二人の婚約者
「でも男爵は、いずれは領地の外に出ていくことをお望みなのでしょう?」
マヌダルク姫はそう確認してきた。
「それは別に領地的野心とかには関係なく、ですね」
ハザマは慌てて説明をする。
「もっと単純に、この世界のことをもっと知りたいという素朴な感情を満足させたいだけでして」
出来れば一介の旅行者としてあちこち気ままに見て回りたいところであったが、今のハザマの立場だとそれもかなり難しい。
ハザマ自身が冒険者として登録をして、現地からの求めに応じる形で外に出る、という形は、ハザマにしてみれば完全に苦肉の策ともいえる。
また、そうしたいという希望については、この時点でこの二人の婚約者にも説明してあった。
「そういう形で外遊をすること自体はいいんですけどね」
メキャムリム姫は、そういう。
「なんだかんだいって、男爵がどこかに出かけると、必ずといってもなんらかのコネを作って帰ってきますから」
領地や洞窟衆にとっても、決してマイナスにはならない、というわけであった。
それに、メキャムリム姫にせよマヌダルク姫にせよ、ハザマに内政面での豪腕を期待していない。
内政面での充実はカリスマ的な指導者の力よりも、より公正で実用的な制度を整備することの方が重要であることを、この二人はかなり重く認識している。
そしてその制度の整備についていえば、目下ハザマの肝いりで準備を進めているところであった。
この二人はその制度改革についても、相談役のような立場で参加している。
そうした制度改革は、
「ハザマがしばらく不在の状態でも破綻することなく、大きな問題を起こさずに稼働できる組織作り」
を指向しており、そのコンセプトについてもこの二人はおおむね賛同していた。
ただ、メキャムリム姫などは、
「各部署により多くの責任を持たせるつもりでしたら、業務内容を相互に監査する形にしませんと、必ずや汚職や横領などが頻発するようになりますよ」
と、釘も刺してきたが。
チェック体制の強化、というのは、組織全体の効率化という観点から見ると完全に逆行するわけだが、いわれてみれば確かに、普通の人間がそれなりに大きな権限を持たされると、その権限を使って自分の利益を不当な手段で拡大する誘惑に晒されるわけであり、そうした事態を防止し、起きにくくするための体制作りも必要になってくるだろうな、と、ハザマもすぐに納得をした。
組織を構成する人間が善良な者ばかりであることを前提にして組織作りをすることは、危機管理の点からみるとかなり危うく、多少の効率低下を見越した上で対策を立てておく必要はあるのだ。
この二人は、「公爵家令嬢」としてこの世界におけるある程度の規模を持った組織を内部から見る機会が多く、そうした組織が建前論や性善説、指導者のカリスマ性だけでうまく機能しないことを熟知している。
普段から適格な報酬を与え続けることは最低限の待遇としても、それ以外に公正な法を定めてその法から逸脱した者には相応のペナルティを与えなければ、ある程度複雑な組織は円滑に動かない。
現状の洞窟衆は、その他に優先する機能が多かったため、そうした監査のための機構が不十分なままであったわけだが、これからは従来のように緩いままでは立ちゆかなくなる。
なにせ、独立国扱いになるわけだからなあ。
と、ハザマは考える。
外部からどう見られるのか、などという観点は正直にいえばハザマにとってはどうでもよかったのだが、ハザマとしてはハザマ領なり洞窟衆なりをこの世界には存在しない行政機構のテストケースとして位置づけたいという思いがあり、こうした細かい部分でも手を抜くつもりはなかった。
ハザマのつもりとしては、司法、行政、立法の三権分立がうまく機能する組織として作るつもりがあるのだが、人材その他の観点から見ると最初から完成形を目指すのは不可能でもあり、現実的にはまずは雛形的な機構を作って実働実績を積みあげながら徐々に仕組みを整えていくことになるだろうな、と、この時点ではそう思っている。
また、そうした機構を整備していかないと、いつまでたっても領主室に持ち込まれる案件が減らず、従ってハザマの仕事も減らないのであった。
ただそれを実現するためには、堅実な人材育成と柔軟な人材登用、それに実務を担当させる時間が必要となる。
ことにハザマは、このハザマ領においてこの世界では前例のない統治方法をはじめようとしているわけであり、そのため試行錯誤は避けられず、もっと端的にいえば多くの失敗例を積みあげながら徐々にこの世界に合った機構を整えていくしかない。
すんなりと構想通りの物に仕上がる、ということはないだろうなあ。
と、ハザマ自身でさえ、思っている。
これまでだって事前に予測していた通りに物事が進むことはほとんどなく、必ずといっていいほどなんらかのアクシデントに遭遇して来たわけだが、今回のこれはそれとはちょっと、いや、かなり違うからなあ。
規模にしても、長期的な影響力にしても。
なんいせよ、この手の仕事はすぐに成果が出る性質のものでもないから、とりあえず出来ることから手を着けて、地道に育てていくしかない。
救いなのは、ニョルトト公爵家やブラズニア公爵家、それに山地方面からも、若くて優秀な人材が続々とこのハザマ領に駆けつけつつあることだった。
どうやら、「若くてそれなりに有能なのに不遇を託っている」人材はこの世界では珍しくはないらしく、そうした若者たちが活躍の場を求め、続々とハザマ領へとやって来ている。
その全員が領内に定着するわけではなかったが、それでもそれなりの知識や経験を持つ人間が集まってくれる、という状況をハザマは頼もしく感じた。
どうやらこの洞窟衆、あるいはハザマ領は、この世界の若者たちにとって新奇な、未来を感じさせる場所であるらしい。
あるいは、単純に能力次第ではいくらでも成りあがることが可能な新天地と見られているのか。
そういう側面があることは否定できないのだが、仕事ともなればそれなりに厳しいことに直面することもそれなりにあるわけであり、脱落してハザマ領から離れていく者も一定の割合で存在するようだが。
とにかくそうして集まってきた人材を組織化して仕事を割り振り、どうにかハザマの構想に近づけていく。
ただ、人員を配置しただけで安心は出来ず、ハザマの構想をあまり理解しないであさっての方向に進んでいく場合もあるので、時々様子を見て軌道修正をしながら仕事を進めさせる。
そうした、かなり煩雑な仕事をこのところのハザマはしていた。
そんな部署に配属されて来るのは、この世界では知識階級に属する者がほとんどであったが、知識の多寡と公正な見識とは必ず両立するものではない、と思い知らされる日々でもある。
なにしろ、
「なんで平民どもをそこまで守らねばならないのですか?」
などと素でのたまう人間が後を絶たない。
適正な労働環境を適用する、という洞窟衆関連で徹底させている最低限のルールにしても、彼らから見ると、
「そこまで干渉をする必要があるのか?」
と疑問に思うらしい。
そのたびにハザマは、
「実際に労働に従事する人間を消耗品扱いするよりは、細く長く使い続ける方が長期的にはお得である」
といった意味の内容を諄々と説明していく羽目になった。
その他に、適正な余暇と報酬を与えておけばそうした労働者も適性に消費を刺激する経済単位となる、といった側面もあるのだが、そもそもこの世界では、統治をする側はそうした経済的な効果についてあまり感心を持たないことが多かったので、この手の説明は省略することが多い。
洞窟衆内部での常識は、それ以外の場所では非常識。
というか、身分や地位によって持っている知識や見識に大きな偏りがあり、それを前提にした上で仕事を割り振り、どうにかして使い物にしなければならないわけで、このところのハザマはそれなりに気苦労が多かった。
そんな中、この二人の婚約者は、なんだかんだいって物わかりがいい。
少なくとも、ハザマが説明した内容については、すんなりと理解をしてくれ、その上で有用な助言をしてくれることさえあった。
その地位からして、見聞する範囲が広かったことと、それに、元から頭がよかったんだろうな、とも、ハザマは思う。
得意とする分野は違っていたが、どちらも実務家肌であり、極端な理想論を持ち出してこちらを振り回して来ないないことも、ありがたかった。
その逆に、ハザマが口にする内容の方が、場合によっては夢想に近い理想論に聞こえることも多かったはずだが、それでも馬鹿にせずに耳を傾け、それを実現するための具体的、現実的な方策を提案してくれる。
あるいは、ハザマの構想の至らない部分を指摘し、修正案を出してくれる。
マヌダルク姫の方はハザマが口にする構想を単純に面白がっている風であり、メキャムリム姫はそうした興味こそ持たないものの、そうして構想に欠けている物を的確に指摘し、より現実的な案に修正してくれることが多い。
二人とも、この世界では珍しい、合理的な判断力を持った人間であり、最近ではハザマにとって欠かせないブレーンとなりつつあった。
どんな形であるにせよ、この二人が協力的なのはありがたいよなあ、と、ここ最近のハザマは実感している。
ブレーンとしても貴重であったが、それ以外にこの二人は実家のコネも持っていた。
そちらからもたらされる有形無形の援助も、実にありがたい。




