53. 共闘のダンジョン
「サ、サリファ……?」
自分の目が信じられない。
なぜ、サリファがここに……? いや、それよりなんで祭壇から……。
混乱して声も出ない。
もしかして、姿を変える魔獣? それとも、願望を見せる魔獣とか? いや、そんなはずはない。アタシが色を見間違うはずがない。
アタシも困惑しているが、サリファも同じように困惑している様子だ。頬を掻きながら、困ったような顔で祭壇から降りてこちらに近づいてくる。その姿には、敵意の欠片もない。やはり、サリファだ。
「……ええと、ウィンロルが迷宮から帰ってこないって聞いて、救助に向かってたんだけどね」
サリファが説明をしてくれた。
どうやら、アタシのことを心配して助けに来てくれていたらしい。そして、迷宮内を駆けていたら、光に包まれて気づいたらここにいたのだとか。
どういうことだろう?
サリファの言っていることは本当だとわかる。いや、本人がそう思っているだけで実際は異なる可能性もあるが、嘘はついていない。今も、アタシの方を見てとても安堵していることが伝わってくる。
「そっか……。なんだかよくわからない状況だけど、助けに来てくれて本当にありがとう!!」
心からそう思う。
こんなに嬉しかったことは、これまでなかったかもしれない。
とりあえず、サリファに今の状況を伝えようとしたところで、
「あ……」
よろめき、膝をついてしまった。
張り詰めていたものが一気に緩んでしまったのか。思っていたよりも消耗していたことに今さら気づく。
「……ウィンロル!?」
サリファが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫だよ!ちょっと気が抜けちゃっただけ!」
笑って誤魔化そうとするが、自分でもわかる程にぎこちない。ああ、ほんとにアタシはギリギリだったんだな。
「……ウィンロル、休んでて」
サリファが優しい声でそう言ってくれる。
嬉しいが、そういうわけにもいかない。祭壇からはサリファが現れたが、時間が経てば次の魔獣がやってくる。
「ダメだよ、サリファ。このトラップは……」
「……大丈夫」
サリファがアタシの言葉を遮る。
「……僕に任せて」
なぜだろう。
その言葉をすんなりと受け入れている自分がいた。
「ありがとう、サリファ……」
全てを委ね、意識を手放す。
どうか、これが夢ではありませんように……。
……
意識が覚醒し、飛び起きた。
悍ましい死の感覚は、ない。
扉が閉まる音も、ない。
「……おはよう、ウィンロル」
目の前には、薄く微笑んだサリファ。
ああ、よかった……。本当に、よかった。
そこに、いてくれた。
「おはよう! ごめんねサリファ、怪我はない?」
どれくらい意識を失っていたかわからないが、何度かの戦闘はあったはずだ。
「……問題ないよ」
サリファの言葉に嘘はない。
実際、これといって怪我をした様子はなかった。そのことに、ひとまず安心する。
「ここからは、アタシも戦うよ! 一緒にここから出ようね!」
ゆっくり休めたから、気力は十分に回復した。
それに、一人じゃないからなんだってできる気がする。
「……そう、だね」
なんだかサリファの歯切れが悪い。
どうしたのだろう。
「なにか、心配でもあるの?」
そう聞くと、サリファは躊躇いがちに口を開いた。
「……実は、このトラップは―――――――――」
??
サリファが何か言っているようだが、なぜだか聞き取れない。
「えっと、ごめん。なんて言ったの?」
「……ああ、やっぱり駄目か。えっと、このトラップは先が長そうだから、温存しながら進もうね」
「そうだね!」
こんな異常なトラップのことも知っているなんて、サリファは博識だ。とても心強い。
「……来るよ」
そして、祭壇が輝き出す。
二人ならば、なんとかなるはずだ。
……
サリファが助けに来てくれてから、格段に戦いやすくなった。特に、魔獣の攻撃を受け持ってくれていることがありがたい。アタシは元々、正面きっての戦いは得意じゃない。一人で戦っている時は、ずっと慣れない戦いを強いられていた。余裕などあるはずもない。
活路を見出すために、無謀な攻撃を仕掛けることも多々あった。もし時が戻らなかったら……、という恐怖を押し殺しながら。
「……いかせない」
今は、サリファがいる。
魔獣の正面で引きつけてくれている。さらには、こちらの動きに合わせて魔獣を牽制してくれたりもしている。なんてやりやすいんだろう。ようやく、伸び伸びと戦える。
「終わりだよっ!!」
風魔術で加速をつけた剣撃により、魔獣を下す。
戦闘ごとに魔獣は強くなっているが、一人の時のような絶望感はない。
次の魔獣が現れるまでの休憩の間に、サリファとお喋りする余裕すらあった。
「そういえば、なんで祭壇からサリファが出てきたんだろうね?」
魔獣を仕留めた後、ふと気になって尋ねてみた。
アタシとしては本当に助かっているけど、よくよく考えてみるとおかしい。
「……うーん、これは推測だけどね」
そう前置きして、サリファが自身の過去について話してくれた。
その内容は、衝撃的なものだった。
魔神というのは聞いたことがなかったが、その力を宿すために禁術を行使されたのだという。ぼかして話してはいたが、おそらくは非人道的なものだろう。
一度、魔神の力に飲み込まれそうになったが、仲間の協力もあり結果的に魔神の力を抑えることはできたのだとか。しかし、後遺症で魔術が使えなくなっているそうだ。
なんて酷い話だろう……。
聞いているだけで、腹が立ってくる。だがそれと同時に、そんな過酷な状況で生きてきたにもかかわらず、人を思いやれるサリファを尊敬する。
「……そんな感じで、僕の身体には魔神の力が存在する。その力が、もしかしたら魔獣のものと似ているのかもしれないね」
サリファが一通り話終わり、推測を口にした。
つまり……。
「祭壇にあるのが魔獣用の召喚陣で、サリファを魔獣と誤認したってこと?」
「……そう、かも?」
そんなことあるのだろうか。
サリファも自信はなさそうだが、他に心当たりはないようだ。ならば、それがきっと正しいのだろう。確かめる術もない。
「話してくれて、ありがとね」
サリファは淡々と話してくれていたが、思い出すのも辛かったかもしれない。だが、サリファのことを知ることができたのは嬉しかった。
その後もあれこれと話していたが、不意にサリファの顔つきが厳しくなった。
「……次が来たよ」
サリファに促され、光り始めた祭壇を見る。
次はどんな魔獣だろう。
サリファとなら、どんな敵でも……。
油断が、あったのだろうか。
「……ウィンロル!!」
目の前には、アタシを庇って血を吹き出すサリファ。その背中には、古ぼけた槍が突き刺さっていた。
「え…………?」
サリファの血がかかる。
呆然と、立ち尽くしてしまう。
「……させ、るかぁっ!!!!」
再び飛来する槍を、サリファがその腕を犠牲にして止めた。そして、倒れ込む。
「サリファ……!!」
ようやく意識が追いつき、身体が動く。
だが、あまりにも遅い。遅すぎた。
サリファはすでに致命傷だ。
私を、庇ったせいで。
「う、ぁあ……」
サリファに駆け寄りたいが、敵がいる。
祭壇には、全身に鎧を纏った長身の人型。周りの床には、無数の槍が突き刺さっていた。人型は床の槍を引き抜き、三度目の槍が放たれる。
速い……!!!
「くっ……!!」
間一髪で躱し、目線を敵へ。
しかし、その姿はいつの間にか至近に迫っていた。
そして、槍で貫かれる。
「がっ、は……」
ああ、ダメだ。
これは、助からない。
霞む目で、倒れ伏すサリファを見る。
せっかく、来てくれたのに。アタシのせいで、全部台無しだ。
死ぬ。死んでしまう。
ここまで何度も死んでしまって、慣れたつもりでいた。でも、全然慣れてなんかいなかった。
そもそも、時は戻るのだろうか?
アタシは、まだいい。でも、アタシのせいでサリファが死ぬなんてダメだ。
時は戻ってほしい。
でも、また一人の戦いが始まる。
イヤだ。怖い。死にたくない。
麻痺してしまっていた感情が蘇り、身体が震える。
そうして、意識が途切れた。
ガチャリ
「っ!? はぁっ……はぁっ……」
扉が閉まる音を久しぶりに感じる。
戻って、これた。悍ましい死の感覚と、槍で貫かれた鮮明な感覚に吐き気がする。
だが、敵は待ってはくれない。
祭壇は光を放ち、魔獣が現れる。
立ち止まるわけにはいかない。
サリファに、会いにいかなくては。
……
本当にもう一度会えるのだろうか。
そんな不安を振り払い、何度かの死を乗り越えて、地竜まで辿り着いた。地竜はもう瀕死の状態だ。あと一撃で、この戦いは終わる。
腕が震えているのがわかる。
サリファは現れてくれるのだろうか。現れなかった時、自分の心は保つのだろうか。
「やぁああああ!!!!」
覚悟を決め、地竜に向かって駆ける。
声を出さねば、一歩を踏み出せなかった。
「グ、ガァアアア……」
地竜が音を立てて倒れ伏した。
喜びはあるが、今は不安の方が勝っている。
しばらくして、祭壇が輝き始めた。
柄にもなく、祈る。
どうか、どうかどうか……。
「……ウィンロル?」
願いが届いたのかはわからない。
だけど、そこには綺麗な色をしたサリファがいて、アタシの名前を呼んでくれていた。




