ホーリーマテリアルレジストプラグ
「くっくっく……。どこぞで拾ってきたオモチャか知らぬが……マシューよ、お主ずいぶんいい気になっているようじゃの? じゃが何かすっかり忘れておらぬか? 大事な、だい~じなことを」
「……なに?」
なぜか余裕たっぷりのアムに、マシューがいぶかしげに眉をひそめる。
多分なにもないと思うんだが、この際下ネタでもいいから、俺がスキルを探す時間を稼いでくれればなんでもいい。
「このわらわこそ、魔族の王もたまに敬語になる、最強無比のダークプリンセス、アムリル様じゃぞ? キサマのようなボンボンの二流魔族ごときが、ふんぞり返って良い相手ではない」
「……ふっ、ふははっ! 何を言い出すのかと思いきや! 今がどんな状況かわかっていないのか? 今のその姿……ニンゲンの小娘以下の分際で、なにができる! 口先だけの無様な存在に成り下がって、まったくもって哀れだな!」
「くくく、言うたな言うたな~。さ~て、そんなノリノリでイキってるマシューくんを、いまから絶望のどん底に陥れてやるとするか」
顔真っ赤にして地団駄を踏むかと思いきや、アムはさも愉快そうに笑いながらばっと顔面のマスクをはぎとった。
「さあトージよ! やれ!」
「は?」
そんでまた俺かよ。どいつもこいつも人に丸投げしてきやがって。
こちとら必死にスキルを探している最中だってのに。
「何をやれって……」
「バカめが、今こそ聖剣でわらわを元に戻すんじゃ! 超絶魔法でゴーレムなぞ粉々にしてくれよう」
「元に……?」
そうか、元に戻せば戦える……?
でも待てよ。
「いや、お前もとに戻ったら聖剣の力で魔法が封印されるんじゃないのか? レナだっているし」
「ふっ、それに関しては心配無用じゃ」
そう言って、アムはドヤ顔で懐から鼻センを取り出した。
なぜに鼻セン?
意味わからん、どうしようこいつもゴーレムさんに殴ってもらおうかな。
「はっ、そ、それは、ホーリーマテリアルレジストプラグ! な、なぜそれを!?」
だがそれを見て、なぜかマシューがビビリ出した。
なんかかっこよさそうな名前ついてるけど、百均とかで売ってそうなただの鼻センにしか見えない。
「ふっふっふ、その慌てよう……やはりビンゴなようじゃの」
「しかもそれは三魔族にしか配っていない強力な限定バージョン……。ということは、オージー、バジャール、どちらか裏切ったか!」
「ちゃうわ、奴らの死体をあさって、こっそり抜いてきたのじゃ。妙だと思ったんじゃ、聖剣が力を発揮しておるのに、バジャールが魔法を使えたのはおかしい」
今勝手に死体って言ったけど、彼ら死んでないからね。たぶん。
そういえば聖剣が装備状態になると、魔族の弱体化に加えて魔法などのスキルを封印する効果があるとかって話だったな。
たしかに鳥野郎はキースを吹き飛ばした後、俺にも魔法を使おうとした。
匂いにも反応していなかったので、少しおかしいとは思っていたが……あの時アムが、何か妙だ、と言っていたのはこのことだったのか。
「ひっひっひ、簡単にタネが割れたのう~? わらわが気づいていないとでも思ったか~?」
「ぐぅっ、まさかあの二人がそう簡単にやられるとは……」
マシュー含め、みんな密かに鼻センをしていたらしい。
すいません臭くて。
アムは満を持して鼻センを鼻の奥までしっかり押し込むと、思うさま胸をそらして馬鹿笑いをはじめた。
「ふははははっ、我が力が真髄、目にもの見せてくれよう! もはや謝っても許さんぞ~」
「ぬ、ぬぅっ! ゴーレムよ、他は後回しだ、まずアムリルを狙え!」
「今さら焦っても遅いわ、ほれトージよ、さっさとやれ!」
「ごめんなんか勝手に話が進んでるけど、そもそもどうやってお前をもとに戻すのかわからんのだが」
俺やったことないし。
レナにやってもらおうにも、がんじがらめになってじたばたしているばかりで、聖剣が持てそうにない。
「は、はああっ!? まったくしまらんやつじゃのう! 聖剣の力を開放して、魔法効果解除の特殊効果を発揮するだけじゃぞ!?」
「だから聖剣の開放なんてどうやってやるんだよ」
「ええい、スキルがあるじゃろうが、習得しとらんのか!? 早くせい!」
これまで神スキル一本でやってきたのでこっちのまともなスキルのことはよく知らん。
俺は冒険者カードを取り出して、うろおぼえにスキル習得の項目を選ぶ。
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残りスキルポイント240
聖剣開放 アクション ユニーク 50
聖加護Lv1 パッシブ ユニーク 50
聖十字斬 アクション レベル1神聖剣技 80
片手剣Lv1 パッシブ 技能 100
闇耐性Lv1 パッシブ 技能 110
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習得できるスキルがバーっと表示される。
これは一部だ。
たしかレベルが上がるともらえるスキルポイントで、習得できるとかだった気がする。
よく見てみるとスキルツリー形式で、下位のスキルを習得すると、徐々に上位のスキルが開放されていく仕組みのようだ。
現在のスキルポイント240というのは、転職直後に得られる初期ボーナスポイントとレベルアップ分か。
これまで何匹かシバいてきたおかげで上がったのか、現在プリンセスナイトのレベルは8になっていた。
何を習得するか悩むがとりあえず今は聖剣開放だ。
カードに触れて、スキルを習得。
すると不思議な事に、どうすればスキルを使えるのかもすぐに理解した。
「よしオッケー使えるようになったぞ」
「あ、危なぁっ!! ひぃい、し、死むぅ! ト、トージ、ちんたらやってないで早くせんかぁ!!」
カードをしまって顔を上げてみると、アムはぐるぐると走り回り、絶賛ゴーレムに追いかけられ途中だった。
ゴーレムさんパンチをギリギリかわしたようだが、今の一発はかなり惜しかった。
息を切らして全力疾走するアムの背後から、ズシンズシン、とゴーレムがおおまたに近づいてくる。
「うわこっちくんな!」
「に、逃げるなバカモノ!」
思わず一緒になって逃げつつ、剣を両手に構えて念じると、刀身がピカッと剣が光りだす。
同時にアムが光に包まれ、今まさにゴーレムの振り下ろした拳が直撃……する直前で、アムの体がふわっと飛び上がった。
間一髪攻撃をかわしたアムは、そのままふわふわと空中に浮きながら、自らの身体を見下ろす。
その頭には角が、背中からは小ぶりの翼が生え、パツパツだった服も適正サイズになっている。
どうやら無事元に戻ったようだ。
こうしてみると十年後ぐらいにああなるのかなという感じはある。
「ふはははっ! 戻った、戻ったったぞぉ! 完全無敵のアムリル様ここに降臨!」
やかましいほどのこのテンションの高さ。
アムは再び腕を振りかぶるゴーレムを見下ろしながら、にたりとひときわ悪い笑みを浮かべた。
「人形の分際で、よくもやってくれたのう……。さあ、塵となるがよい!」
上向きに広げた手のひらに、黒いオーラが集まり出しみるみるうちに膨れ上がる。
ゴゴゴゴゴ……と辺りの大気が吸い込まれていくかのように揺れ、オーラの塊が炎のように燃え盛り出した。
禍々しく渦巻く漆黒の炎。
見るからにかなりヤバそうなそれを、アムは紙くずでも放るようにぽいっとゴーレムに向かって投げつけた。




