親の顔が見たい
「ローガン! いるんでしょう?」
ソフィアがそう声を張り上げるでもなく、ローガン、エリオット、ワルドの姿が現れた。
「ようやくご用ですか?」
とローガンが言い、ワルドは早速、不潔でヌメヌメした床に白い椅子を出しソフィアに勧めた。テーブルも取り出し、白いポットとカップも用意した。
「喉渇いてたんだ」
と言ってソフィアは椅子に座り、紅茶のカップを手にした。
「ドラクールのお宝、盗めそう?」
「もちろんです。ソフィア様の眷属が城中で大暴れしてますからね。魔力を持つモノには魔力で対抗するが、剣で切るのも難しいほどの小さな蜘蛛、一匹切り裂く間に百匹が食らい付いてますよ」
ローガンの手に平に水晶玉が現れ、それに城内で行われてる小競り合いが映っていた。
魔道士達はつま先ほどの小さな蜘蛛に集られて、蜘蛛で覆われた人型が踊っている。
野生の蜘蛛は肉食で昆虫等を食べるが、魔蜘蛛に習って人肉にも齧り付く事を覚えている。
魔力を持つ人間を囓りその血を啜り、ただの虫だった蜘蛛は魔蜘蛛に、角ネズミ達はホーンマウスに変化する。
今夜この国のちっぽけな虫と小動物達は魔という冠を手に入れ、何十万匹というソフィアの眷属が生まれた事になる。
水晶玉には魔道士達や王家を守護する聖騎士団が魔蜘蛛たちに集られ踊り狂っていた。
小さなかみ傷はそれほど痛くもないが、そこから血を啜り、肉を溶かし、魔族達はゆっくりと食事をする。何千匹の蜘蛛に集れ、思わず自分の身体に向けて攻撃魔法を放つ者もいるが、蜘蛛達はばらばらと落ちるが自らも傷つき倒れるだけだった。
「盛大な祭りね」
ソフィアは紅茶のカップを置くと、
「ドラクールの宝を盗めたならそれでいいわ。あと、王様に会いたいんだけど」
と言った。
「ではお連れしましょう」
ローガンが言い、人差し指を立てた。
次の瞬間、ソフィアは椅子に座ったままテーブルもその上のポットもそのまま、国王陛下の部屋移動していた。
国王と王妃はお互いの身体を抱きしめながら、壁、天井、部屋中を敷き詰めるほどの魔蜘蛛達に震えているだけだった。
ふいに現れたソフィアに国王ははっとした顔になり、一瞬、安堵したようにも見えた。
「王宮の危機なのに王様って何もしないのね。魔術師やら騎士やらテンパってるけど」
とソフィアが言った。
「貴様……魔術師か! 我が皇子達を……どうしてくれよう!」
国王は威厳たっぷりにそう言い放った。
「国王陛下、あなた方のご要望通りに、魔王の呪いを解いて差し上げたのにその言いぐさはあんまりですわ」
とソフィアが肩をすくめて答えた。
「貴様のせいで皇太子は弟に手をかけたのだぞ!」
ソフィアはぷーと笑った。
「え、もしかして魔力のある弟に嫉妬して? ウケル。そんな人間の出来ていない奴が皇太子、ゆくゆくは国王だなんて笑っちゃうわね。陛下も後継を見直すいい機会になったんじゃ?」
「貴様……」
「知らない方がいいって事もあるよと教えたのに、どうしてもっつうから解呪してやったのに。まあどうでもいいけど。ローガン、帰ろっか」
ローガンにエリオット、ワルドは首をかしげた。
「何か国王陛下に用件があって来たのではないのですか?」
「別にそうじゃない。親の顔が見たいってやつよ」
また三人が不可解な顔で首をかしげた。
「魔法学院のトップが皇太子やレミリア嬢みたいな性悪な人間。平等を謳っておきながら、自分よりも身分の低い者は見下し虐める。自分より優れた者には僻んで攻撃する。そんな人間が次期国王だってさ。ちゃんちゃらおかしくね? さらに国家魔術師軍とやら? 国で最上級の魔術師達があれ? くそにもほどがある。まあ、フェルナンデスのおっさんが懇意にしてるってだけで中身はおんなじだろうけどさ。そんな奴らの親玉がどんな顔か拝みに来ただけよ。ほんとこの国に来てから、クソな人間しか出会わない。まあ、前の世界もそうだったけどね。あたしの母親はビッチ、父親はパチンカスのチンピラ。クズからはクズしか生まれない。あたしだってクズだしね。こんな国、ぶっ潰してやりたいんだけど。ここで生まれた人間はここがいいんだろね。帰ろっか」
ソフィアの傍若無人な態度、不敬罪は確実だった。
国王はすぐさま彼女の首を刎ねることを命令してもこの国ではそれが正義だった。
しかしその命を聞ける臣下はおらず、まさに今、何万とふくれあがった魔物に逃げ惑うばかりだ。
国王夫妻の身を守る騎士も、お逃げ下さいと言いにくる臣下もいない。
国王の部屋まで辿り着く者がいないからだ。
みな、部屋の前で魔蜘蛛に集られ、全身ふっさふさの真っ黒い人型になっていた。
背中を向けたソフィアに、王妃の声が追いすがった。
「お前はかなりの魔力持ちなのでしょう。皇太子の魔力をどうにかしてやれないか。魔法を手に入れたマシューがカルロスを脅かすやもしれない」
ソフィアは振り返って、
「どっちも皇子、力のある方が国王になるのでいいのでは?」
と言った。
「それではカルロスが不憫。幼い頃から次期国王として教育を受けてきた。学ぶべき事は人一倍努力をしてきた。周囲もカルロスには厳しく、第二皇子や第三皇子とは違う。それなのにあのような屈辱はあまりにも……」
ソフィアは考えるような顔をしていたが、
「手がないでもない」
と言った。
「誠か!」
「ああ、でも条件がある。聖女選抜試験、公平にやって欲しい」
「聖女選抜?」
「そーだよ。平民から光の子をすくい上げて、特待生だかなんだかで魔法学院に通わせるのはいいよ。けど、その内情は嫉妬した上級貴族からのえげつない虐めで聖女のお役目どころじゃないって事知ってる? 何人か聖女候補がいるなかで、あのレミリア・ハウエルにまで呪いをかけて追い落とそうとするやつがいる。後ろ盾のない平民の子なんか心がぽっきり折れてしまうのも無理ない。平民の聖女候補、レイラを守って欲しい」
とソフィアは言った。
「元より、聖女の選抜は教会が厳しく目を光らせている。真の聖女が選ばれるのは間違いない」
王妃はそう答えた。
「そんなの金や権力でどうにかなるんだろうが!」
とソフィアが怒鳴った。
「公爵とかが金で地位を買う世界だろうが?! 嘘くさい建前はもういいっつうの!」
国王と王妃は生まれて始めて他人に怒鳴られ、ぽかんとなった。
いついかなる時でも、他人に怒鳴られた事などなく、誰もが眼前で平伏すのが当たり前だった。非礼を行う者は側に控えている護衛に切り捨てられることもしばしばあり、彼らを守護する最強の国家魔道士達がいとも簡単に、彼らの目につかないように始末してきたのだ。
誰もが王族に畏怖と最大の尊敬をもって仕える。
それが当たり前で普通の事だった。
「レイラが実力で聖女に選ばれたら、そん時はお前らの息子の事を考えてやってもいいぜ」
ソフィアはそう言って国王夫妻に背を向けた。




