40. 未来へのリベリオン
「その魔道具で、サリファ様を見つけられるのですか……?」
意識が戻る。
目の前で息絶えたサリファが脳裏にこびりつき、身体が震えた。わけもわからず死んでしまったが、切り替えなくては。サリファの死をきっかけに魔神の力が暴走したのかもしれないが、救い出せれば問題ない。
あんな結末は、認めない。
絶対に、サリファを救う。
「フィライ、説明は後でしますのでついてきてください!」
貧民街に向けて、駆け出した。
走りつつ、エンデンスと今後の動きについて話す。
「ゼブラスは、必要か?」
「ええ、おそらくサリファを前回と同じ状態にしなければなりません」
ゼブラスの言葉を思い出す。
あの男はサリファに向かって、「抗え」や「屈服させる」などの発言をしていた。つまり、あの状態からサリファが魔神を抑え込めることは可能と考えられる。現に、紫装束の女との戦いで魔神の力を大きく消費し、サリファが人格を取り戻していた。
「その後は、私の聖女の力で魔神の力を抑えます……!!」
サリファは、魔神の力は聖女の力を嫌っていると言っていた。ならば、私の力で魔神を抑えることで、サリファが主導権を握ることも可能なはず。
正直に言って、希望的観測でしかないとは思う。だが、可能性があるのならば試さなければ。
「わかった、それでいこう。俺とフィライは、全力でティアロラを援護する」
「お願いします!」
この方法が正解なのかはわからない。
そもそも、正解があるのかすらわからない。だけど、どんなに低い可能性であっても手繰り寄せ、サリファを救う。
サリファとの未来を夢見て。
……
「さぁさぁさぁ!これぞ完全なる魔神化!!果たしてアナタはどれだけ抗ってくれるのデスかねぇ!? 運命を屈服させることができたなら、アナタに惜しみない賛辞を贈りましょう!!」
目をギラギラと輝かせたゼブラスが、興奮した様子で叫んでいる。
ここだ。
「〈聖なる結界〉!!!」
サリファが立ち上がる前に、聖女の力で満たされた聖域に閉じ込める。あとは、魔神の力を私が抑え込めれば……。
「ぐ、ぅう……!!」
内部からの魔神の圧力に、聖域が弾け飛びそうになる。だが、ここで負けるわけにはいかない。
「ほぅほぅ? これは聖女の……。なるほど魔神の力を退けるつもりデスか。面白いデスねぇ!!」
ゼブラスが手を叩いて嬉しそうにしているが、反応を見る限り私の目論見は外れてはいなさそうだ。あとは、耐えることができるかどうか。
ここまでの行程はかなり短縮できたため、まだ紫装束の女が現れるまでは時間があるはず。それまでになんとか、サリファに意識を取り戻してもらって……。
「あら、これはどういう状況かしら?」
そんな……もう、来てしまったの?
こちらはまだ時間がかかる。エンデンスたちに託すしかないが……。
***
来てしまったか。
エンデンスは紫装束の女を睨んでいた。
背後では、ティアロラが必死にサリファを取り戻そうとしている。ならば、時間を稼ぐのは俺とフィライの役目だ。
「フィライ、奴の属性はおそらく風。そして、恐ろしく強い。俺たちでは太刀打ちできんが、それでもやらねばならん」
「無論です。必ずやサリファ様をお救いしましょう」
このフィライという男は、本当に頼りになる。だが、それでもあの女を相手にするのは厳しい。
「はぁ、貴方たちでは足止めにもなりませんよ?」
その言葉と共に、不可視の魔術が放たれた。
警戒していたというのに、呼吸困難に陥る。
「……かぁ!!!」
だが、それでも俺たちは動いた。
紫装束の女に向かって斬りかかる。
しかし、あっさりと躱されてしまった。
相手の反撃を受け、膝をつく。
「貴方たちもなかなか鍛えているようですけど、それでは足りません」
圧倒的な差があることは、わかっていた。
それでも、やらねばならぬと立ち上がった。
しかし、その実力差はあまりにも大きかった。
すまない、ティアロラ。
少しも時間を稼げなかった。
すまない、サリファ。
だが、最後まで抗おう。
「ぐっ……!!」
なんとか立ちあがろうとするが、上手く身体が動かせない。
「甚振る趣味はありません。これで終わりです」
女が腕を振るう。
こんなところで、終わるわけには……。
「ふふん、終わるにはまだ早いデスねぇ」
呼吸が戻り、体が動いた。
ギリギリのところで、女の魔術を避ける。
「どういう風の吹き回しですか? ゼブラス」
俺たちを救ったのは、信じられないことにゼブラスだった。これまで協力することなどなかった狂人が、どうして。
「おお、怖い。いやなに、面白いものが見れそうなのでねぇ? 少しばかりお手伝いを」
「面倒な……」
意外にも紫装束の女が苦い声を出している。
ゼブラスという男は、それほど厄介ということか。
「ゼブラス、協力してくれると考えていいのだな?」
「ええ、今のところはデスがね? 貴方たちは好きに攻撃するといいデスよぉ。ワタシが援護します」
信用できない男ではあるが、現状では頼るほかない。そうしなければ、あの女を止めることはできない。
実際、ゼブラスの能力は高かった。
これまでは戦いにすらなっていなかったが、なんとか持ち堪えることはできている。
だが、それも長くは続かなかった。
「くっ……」
三人がかりでさえ、時間稼ぎが精一杯。
なんという強さだ。
思えば、ここまで幾度となく戦い、敗北してきた。ゼブラスという気まぐれな協力者がいたことで多少はマシになったが、その程度。
「あと少しで、面白いものが見れると思ったんデスがねぇ……」
ゼブラスが呟いている。
あと少し、それが遠い。
あとどれほど、時間を稼げばいいのか。
「まだ、まだ……!!」
フィライが立ち上がり、前に進む。
その背中は、憧れたあの男によく似ていた。
「ああ……!!まだだ……!!」
俺は、また諦めようとしていたのか?
まだ、前に進めるというのに??
足を失おうとも、前に進む男がいた。
その身を犠牲にして、何度も救ってくれた男がいた。
その男が今、魂を穢されている。
救わねばならない。
全てを賭して、未来を斬り開かなければ。
その瞬間、身体に何かが満ちた。
長剣を大上段に構える。
まるで、身体が覚えていたかのように澱みなく。
「《夜明けの炎剣》」
それは、希望を掴み取る力。
「なっ……!!これは……!?」
燃え上がる剣から放たれた黄金の炎が、紫装束の女に迫る。
「属性魔術ではない……固有魔術のそれとも異なる……。ならば、これは……!!」
女は宙に浮き避けようとするが、黄金の炎はまるで生きているかのように敵を追った。
「あははははははは!!まさか、こんなところにいたなんて……!!」
女がこちらを見て高らかに笑う。
「いいでしょう!!貴方が見つかったのであれば、今回はそれでいい。私はこれで引き上げるといたしましょう!!」
紫装束の女の魔力が高まっていく。
そして、暴風が吹き荒れた。
「それでは、またいつか」
そう言葉を残し、女は消え去った。
同時に、黄金の炎も消失する。
「終わった……のか……?」
無我夢中で放った己の一撃。
あれは、なんだったのだろうか。
「ぐ、がぁ……!?」
気が抜けた途端、激痛が走り、吐血した。
あれほどの力、代償があって然るべきか。
「エンデンス殿……!?」
フィライが駆け寄ってくる。
あの女を退けられたのなら、これくらいなんてことはない。
あとは……。
ドクンッッ
背後で、魔神の気配が増大する。
ティアロラは、サリファは、どうなっている……?
***
ティアロラは、持てる力の全てを使って魔神の力を抑えていた。しかし……。
「ぐ、ぅぅ……」
先ほどから、魔力欠乏症のように頭痛と眩暈が凄まじい。手足は震え、今にも倒れてしまいそうだ。
紫装束の女の魔力が消えたのがわかる。
エンデンスたちが、やってのけたのだろう。ならば、私が倒れるわけには……。
ドクンッッ
一際強く、魔神の力が押し返してきた。
「がっ、は……」
思わず膝をつく。
結界だけは、なんとか維持した。
しかし、もはや限界などとうに超えている。
このままでは……。
「……ティア、ロラ」
愛しい人の声が聞こえた。
「……それ、以上は……もう」
サリファが、こちらを見ている。
「諦めません……!!!」
血を吐くように、叫ぶ。
「絶対に、貴方を救ってみせます……!!」
貴方がいなければ、私はここにいない。
貴方のいない世界など、考えられない。
「私は……サリファを……」
愛してる。
こんなところで、貴方を死なせない。
まだ、貴方に伝えていない。
愛する貴方を絶対に救う。
その瞬間、身体に何かが満ちた。
震える足で立ち上がり、祈るように手を組む。
まるで、魂が覚えていたかのように澱みなく。
「《深愛守護聖域》」
それは、愛する者を護る力。
「おお、これは……!?」
いつの間にか側に来ていたゼブラスが、驚きの声をあげる。結界は黄金の輝きを放ち、魔神の力を完全に抑えていた。
「これはなんだ? 聖女の結界とはまた違う機構。このワタシが解析しきれないだと? 先ほどの黄金の炎といい、これはどういう理論で発動している?」
全身が痛い。身体が重い。
だが、これで終わりではない。
「ゼブ、ラス。これで、サリファを、救えますか?」
よくわからないが、極限状態で発動した結界によって魔神の力は抑えられている。あとは、サリファが意識を取り戻してくれれば。
「ふぅむ。惜しい、といったところデスかねぇ」
「なっ……!どういう、ことですか!?」
「魔神の力は抑えられていますが、肝心のサリファという器が保たないデスねぇ。このままでは、器が決壊して魔神に塗りつぶされるでしょう」
そんな、ここまで来たというのに……。
さっきの奇跡的な力なんて、もう出せるかもわからないのに。
「なに、か。何か、方法はないのか!? なんでもいい!!」
「何か、と言われましてもねぇ……」
近くに来たエンデンスの言葉に、ゼブラスが考え込む。
「問題なのは器の崩壊。内部からの魔神の力の増大によって引き起こされる崩壊を抑えるためには力を別の器に流し込まなければならないが、そんな方法は……」
その時、ハッとした表情でゼブラスが顔を上げた。
「くっふふふふふふふふ!!!なんと、なんという天運!!これが運命というものか!? そんなもの信じたことはなかったが、これはあまりにも……!!」
「なにか、方法があるのですね……!?」
「くふふふふ!!ええ、ありますとも!!そのためには、聖女のアナタと赤髪のアナタの協力が必要デスがねぇ? 言っておきますが、かなり辛いと思いますよぉ?」
「なんの問題もありません!!」
「ああ、方法を教えてくれ!!」
希望が繋がった。
サリファを救えるのなら、なんだって耐えられる。
「いいでしょう!これは面白いデータがとれそうだ!!あとは、サリファに少しでも意識があれば……」
「急ぎましょう!」
その後、ゼブラスの指示で私とエンデンスは聖域結界の中に入った。そして、サリファの両手をそれぞれ握る。
「……ティア、ロラ。エン、デンス。一体、なに、を……」
良かった。サリファの意識はまだあった。
これで、ゼブラスの言った条件は整った。
「それではサリファ、アナタの固有魔術を使いなさい」
固有魔術……?
サリファは、固有魔術まで使えたの? だけど、今までそんな話は一度も……。
「……ゼブ、ラス。それ、は……」
「アナタのお友達が助けてくれるそうデスよぉ? まあ、身体に魔神の力を流されるのは辛いでしょうが、耐えると言ってますし」
「魔神の力を……?」
「ええ、そうデス。サリファの固有魔術は、名付けるとするならば〈与える者〉。己の力を他者に与える特殊な魔術デス」
そんな魔術、聞いたこともない。
だが、エンデンスは思い当たることがあったようだ。
「あの時の力は、もしや……」
「おや、力を受けたことがあったんデスか? 不安定なので使用は控えていたようデスがねぇ。そんなことより、急がなければ器が壊れますよ?」
考えるのはあとだ。
まずは、サリファを救わなければ。
「……でも、二人が」
「俺は、お前を救いたい。かつて、サリファが俺にそうしてくれたように」
「私も同じ気持ちです!!サリファがいなければ、私は……」
力強く手を握る。
サリファ、お願い……!!
「……あり、がとう」
サリファが、薄く微笑んだ。
異質な力が流れ込んでくるのがわかる。
ああ、これでやっと……。




