美しい眷属
魔法塔の前に現れたのは巨大な足。
足首から先だがその色は腐り浮腫み、いまにも破裂しそうなほど膨らんでいた。
苔と灰汁が混じったような色の肌は傷や穴が開き、そこから巨大な蛆がポトンポトンと、腐った膿がぼとりねっとりと地面に落ちる。同時に悪臭が漂う。腐り朽ちた肉の匂い。
アスラは思わずマントで顔を覆った。スラムに生まれ、小動物や虫を捕まえて食していた貧民街でも嗅いだことのない悪臭だった。
「うげええ」
我知らず、喉の奥からこみ上げてくる嘔吐物に、アスラは地面に触れ伏して吐瀉した。
「おや、デリケートなんですね。これくらいの悪臭に耐えられないとは。あなたの生まれたスラム街とやらはずいぶんと清潔な場所だったようだ」
左足から響いてくる声は重々しかったが、皮肉めいた口調だった。
目からは涙、喉の奥からは吐瀉物、それらに塗れながらもアスラは魔法を起動した。
魔法で大量の水流を生み出し、自らの身体を洗い流した。それから周囲の悪臭や蛆、瘴気も吹き飛ばす。更に水流で結界を張り、自分の身体を守らせた。
ずぶ濡れの身体を起こしたアスラは巨大な左足を睨みつけ、ただちに反撃に出た。
最大の魔力を放出し、上級魔法、水激の弾を形成、アスラの頭上に何十弾もの水の弾丸が現れた。
「その汚い足を貫いてやれ!!」
アスラがそう叫んだ瞬間、高圧の水弾が左足を襲った。
「これ、うまっ!」
ワルドの危機にソフィアはフワフワの白いケーキを大きな口で頬張った。
「ソフィア様、少しは緊迫したらどう?」
そういうエリオットも紅茶のカップを取り上げた。
「え? 今、不利なの? 魔王の左足なんでしょ? こんな序盤で負けるとかある? ワルド、無理しなくていいよ。あたしが変わったげるよ」
ソフィアはナプキンで口を拭き、腕まくりしながら立ち上がった。
「そんなわけないでしょう」
耳元でワルドの声がして、すうっと紅茶ポットが宙に浮いて、ソフィアのカップを満たした。
「しかも私は今、もの凄く機嫌が良いのですぐに始末してご覧にいれます」
ワルドの声が遠ざかったと同時に、巨大な左足に大きな防御の膜が張られた。
全ての弾がその膜に拒絶されて、砕け散った。
「左足の得意は防御、彼の防壁を破れるのは魔王様くらいでしたね」
とローガンが言った。
「でも、攻撃があんまり上手くないんだよね」
とエリオットが続けた。
「じゃあ、どうするの? あの水魔法を防ぐだけじゃ、ずっと終わらないじゃん。あいつ小童とは言え、国家魔術師軍に属するんでしょ? 結構な魔力持ちじゃないの?」
「左足には素晴らしい相方がおりましてね」
と言ったローガンをソフィアが見た。
「相棒って右足じゃないの?」
エリオットはぷっと笑って、
「僕は相棒だけど、相方は別だよ。僕たちはいつも一緒に行動してたわけじゃなくて広大な魔族の土地を分割して統治してたからね。年に一度も会わなかったよ。僕と兄様は攻守両方に長けてるけど、左足はそもそも魔王様の金庫番だし、戦いにはちょっと不利でね。そこですばらしく強い眷属が側にいてさ」
「へえ、で、今からその眷属が助っ人に来るってわけ?」
「だろうね。ワルドは指揮には長けてるし頭もいいけど、自ら進んで戦わない。そのワルドが戦いを志望したんだ」
「確実に目覚めたっぽいですしね」
「ん?」
とソフィアが二人を見回した瞬間、ソフィアの首のチョーカーベルトがするりと外れた。
ベルトの真ん中にはゼレンティの瞳がついていたが、ベルトの落下とともに宝石が外れてた。
「わっっとと!」
思わずソフィアの手が出てそれを受け止めたが、宝石はソフィアの手の上でぱぁっと七色の美しい光線を放った。
「眩しっ」
ソフィアは目を閉じ、次に目を開いた時にはソフィアの横に大柄な魔族が立っていた。
上半身は裸で豊満な胸、くびれた腰、鮮血色の髪の毛は長くたなびき、美しい魔族だった。しかし下半身は蛇で長い尾はずっと遠くで蜷局を巻いている。
「やあ、ゼレンティ、久しぶりだね」
とエリオットが言った。
「まずは新しい主様にご挨拶を」
その美しい蛇女はエリオットに微笑んだが、ソフィアの横に屈み込み、頭を垂れた。
「主様、偉大なるお力により、私めが姿を取り戻せたことを感謝いたします」
「へ、へえ、そう」
とソフィアは顔を強ばらせて笑った。
「主様、右腕様、右足様、積もる話もありますが、まずは左足様の加勢に参ってよろしいでしょうか?」
ローガンとエリオットはニヤニヤと笑い、ソフィアは肩をすくめて、
「どうぞ、あなたの左足に会いに行ってちょうだいな」
と笑った。
「ありがたきお言葉」
ゼレンティはしゅるるるると地を這い、睨み合っているワルドとアスラの方へ移動して行った。
新たに現れた敵にアスラはぎょっとした様な顔になり、
「ひ、卑怯だぞ!」
と叫んだ。
「卑怯? 偉大なる我らが魔尊王様を四人がかりで弑し奉った人間どもに言われたくはないぞ! 人間め!」
とゼレンティが叫んだと同時に彼女の真っ赤な髪の毛が何千匹もの牙を持つ蛇に変化した。
長く伸びる蛇達は牙を剥き、威嚇音を発しながら一斉にアスラへ向かった。




