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27話

あと一話。今日で完結させます。


……インフルかも……

「…………」


沈黙が続く。

車に揺られ始めて1、2時間ほど経ったが、私と両親の間には会話はない。


聞きたいことを聞くどころか、学校の話や、軽い世間話をすることも無かった。

話せなかった。


私だって、努力してない訳じゃない。何度も口を開こうとしたし、気を引こうと本を落としたりもした。


だけど、なにもなかった。


生まれた時から開いていた私と両親との溝は、僅かも狭まっていないんだろうか……

そう思ってしまった。







さらに車で1時間。到着したのは、東京都の一角にある大きな建物だった。


車から降り、改めてそれを見てみる。

階は……30程だろうか。周りを頑丈そうな塀で覆われている。

門には見覚えのあるゲーム製作会社の名前……まさか。


「ここ……『avil・anel』の……」


そこまで言って、しまったと気づいた。

この発言は、私がゲームをやっていると公言しているのと同義だ。


私は、恐る恐るミラー越しに父の顔を覗いた。


「そうだ。『avil・anel』を製作し、世界で最初にVRMMOゲームを作った会社だ」


どうやら気づいていなかったようだ。見られないように、静かに胸を撫で下ろした。


それにしても、あれほどゲームを嫌っていた父の口から『avil・anel』が出てくるとは思わなかった。


いや、もしかしたら、私が父の事を知らないだけなのかもしれない。


両親とまともに話したのはこれが初めてで、両親の職どころか、好きなものすら知らないんだから。


そう思考する私をよそに、父が門へ歩き始める。


ポン、と、背中を押される感覚。母だ。


「行くよ、会奈」

「い、良いの?」

「良いの。ほら、置いてかれるよ」

「う、うん」


……これが家族の会話なんだろうか。


私は、そんな事を頭に浮かべながら、少し離れてしまった父の背中を追って中へ入っていった。


会社の中は、豪華絢爛の言葉がぴったりで、流石は大ヒットゲームの製作会社と思わせる内装をしている。

うわっ、滝? 紙とか湿気らないのかな。


「こっちだ。迷わないようにな」


その言葉に従い、見失わないよう父の広い背中を目に焼き付ける。


どうなっているのか。社員の人達には、軽く視線を向けられるだけで、何も言われない。


それを疑問に思いつつ、広い社内を歩き、エレベーターに乗る。


ふかふかの絨毯が敷かれた廊下を歩いて行くと、1つの部屋の前で止まった。


豪華な装飾が施された他の部屋とは違い、白一色の扉。イメージとしては、ラボといったところだろうか。


「ここ?」

「ああ。入るぞ」


父が扉に近づき扉横のボタンを押すと、音もなく扉がスライドし、中の様子が見えるようになった。


「……ここは……?」


部屋の中央には、高い天井にすら届く巨大な機械が赤と青の光点を発し、周りには20台ほどのパソコンが並んでいる。


その全てのパソコンの前には白衣の人物達が座り、忙しなく指を動かしている。


「中央の機械で『avil・anel』仮想世界を生成し、管理する場所だ。そして、周りのパソコンで、報告されたバグを修正する」

「そうなんだ……」


ここで『avil・anel』が、始まりの街やリーディが造られているんだ。


そう思うと、ここにいる人になんとなく敬意を払いたくなる。


……でも、


「……なんで、私をここに連れてきたの?」

「…………」


父は、暫くの間中央の機械を眺めた後、静かに口を開いた。


「私と母さんは昔、この会社に勤めていた。まだ『avil・anel』が開発途中だった頃。私は開発に携わっていた」

「っ!?」


あの父が、ゲームをつくる仕事をしていたということに、思わず声を出しそうになり、慌てて口をふさいだ。


「今までとは桁が違うクオリティのゲームを作るのは、困難を極めた。数年、続いた奴は十数年。従業員は常に働かされ、気がおかしくなったり、うつになった奴もいたほどだ」

「…………」

「そして、それは私も例外ではなかった。私は十年前にこの仕事を始め、大学で工学部だったことから製作に携わることになった。嬉しかったよ。だが、一月経った頃、それが間違いだったことに気づいた」


父のゆっくりとした口調は、困惑する私の頭にもすんなりと入ってきた。

同意するように頷く母も、目に入っている。


しかし、私の頭は別のことで一杯だった。


「なまじ真面目に仕事をやっていたことが災いした。上司から仕事を押し付けられ、私の仕事量は倍になり、ならなければ給料が引かれた。私は気が狂ったよ。母さんは懸命にサポートしてくれてはいたが、いつしか、幼かったお前にまで八つ当たりをしてしまっていた」

「っ!!」


そこまで父の話を聞いたところで、私の中の何かが『キレた』。


「……ふざけないでよ」

「……な」

「ふざけないでよ!」


気づいた時には、人目も(はばか)らずに怒鳴っていた。


「そんなの、言い訳じゃない! 今さら、どんなに仕方がないことだったって言っても、昔の私の苦しみは消えない!」

「……」


初めて出す大声に、喉が鋭く痛む。しかし、気にしない。気にならない。


「『ゲームなんてやるな』、『勉強をしろ』。全部従ってきたよ。お父さんやお母さんに振り向いて欲しかったから! なのに……」


目を伏せる父と母。それでも、私は溢れ出す感情に身を任せ、言葉を紡いでいく。


「私と目を合わせる事さえなかった。その時、話しかけられただけで嬉しかったのに……」


何かが、胸の奥の奥から込み上げてくる。


悲しみ。あの日失われなかった唯一の感情が、昔の1人だった時間を思い出して、泣いている。


「今さら私に話しかけて、こんなとこ連れてきて、もし罪滅ぼしとかだったら……やめて。私をこのまま独りにして」


違う……本当は、独りは嫌だ。


朝起きたとき、台所から音がしたり。


おはようって言い合ったり。


出かけるとき、いってらっしゃいって聞こえたり。


家に帰ってただいまって言ったら、お帰りって返ってきたり。


私は昔から、人の温もりを求めてる。


ハルナさん達に出会ってから、それは一層強くなっていった。

今までは、独りでも大丈夫だったのに……


『薄幸の少女』が羨ましい。

私は、彼女のようには強くなれない。


黙っていた父が、重々しく口を開く。


「すまなかったな……会菜」

「え、あ、いや……」


父の予想外な反応に、今まで沸き上がっていた激情が静まり返っていくのを感じた。

それと同時に、心にも無いことを言ってしまった後悔が押し寄せてくる。


「お前にとっては確かに、私の言ったことは全て言い訳かもしれない。私を許してくれとは言わないさ……ただ、これだけは言わせてくれ」


父のライトブラウンの瞳が、真っ直ぐに私をとらえた。


「私は……お前を愛しているよ」

「っ……」


そう言い残し、父は部屋を出ていった。


無機質な白い扉が閉まり、父の姿は完全に視認できなくなった。

この場に私と母が残される。


「会菜……」

「……何」


母が話しかけてくるが、あまり声が聞こえてこない。

私の頭は父の言葉で埋め尽くされていた。


「会菜に酷い事してきた私が言うのはおかしいんだけどね、お父さんが言ったことは本当よ」

「でも……」

「お父さんは『avil・anel』が発売されて、2ヶ月後だったかしら。売り上げが好調で周りがどんどん盛り上がってく中、お父さんはずっと泣いてたのよ。『私はなんてことしてしまったんだ。仕事のストレスで娘に当たるなんて……』って」

「…………」


悲痛に染まる母の顔が目に入る。そんな顔、見たくない。


「それからお父さん、会社に長期休暇をとって、部屋に引きこもってね。しばらく抜け殻みたいになってたの……でも」

「…………」

「休暇が終わって、『avil・anel』の点検で、VRワールドの映像を見た時、たまたまあなたに似た……いえ、あなたが映って……優しそうな人達に囲まれて、凄く楽しそうだったって悔しそうだったわ」

「! お父さん、知ってたの……私が、『ゲーム』をやってたこと」

「ええ」

「怒って、なかった?」

「ええ。寧ろ、嬉しそうだったわよ。あなたが行った『火山』は、父さんが担当した場所なんだから。楽しんで貰えて何よりだって」

「…………」


母の目から、輝く液体が一滴流れ落ちる。


「お父さん、今日、絶対に謝るって張り切ってたの……お願い会菜、お父さんとは言うこと反対だけど……許してあげて」

「…………私は……」


私は、許したいよ。母さん。だって、この世に一人しか居ない、『お父さん』なんだから。


でも、幼い頃の私と中学生の私が、再び傷つくことを恐れてる。一人で居ろと叫んでる。


二人とも、同じ私だ。

ただ、それは2つのトラウマが生み出した、とてつもなく脆く、弱く、臆病な私。


私は今の自分を殺し、二人の私に流され、楽をしていた。まるで、川の流れに身を任せる木の葉のように。


向き合うのが、怖かったんだ。


でも、ハルナさんに出会って、それは間違いだったって事に気づいた。


人の過去を知っていながら、遠慮という言葉を知らない様に積極的に踏み込んでくる。


こう思った。二人の私と向き合って、共存なんてしなくていい。


彼女の様に、過去に打ち勝つなんてできないけど、乗り越える事はできるかもしれない。


私は、『今の私』を信じてみよう。


そう考えついた時には、私は出口へ駆け出していた。

ボタンを押すと、白い扉が開き始める。開くのがやけに遅く感じた。


人一人が通れる程になった瞬間、隙間に体を滑らせ、私は再び走り始める。


すれ違う人たちが顔をしかめるのも目に入らず、あの背中だけを求めて、私は駆けた。


私の体が運動音痴をいかんなく発揮し、何度も転びそうになり、苛立ちを感じるが、それも濃紺の背広が視界に映れば静まっていく。

代わりに沸き上がる感情。これを伝えれば良い。ありのまま。


「……お父さんっ!」

「……会菜?」


父が振りかえる。目がうっすらと赤い。

罪悪感が、私の心を支配する。


「ごめんなさい!」


まず、それが言いたかった。


「私、信じられなかった。今まで私を放任してきたお父さんが、私を大切に思ってたなんて。信じたくなかったんだと思う。信じたら、今までの私の苦しみが意味の無いものになる気がして……」


深く考えなくて良い、伝えたい事を、そのまま伝えろ。


「でもそれは、ただのわがままだよね。お父さんの信じてほしいって気持ちを、私は自分勝手な考えで否定してた。本当に、ごめんなさい!」


周りの目も気にせず、ありったけの誠意を込め頭を下げた。


ポン、と、私の頭に何か暖かいものが乗った。


顔をあげると、そこには穏やかな笑みを浮かべた父が、私の頭を撫でていた。


ーーお父さんって、こんな顔で笑うんだ……


そんな事を考えながらも、私は初めて感じる心地よさを噛み締めていた。


「ありがとう、会奈……」

「……うん」

「会奈!」


ふと、後ろから母の声。

振り替えると、ここまで小走りで来たのだろうか、母は僅かに息を乱していた。


「いきなり走って、どうしたの」

「いや、謝らなきゃって思って……」

「わざわざ追いかけなくても、車に行くでしょ?」

「…………あ」


顔が熱くなっていくのがわかった。

そうだ。追いかけなくても帰るから車に行くし、私と母さんを待つんだから、どこかに行く事もない。


あぁ、恥ずかし……


「まったく……その天然は誰に似たんだろうね」

「でも、父さんは嬉しかったぞ」

「もうやめて……」


その時、羞恥心はあったものの、胸がちょっと暖かくなったのを、私は覚えている。

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