第5話 宣伝効果
「私はね、あの石鹸をとにかく宣伝したいのよ」
紅茶に口をつけてから一息で言う。アリスも肩の力が抜けたようで、宣伝ですか、とぽつりと口にした。
「ええ、宣伝よ。あれはとにかく質が良いわ。私も毎日使いたいぐらい」
にっこりと笑えば、恐縮ですとアリスは頭を下げた。
そう、物はいいけれど、それでもあの生産量で足りていた理由はただ一つ。
「値段も手ごろで質も良い。それでも売れない理由は、とにかく知られていないから。それだけなのよ」
「知られていない、ですか?」
ええ、と頷いて、紅茶を一口。
「この紅茶は、帝国内だけじゃなくて王国でも流通しているわ。味の割には安価で、こう言うお店でもよく出されるの。でも、紅茶にも色々な種類があるのはご存じ?」
「名前だけならいくつかは知っています。孤じ……家にも、いくつかは」
孤児院と言おうとして止めたのがわかった。やはり、この店は早く出た方が良いかもしれないわね。
「知っているなら早いわね。何でこの紅茶が選ばれるのか、それは『誰もが知っているから』よ」
知らない物は選んで手に取ることもない。紅茶なんか特に、種類が豊富で、それでも知っている銘柄ならまず間違いはないと手に取りやすい。逆に、新しいブランドの茶葉だと手に取るのを躊躇う人間も一定数いる。
ましてや、それが石鹸のように皮膚に直接触れる物であれば。
「だから、まずは使ってもらうのよ。使った効果は、今私の目の前の子が実証済みだからね」
髪も、肌も。つぎはぎの服で隠されてしまっているが、宣伝効果としてもアリスの見た目は武器となる。
「飲食店では衛生管理が必須。店の中も掃除するし、自分の手だって食器だって石鹸で洗うわ。で、その時に使ってみて気付くのよ。あれ、この石鹸、何かいいぞって」
「まずは使ってみる、ですか」
社交界では、お試しとして商品を持ってくる商人もいることはいる。香水や便箋のような消耗品は特に、まずは試してみて、よかったら発注をするのだ。商品に絶対の自信がなければやれないことだけども、この石鹸なら十分にそれに値すると踏んでいた。
「とは言っても、今日渡して今日効果が出るような物じゃないから。明日もまた、同じ店から回ってみましょうか」
慣れてきたら手分けするのもいいわね、と言えば、アリスの口もとがひきつった笑みを浮かべたような気がした。
翌日もケインの露店はエリーに任せて、アリスと一緒に昨日の店へ向かった。
今日はルイスも一緒だ。
「オープン前にすみません。昨日の者なのですが」
ギイと音を鳴らしながら店に入れば、昨日の店主の隣に女性の姿があった。
「おう、お前らまたきたのか」
昨日よりは打ち解けた挨拶に、こっそりと安堵のため息を吐く。アリスには堂々とした姿を見せてはいるけれど、やはり不安な物は不安だ。
「あんたたちが昨日の子かい?」
隣にいる女性が口を開く。
「え、ええ。露店で販売しているので、試して頂きたくて」
「ちょっとあんたたち、どういうつもりなんだい?」
明らかに不機嫌そうな女性に、店主の男も困ったように頭をかく。
あら、これは対象を間違えたかしら?
「こんな高級品、うちで使えるわけないじゃないのさ」
「え?」
不機嫌そうに突き返されたのは、昨日渡した石鹸の残り。高級品、という言葉に、アリスが意外そうな声を上げた。
「こんなにきれいに汚れが落ちて、しかも匂いもない。こういうのは貴族様とかに売る物で、あたしら庶民はもっと安い石鹸で十分なんだよ。ほら、わかったら帰った帰った」
まったく、金持ちの道楽か何だか知らないけど、とブツブツ文句を言い続ける女性に、思わず口元がにやけるのを抑えられなかった。
「この石鹸、先程も言いましたけど、そこの露店で販売しているんです。今までの石鹸より、良かったですか?」
「あん? ああそりゃあ、こんなのが使えたら皿洗いだってもっと楽になるよねえ」
「それは良かったです」
露店で販売する商品の値段はピンキリだ。露店に出しているからと言って高い訳でも、安い訳でもない。けれども、女性のこの言葉だけでも商品には追い風になる。
「ちなみに、他の露店も見させて頂きましたけど、特別にこの石鹸が高いとは思いませんでしたね。だからお試しにお願いをしたので」
気が向いたら露店までいらしてください、そう言って私はアリスと一緒に店を出た。
心の中では飛び跳ねるぐらい嬉しかったけれど、アリスの前でそんな姿は見せられないわ。




