45. 聖女の診断
「さて、診察の結果を報告しようか」
翌日、僕とティアロラはヴェスティの部屋に来ていた。
「……よろしくお願いします」
「ふむ、昨日よりもいい面構えだね。ティアロラには、もう話したのかい?」
ほんとになんでもお見通しなんだな。
僕の表情は読みにくいと思うのだけど。
「……ちゃんと話しました。きっかけをくださって、ありがとうございます」
「ヴェスティ様、ありがとうございました!!」
「ふふ、礼はいいさ。さて、話が逸れたが君の身体の話をしよう。ティアロラにも聞かせて構わないのかな?」
「……ええ、構いません」
「では、始めるとしよう」
そこから、淡々とした口調でヴェスティが話し始めた。
ヴェスティによると、どうやら僕の身体に異常は全くないらしく健康そのものとのことだ。だがそれは肉体的なことで、精神体というものが酷く歪んでいるという。なんだか複雑な話をされたが、たぶん魂みたいな概念だと思う。
あと、魔術の制御が効かなくなっているのは魔神の力が馴染んでいないという感覚で合っていた。ただ、その状態も精神体に負荷をかけているから早く解消しなければならないとのことだ。
「肉体的な損傷なら私がなんとかするんだが……。すまない、私の力不足だ」
「……そんな、謝らないでください」
なんだか申し訳ない気持ちになってくる。
たぶん、こんな症例はこれまでなかったと思うから。
「ヴェスティ様、サリファを救うにはどうすればいいのでしょうか? なにか情報があれば教えていただきたいのです」
「ああ、もちろん情報は提供しよう。だが、手掛かりを見つけられる可能性がある場所や組織を伝えることしかできないがね」
そう言うと、ヴェスティはいくつかの候補を挙げてくれた。
一つ目は、魔術師連盟。
魔術と精神体とは密接に関係しているらしく、なんらかの情報が得られると思われる。ただし、ゼブラスが使用した術式は禁術指定されたものであり、僕という存在が禁忌とされる可能性もあるため危険。
二つ目は、学術都市マクーダム。
僕たちが通っていた学術院のある馴染み深い場所だ。あらゆる知識が集まるあの場所ならば、手掛かりが見つかるかもしれない。
三つ目は、迷宮都市。
学術都市とは方向性が異なるが、多種多様な人が行き交う迷宮都市には様々な情報が集まっている。さらに、迷宮からはこの世界の理から外れているような発見があるため、思いもよらぬ解決策が見つかる可能性もある。
「あとは、長命種たちの知識も気になるところだね。まあ、あちらの大陸に渡る手段を見つけることが難しいかもしれないが」
長命種たちというのは、エルフやドワーフのことだろう。こちらの大陸にもいるが数はかなり少なく、特にこの辺りでは全く見かけない。大陸を渡る方法はいくつか存在するが、ヴェスティが言うように難しく、面倒な手続きが必要だったり、危険が伴ったりするものしかない。
「ざっと、こんなところかな。他にも思いつくものはあるが、そちらは後回しでいい。この聖地にも数多くの蔵書が存在しているから、そちらは私の方で調べておこう」
「ヴェスティ様、ありがとうございます!その中だと、学術都市が一番調査しやすいですが……」
ティアロラがチラリと僕の方を見た。
「サリファが学術都市に近づくのは危険ですね。また襲われるかもしれません……」
僕を攫った人物はまだわかっていない。
ティアロラやエンデンスの話を聞く限り、地下に現れた女魔術師が怪しいと思っているが、どこの誰かもわからない。ティアロラが言うように、学術都市に潜伏している可能性もあるか。幸い伝手はあるから、調査を依頼することは可能か。
そうなると、僕らが向かうのは……。
「……消去法で、迷宮都市かな」
「そうなりますね」
まあ、元々迷宮都市には行ってみたいと思っていたからちょうどいい。僕の寿命をどうにかする方法を探すついでに、いろんなものを見て回ろう。
「それでは、準備して早速迷宮都市に向かいましょう!迷宮都市で有名な場所は二ヶ所ありますが、どちらに……」
「いや、待つんだティアロラ」
目的地を決めようとするティアロラに、ヴェスティが待ったをかける。
「君も一緒に行くつもりのようだが、まだ継承の儀を終えていないだろう?」
「…………あ」
ティアロラが固まった。
そうか、ティアロラはまだ聖女の技能を完全に習得していなかったのか。
「それに、長期間の旅に出るのなら巡礼資格も取得しなければ。聖女の行動を制限してはならないと決まっているとはいえ、最低限の戦闘力は身につけなければならないよ」
「わ、忘れてました……」
がっくりと、ティアロラが肩を落とす。
継承の儀に、巡礼資格か。後者の方は知らないが、結構時間がかかりそうだな。
「……どうしよう、待ってようか?」
「………………いえ、サリファは先に迷宮都市へ向かってください。本当に、本当に残念ですが……。私は最速で諸々を終わらせて、後を追います」
絞り出すような声でそう言われてしまった。
なんだか、ものすごい落ち込みようだ。
「……わかったよ」
「最善を、尽くすと決めたんです。時間は限られているのですから、効率的に進めなければ……」
「ふふ、それがいいだろうね。継承の儀については、今日から再開しよう。まあ、こちらについては半分程度は習得しているからすぐに終えられるだろうさ。巡礼資格については、ティアロラの頑張り次第だね」
「頑張ります……!!」
ヴェスティの言い方だと、巡礼資格というのはなかなか難しいものであるようだ。聖教の象徴である聖女なのだから、それも当然か。
その後も少し話をして、概ね方針は決まった。
僕は旅立つ準備をして、明日にでも出発しよう。
「ああ、そうだ。サリファ、聖騎士長が君と話がしたいと言っていたんだ。会ってもらえないだろうか?」
「……わかりました」
「では、案内させよう。おそらくは謝罪だと思うが、おかしなことを言い出したら私を呼んでくれ。あの男は仕事熱心なんだが、融通が利かないところがあるからね」
なんだかそう言われると会うのが怖くなってくるが、僕も騒ぎを起こしてしまったことを謝りたかった。聖騎士の人たちは、きちんと仕事をしていただけだから。
そんなことを考えていると、さっそく案内してくれる人がやってきた。
「……では、失礼します」
ヴェスティの部屋を後にする。
聖騎士長は修練場というところで待っているらしい。とりあえず、行ってみるとしよう。
……
大聖堂のほど近くにある修練場。
精鋭である聖騎士が訓練する場所というだけあって、立派な設備が整っていた。しかし、今はそんなことを気にしていられない。
目の前で、聖騎士長を中心に多くの聖騎士が隊列を組み、こちらを見ていた。
え、なにこれ……。
「ご足労いただき感謝します。私の名はギャレイ。聖地を守護する聖騎士を束ねる者」
「……サリファと申します。昨日はお騒がせしてしまい、申し訳ありませんでした」
お互いに名乗り合う。
いや、それはいいのだが何故こんな大勢の人たちと向かい合っているのだろうか。
「私の方こそ、失礼な態度をとってしまったことを謝罪します。緊急事態であったゆえ、どうかお許しください」
「……もちろんです」
うん、ここまでは普通のやりとりだ。
というか、これ以上は特に話すこともないはずだ。
ここは、さっさと戻ろう。
「……では、僕はこれで」
「お待ちを」
そうですよね。
すぐ戻れる雰囲気じゃないですよね。
「……なんでしょうか?」
「聞けば、貴殿はティアロラ様と親しいのだとか。おそらく、今後もティアロラ様に同行するのでしょう」
その予定だから、これには頷くしかない。
薄々わかってはいたが、この先の展開は読めたな。
「我々の使命は、聖地と聖女を守護すること。聖女と行動を共にする人物の、実力が知りたいのです」
そう言って、聖騎士長が一歩前に出る。
口調は丁寧だが、その目は厳しいものだった。
「サリファ殿、手合わせ願えないだろうか」




