリファさんが仲間を大事になさっていることがわかりましたね」
なんだか遠い目をしているな。
よくわからないが、僕がみんなを大事に思っているのは事実なので頷いておく。
「まあ、悪いことではないですからね……。えぇと、それではサリファさんの剣を回収して前線拠点へ向かいましょうか!」
ジジニアは気を取り直したように明るくそう言った。さて、ガガイオ工房に向かおう。
……
「おお、来たか。あいつら、良い勉強になったみてぇだ。ありがとな」
「……お役に立てたなら良かったです」
ガガイオ工房に着くと、工房長が僕たちを待ってくれていた。他の鍛治師たちは見当たらない。
「あいつら一晩中議論してたから今は全員寝てやがる。まあ、久々の明るい話題だったから大目に見てやるけどな……」
呆れたように工房長がぼやいている。
あの後もずっと盛り上がっていたということか。
「そら、お前さんの剣だ。丁寧に扱ってるようで何よりだが、軽く手入れはしておいた」
工房長から剣を受け取り装備していると、次は短剣を手渡された。
「……これは?」
「なに、今回の礼ってやつだ。予備の短剣もいいもんを使っておけ」
受け取った短剣は軽く、丈夫そうな造りだった。隠し持っておくにはちょうどいい大きさだろう。そしておそらく、かなり高品質の逸品だ。
「……大事に使います」
「おう、使ってくれや。ああ、それとジジニアの嬢ちゃん。前線に行くんだろう? ゴッゾルのやつに届け物を頼まれちゃくれねぇか?」
「あ、私ですか? もちろん構いませんよ!」
工房長は壁に立てかけてあった荷物をジジニアに渡した。布に包まれているそれは、おそらく戦斧だろう。黒鋼将軍ゴッゾルの武器といえば本人の身の丈を超える斧だったはずだ。
「よっ……と。かなりの重量ですね」
「すまねぇな。どうにも急ぎらしい。手間賃は弾むよう手紙は入れといたからふんだくってやれ」
「ふふ。ええ、わかりました。お任せください!」
ジジニアが荷物を担ぐ。
なんでもない様子だが、かなり重いはずだ。僕だと持ち上がるかも怪しい。ドワーフの筋力は凄まじいな。
「そんじゃ、気をつけてな」
「えぇ、行ってきます!!」
挨拶を済ませ、ガガイオ工房を後にする。
いよいよ前線拠点へ出発だ。
……
王都を出発してから数日経過し、ようやく前線拠点が見えてきた。拠点というのはどんなものかと思っていたが、そこは堅牢そうな造りの要塞だった。
王都からは猪車で移動したのでかなり楽な旅だったと思う。馬ではなくてボグアという猪っぽい動物に車を引かせているので、勝手に猪車と呼んでいる。ボグアは凶暴そうな見た目をしているが温厚で力も強く、この辺りではよく飼育されているとのことだ。
「空気が重いですね……」
猪車に乗りながら外を見ていたティアロラが呟く。ここまでいくつかの町や村を通ってきたが、王都から前線に近づくにつれて活気がなくなっていくように感じられた。それに伴って、余所者のヒュラフへの視線は厳しいものとなっていく。僕は戦争というものを甘く見ていたのかもしれない。ジジニアがいなければ、僕らのような怪しい者はどこかで捕まっていた可能性が高い。
「ここ最近は特に張り詰めているようですね。どこも警戒が厳しくなっています」
ジジニアの表情も厳しくなっている。
どうやら各町の視察もジジニアの仕事であったようで、実際の状況確認や住人への聞き込みなどを行なっていた。ジジニア自身もここまで前線に近づいたのは初めてらしく、事態の深刻さを改めて認識していた。
「……ジジニアさんがいてくれて良かったです」
「いえ、あまりお役に立てずみなさんには不便をおかけして申し訳ありません。前線拠点の兵たちにはさらに警戒されるかと思いますが、ご容赦願います」
「……僕たちだけならここまで来れてないと思います。とても助かってますよ」
「そう言っていただけるのはありがたいですが……。本来のこの国の姿を見ていただけないことが残念でなりません」
ジジニアの言葉には悔しさが滲み出ている。
暗い空気に引っ張られ、車内の口数も減っていた。僕としても平和なドワーフの国を見て回りたい気持ちがある。そのためには、この戦争をどうにかしなければならないが……。
これからのことを考えていると、しばらくして猪車が止まった。ついに前線拠点へと辿り着いたということだ。
「着きましたね。私の方で先に話をしてきますので、みなさんはここでお待ちください」
そう言って、ジジニアが猪車から出ていった。
車内で待っていたが、なかなか戻ってこない。まあ、余所者のヒュラフを連れているとなったら時間がかかるのも当然かもしれないな。
そんなことを思っていると、扉が開いた。
外からジジニアが顔を覗かせる。その表情は、またしても申し訳なさそうだった。
「お待たせしてしまって申し訳ありません。ようやく話のわかる者が来たので許可が出ました。このまま拠点に入ります」
ジジニアが乗り込み、猪車がゆっくりと進み始める。先行きは不安だが、ここまで来たら行くしかない。
「さあ、降りましょう。無用な揉め事を避けるためになるべく一般兵に見られないように進みます。案内の者について行きましょう」
ジジニアに続いて猪車を降りると、案内をしてくれるドワーフの軍人がこちらを見つめていた。不思議そうにはしているものの、敵意はなさそうだ。
「いやはや、ほんとにヒュラフとはねぇ……。さて、着いてきてください。将軍の元に案内します」
軍人ドワーフはそう言うと、すぐに移動し始めた。しばらく砦の中を進み、重厚な扉の前で止まる。
「ゴッゾル将軍! 客人をお連れしました!」
扉の前で声をかけたドワーフは、そのまま扉を開けた。さあ、黒鋼将軍とのご対面だ。実は結構ワクワクしていたりする。
「あぁー……。あんたらがヒュラフの客人かぁ……。こっちも忙しいのによぉ……」
部屋の中にいたのは、心底めんどくさそうにこちらを見るドワーフ。最強格と噂されるだけあって圧は感じるが、だらけきったその姿は想像と違った。
「まあ、適当に座ってくれぇ……。話は手短に頼むぜぇ……」
あれ? 黒鋼将軍ってこんな感じなの?




