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【第二章完結】悪の貴族は美しき散り様を望む〜もしかして、君たちループしてる?〜  作者: 綾丸湖
第二章

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51. 始まりのダンジョン


 ウィンロルには、幼少の頃の記憶がほとんどない。


 覚えているのは、幼い自分を残して家を出ていく父親の後ろ姿。その映像だけは、鮮明に頭にこびりついている。いつか戻ってくると信じて、待って、待って、待ち続けたが、その期待は裏切られた。家にあった食料も底をつき、ウィンロルは決断しなければならなかった。このまま衰弱しながら待ち続けるか、恐ろしい場所だと教えられてきた外の世界に踏み出すのか。


 ウィンロルは決意し、自ら扉を開くことを選択した。外の世界は確かに恐ろしく、幼い少女が一人で生きていくには過酷であったが、彼女には世界から与えられた異能があった。


 それは、魔眼。

 他者の感情を色で感じ取れるウィンロルは、その力を駆使して生き延びた。最初の頃は自分の見ているものが特別であることに気づいていなかったが、外の世界で生きる人々を観察しているうちにだんだんと理解した。人の感情は複雑怪奇であり、思うようにいかないことも多かったが、それでもこの力がなければとっくに死んでいただろう。


 そんな風に生きているうちに、どんどん悪意に敏感になっていった。だが、ごく稀に善良な人間がいるということも知った。


 善良な色を持った人のお世話になりながら、各地を転々とする日々。いくら善良な人でも、厚かましく居座り続ければいずれ迷惑がられる。とても優しい色をしていた人が、自分のせいで嫌な色に変わってしまうことには耐えられないので、長期間同じ人と一緒にいることはなかった。


 いろんな場所を巡り、様々な人と関わることで成長していった。幸運にも優しい探索者や魔術師の人と巡り会うことができ、双剣の扱いや魔術を教えてもらえた。そうして、いつしか自分一人で生きていくことができるようになっていた。


 目的もなく、気になった場所や食べ物なんかがあるところに向かって気ままに旅をする生活になった。これまでお世話になった人に出会えたら、こっそり恩返しをすることに決めている。ただ、お世話になってきたのは行商人や旅の一座とかが多かったので、まだあんまりお返しはできていない。


 迷宮都市ホーグランに行こうと思ったきっかけは、なんだっただろうか。たぶん、大迷宮ってどんな感じだろうかと気になっただけだろう。


 そこで出会ったのは、奇妙な青年だった。

 

 危険な存在感を放ちながらも、これまで見たことのないとても澄んだ綺麗な色をしていた。善良な人であることは感覚的にわかったので思わず助けを求めてしまったが、思っていたよりも親切に対応してくれたので驚いてしまった。


 何か裏があったり下心があるのかと思って警戒していたが、そんな色は全くない。純粋に心配してくれて、手助けしてくれているようにしか見えなかった。思えば、一人で生きていくようになって、あんな風に人に頼ったのは初めてだったかもしれない。

 

 素敵な色を見かけると、嬉しくなる。

 ここに来て良かったと、心から思えた。

 

 借りを作ったままにはしておきたくなかったので、翌日すぐに迷宮に向かった。いつでもいいと言ってくれていたのは本心からだったけど、それに甘えちゃいけない。


 バルバント大迷宮。

 これまでいくつかの迷宮には潜ったことがあったが、ここまでの規模の迷宮は初めてだった。足を踏み入れた瞬間に、いままでの迷宮とは何かが異なることに気づいた。その正体はわからなかったけど……。


 探索を進めるうちに違和感がどんどん大きくなっていくのに、何も見つからずもどかしい。もどかしいが、未知を探求する冒険みたいでなんだかワクワクしてきた。久しぶりの感覚に、楽しくなってくる。


 だけど、まずはお金を返さないと。

 あの美しい青年の色が濁ってしまうのは見たくない。


 

「あ、サリファ!待ってたよ!」


 組合で待っていると、サリファが現れた。


「はい、これ返すね!」


 駆け寄って、お金の入った小袋を渡す。

 受け取ったサリファは、戸惑っている様子だった。


「……これ、多くない?」


「感謝してる分を上乗せしといた!」


 ああ、やっぱり綺麗な色だな。

 見ているだけで嬉しくなってくる。


「実は、アタシってば結構感動したんだよね! だからお礼として受け取ってほしいな!」


「……わかった」


 よしよし、受け取ってくれた。

 さて、それじゃあ戻ろうかな。


「それじゃ、またね!ちょっと迷宮潜ってくるよ!」


「……え、今から?」

 

 サリファは心配してくれているようだ。

 まあ、もう暗くなるし当然の反応なのかもしれない。昨日会ったばかりなのに、優しいなぁ。だけどアタシは今、とても迷宮に行きたいのだ。


「いやー、なんか楽しくなっちゃってね! いってきまーす!」


 サリファに手を振って、組合を飛び出す。

 いやー、楽しくなってきた!


 

――――――


 

 迷宮都市に来てから、数日が過ぎた。

 あれから、朝から晩まで迷宮に潜る日々が続いている。

 

「おはようございまーす! 今日の依頼は何がありますかー?」


 毎日朝一番に組合に来て、依頼を確認する。

 どうせ迷宮に潜るのだから、ついでに依頼をこなした方がお得だ。


「おはようございます、ウィンロルさん。昨日は何階層まで進まれたんですか?」


「四十階層だね!」


「まあ! もうそんなに? そろそろお一人では厳しいのでは?」


 受付嬢のリラが心配そうにしている。

 色を見ても本気でアタシのことを案じているというのがわかる。


「うーん、まだ大丈夫かな! でも、ありがとね!」


「ご無理はなさらないでくださいね? それで、依頼なんですが……」


 今回の依頼は五十階層付近で出現する魔獣を討伐し、できるだけ綺麗な状態で持ち帰るというものだった。悪趣味なお金持ちが剥製にするのだとか。まあ、依頼の目的はさておき、今日は五十階層まで行く予定だったからちょうどいい。


「じゃあ、その依頼で! 行ってくるね!」


「お気をつけて」


 組合を出て迷宮に向かう。

 今日はどんな冒険が待っているのだろうか。


 ……


 転送陣を使って、四十階層へ。

 まだまだ既知の階層なので、特に問題はない。深く潜るほどに魔獣は強力になっていくが、この辺りはまだ単独で対処できている。現在の最高到達階層は八十二階層らしいので、今はちょうど半分くらいだ。五十階層くらいから難易度が跳ね上がると聞いているので、一人で行けるのは今回の依頼くらいが限界かもしれない。せっかくなら未知の階層まで行ってみたいが、そうなるとパーティーを組む必要があるだろう。


 まあ、その時になったら考えればいい。

 今は行けるところまで進んでみよう。


 魔獣との戦闘は極力避け、トラップの類も看破しながら順調に迷宮を潜っていく。魔眼の力なのかはわからないが、なんとなく危険な兆候を感じとったりすることができるため迷宮探索は向いていると思っている。


 いくつか避けられなかった戦闘をこなしつつ、気づけば五十階層まで到達していた。転送陣に登録してから、依頼の魔獣を探すとしよう。


 しかし、この階層は特にトラップが多い。

 慎重にトラップを掻い潜っている最中、ふと違和感を覚えた。目に留まったのは、何の変哲もない壁だ。注意して観察してみるが、何がおかしいのかわからない。わからないが、変な感じがする。


「んー……?」


 トラップを避けつつ、壁に近づく。

 触ってみても、ただの壁だ。なにが気になっているのか自分でもわからない。


「んんー……??」


 首を捻ってみても、なにが変わるわけでもない。

 気のせい、なのだろうか……?


 そう思いながら、なんとなく再び壁に手を伸ばす。

 なんとなく。まるで、誘われるように。


 そして、壁に触れようとしたところで、


 ()()()()()()()()()


「お、おおーー!?」


 混乱しているうちに、体ごと引っ張られる感覚。

 その力に抗えず、壁の中へと入ってしまった。


「なに、これ……」


 壁の中は広い空間になっていた。

 目の前には大きな祭壇のようなものがあり、禍々しい気配を放っている。これは、トラップなのだろうか……? こんなもの、見たことも聞いたこともない。

 



 ガチャリ


 呆けていると、背後で音が鳴った。

 振り向くと、そこには見覚えのない巨大な扉。


 扉が、閉まった。

 これは、知っている。内側からは決して開けられない扉だ。


 魔獣巣窟。

 迷宮の中でも群を抜いて凶悪なトラップが頭をよぎる。しかし、こんなに広い空間のものなどなかったし、なにより魔獣がどこにも……。

 


 突然、背後から魔獣の気配。

 弾かれたようにそちらを見ると、犬型の魔獣が眼前に迫っていて……。


 左腕を、食いちぎられた。


「ぐっ、あぁぁああ!!」


 激痛が走るが、対処しなければ。

 残った片腕で剣を抜き、魔獣を振り払う。なんとか立て直そうとするが、状況が悪すぎる。


 万全の状態ならば、問題ない相手だ。

 だが、こちらは重傷を負い、応急手当すらままならない。それになにより……。


 魔獣は五体いた。


「ぐっ……!?」


 間髪入れず襲いくる魔獣。

 なんとか防いでいたが、それも長くは続かない。


 そして……。


「ダメ、か……」


 開かない扉を背にして、崩れ落ちる。

 体は傷だらけ。目の前には三体の魔獣。二体はなんとか倒したものの、そこまでが限界だった。


 死が目前に迫っている。


 こんなトラップで、死ぬことになるなんて。

 やりたいことをやって、好きなように生きてきたとは思う。だけどこんな、寂しい終わり方はイヤだな……。


 独りで生きていくことを選んだのは自分だ。

 だから仕方ないことだけど、いざ孤独に死ぬとなると怖くなってしまった。


 そうか、アタシは……。


 いろんな感情が湧き上がる。

 これは、後悔? それとも……。


 こちらにもはや戦う力がないことを見抜いたのか、様子見していた魔獣が動き出した。


 これで、終わりだ。

 魔獣が飛びかかってきて、その牙が見えた。


 ふと思い出したのは、今まで出会った綺麗な色の人たち。


 もう一度、もし、もう一度人生があるならば、あんな人たちと……。


 鋭い痛みを最後に、意識が途切れた。


 

 

 



 




 ガチャリ


 気づくと、目の前には祭壇があった。


「…………え?」


 背後では、扉が閉まる音。


「なん、なの……??」


 混乱の中、祭壇が光を放ち始める。



 ウィンロルにとっての、地獄が始まった。

 

 

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