第4話 お試し
露店をエリーとケインに任せて、私はアリスと一緒に商店の方へ向かった。
時たまやってくる討伐員のために、商店の中には飲食店や簡素ながら宿屋もある。年ごろの少女に見せられないようなお店はもっと裏路地にあるから、ここは比較的健全な方ね。
「あの、どうされるんですか?」
黙ってついてきていたアリスだけれど、辺りをキョロキョロと見渡して心配そうに訪ねてきた。孤児院と言う家があれば、この辺りにはほとんど来ないだろうから心細いのかしら。
「前に言った通り、宣伝よ。そのためにアリス、あなたも可愛らしくした方がいいのだけど」
そう言って、足を止めて改めてアリスの姿を見た。
ツギハギだらけの服は決して可愛らしいとは言えない。服の裾が足りているだけでも御の字だろう。それよりも、今はもっと大切な部分がある。
太陽の光を浴びて光の輪ができる髪に、手入れいらずの肌。指先は少し荒れているけれども、服装の割にはくたびれて見えない素体だ。
そっとアリスの髪に触れれば、細い髪がさらりと指をすり抜けた。カサついている訳でもなく、とても良い。
「あなたは、いつもこの石鹸を使ってるのよね?」
「え、はい。孤児院は全員、同じ石鹸を使っています」
突然の質問にも、僅かに目を丸くするだけでしっかりと答えてくれる。
「うん、それじゃあ、まずはこの店から宣伝に行きましょうか」
アリスの姿と受け答えは十分に満足できる。だから、私はにっこり笑って傍らの食事処を指差した。
「いらっしゃい、まだ店は開いてないよ!」
威勢の良い挨拶とともに出てきたのは、いかつい見た目の男性だった。身長はルイスと同じぐらいで、腕の太さも凄い。思わず怖気づきそうになるけれど、私の背中に隠れたアリスに気付いて何とか踏みとどまる。
大丈夫、祖国の古狸達を相手にするよりよっぽど楽なはずよ。
「すみません、お忙しい時間ですが、お話を聞いて頂きたくて」
「いいとこの嬢ちゃんが何の用だ」
ニコリと笑って見せれば、恐らく店主だろうその男は眉を寄せる。仕込みの時間に、子供の道楽には付き合えないと思っているのだろう。こちらも手短に済ませなきゃね。
「作業は続けてて構いません。私たち、新しくお役に立てる商品を作りましたので、試して頂けるとありがたいな、と思いまして」
「なんだ、押し売りか」
あからさまに嫌そうな顔をして、男はカウンターへ座る。手元では芋の皮むきを始めていて、もうこちらの話を聞くつもりはないと態度で示していた。
「いえ、今日はお代はいりません。凄く少ないので、本当にお試しですよ。お気に召したら、露店で販売しておりますので」
そう言うだけ言うと、男の横へ屑石鹸をほんの少しだけ袋に入れて置いた。
「お忙しい所失礼しました。またお店が開いている時に参りますね」
アリスの手を引いて、そのまま軽く一礼しながら店を出る。
何か言いたげなアリスの顔には気付いたけれど、話を聞くのは後回しだ。
いくつかのお店を回ったけれども、反応はどこも似たり寄ったりだった。まあ、見ず知らずの2人が急に商品を押し売りしてきたように見えるだろうから、仕方ないけど。
「さて、こんなところかしら。アリス、言いたいことはある?」
黙ってついてきてくれたアリスも、三件目ぐらあからは顔を俯かせてこちらを見ようともしなくなっていた。まあ、当然かしら。
「どうして、商品を無料で配ってしまうんですか?」
今日配り歩いたのは、今までは商品として販売していた屑石鹸。少しでも売れれば確かに利益になるだろうけど、それは微々たる物だわ。
「そうね、あなたには話した方がいいのかも。あの配った石鹸って、商品なのかしら?」
「え?」
露店で販売するならそれは、たとえ路傍の石であっても商品だ。けれど、手間暇かけてまで売るものなのかどうか。
「見た目は良くない、量も少ない。あなたがもし飲食店の人間だとして、店であれをわざわざお金を払って買うかしら?」
「それは……」
アリスは静かに首を横に振る。
「じゃあ、そんなものわざわざ売る必要はないんじゃない?」
「でも、じゃあどうして」
「どうして配ったのか、よね。丁度いいわ、疲れたから、そこのお店に入りましょうか」
今日配らなかったカフェを見かけて、アリスを誘った。
道端で話すような話でもないし、経験してもらう方が早そうね。
カラン、と軽快なドアベルの音と一緒に、出迎える店員の声が飛ぶ。
先程まで回っていた店よりも小綺麗で、客層も女性が多い。あたりかしら。
適当な席に座って飲み物を頼んでからアリスを見れば、居心地が悪そうに肩をすくめて俯いている。ああ、酷なことをしたかも。
「アリス、自信を持ってちょうだい。あなたはとっても可愛いわ」
口に出してから、言葉を間違えた気がした。
「でも、こんなお店、初めてで」
ぎゅっと服の裾を握る指先が白くなる。綺麗に洗われた髪が覆い隠す表情は、もしかしたら泣きそうかもしれない。
「そうね、ちょっとあなたには落ち着かないのかも。でもね」
店員が運んできた紅茶を手にして、アリスに笑いかける。
「座っていれば、服なんか誰も見てないわ」
おしゃべりに夢中な女性達、恋人に連れられてやってきた男性、誰も他人なんか見ちゃいない。
「あなたの髪も、肌も、彼らに劣等感を抱くものなんて何もないの」
そう言えば、アリスはゆっくり頭を上げてぐるりと周囲を見渡して、小さく笑った。
「……本当、ですね」
今市場に出回っている石鹸は質と言う面においてあまり良くない。だからなのか、身なりが良い町娘や商人であっても、アリスのようなさらさらの髪の者はほとんどいない。




