独立領としての足元
「そういう方針で行くのならば」
今度は、ルアが口を開く。
「ルシアニアで竣工中の大型建造物。
あのうちのひとつかふたつをこちらで使わせてくれませんか?」
「倉庫として使う予定のあれのことか?」
ハザマは確認する。
「用途は?」
「無論、校舎ですよ」
ルアはいった。
「これまで、領内の各所で分散して教えてきましたが、それだとかえって効率が悪い場面があります。
同じ課程を教えるのなら、一度に大人数に教える方が効率がいいわけですが、現実にそんなことが出来る場所は限定されています」
「あそこに規模の大きな学校を作ろうってのか」
ハザマは頷いた。
「先のことを考えると、それくらいのことをしないと間に合わないかも知れないな」
「それともう一つ、提案があります」
ルアは、さらに言葉を続ける。
「こちらは制度上のことになるのですが、領内の子どもは一定年齢に達したとき、数年間一律に施設に預けるとかは、可能でしょうか?」
「……公立の託児所みたいな物を作りたいのか?」
「手のかかる幼児期に子どもを預ける機能も必要ですが」
ルアは説明をする。
「それ以上に重要なのは、物覚えがいい幼少期に最低限の知識を詰め込んでしまうような施設ですね。
いろいろ試行錯誤を重ねてみると、十歳前後の子どもに最低限の読み書きを教え、その後さらに興味を持つ子にはもっと高度な知識を与えるやり方が一番効率的なように思えて来ました。
まずは領内で試行をして、その後の成果によっては領外の洞窟衆関連施設でも同様の制度を敷衍していくことも可能かと思います」
「そいつはなあ」
ハザマは、ため息混じりに応じる。
「おれの世界では、義務教育と呼ばれていた制度なんだ。
実効性はさておき……うーん。
どうなんだろうなあ。
ええと、その、必要経費とか、そっちら辺のことは?」
ハザマはタマルの方に視線を向けてそう訊ねる。
「施設の占有はともかく、長期的、いや向上的にそのような制度を存続させるとなると、かなり膨大な費用が必要となるはずですね」
タマルはいった。
「ただ、男爵も指摘をしていた通り、人材の育成と確保というのは長期的、恒常的な問題になりますから。
長い目で見れば、十分な見返りは期待出来るかと」
「で、その費用を出せるの?」
ハザマはさらに確認をする。
「出せないの?」
「出せます」
タマルは即答をする。
「というより、多少無理をしてでも出すべきでしょう。
このような制度が定着すれば、今度はそれを目当てにして若く有能な人材が集まって来るようになるはずですし。
長期的な効果を考えれば、予算はどこからかかき集めてでも実行をするべきだと思います」
「ああ」
ハザマは周囲を見渡して、そういった。
「この場に居る人たちは、すでに了解済みの案なのね」
「現在造営中のルシアニアという都市の、大きな特色になるでしょうね」
マヌダルク姫が両腕を大きく広げて、そう宣言した。
「基礎教養、実業レベルから各種の専門分野の先端技術まで。
一カ所でそうした各種学校が集まる学園都市ということになれば」
「男爵のいう、情報、ですか?
それを事業化するという方針にも適います」
今度はメキャムリム姫が、口を開く。
「さらにいうと、領内の働き盛りの者が安心して子どもを預ける先が出来るようになると、領内に定着する人が増えます。
育児の負担が軽減され、仕事に専念する環境が整っているわけですから」
「予算もだけど、それ、領内で大規模に行うとなると、かなりの人手も必要になるんじゃ……」
「国境紛争時などに重傷を負って他の仕事に就けない人たちも相当数存在しますし、それに比較的年かさの子どもたちに、年下の面倒を見させるような仕組みも整えていく予定です」
「そ、そう」
若干気圧され気味になりながらも、ハザマはそう応じる。
「では、やれるんだな?」
それからハザマは、もう一度タマルに確認をする。
「今後のことを考えると、絶対にやるべきでしょう」
タマルはそういって、大きく頷く。
「図書館を建て、各種学校を建てて、必要によっては帝国からでも有能な教師を招聘する。
そうして長期的に労働人口の質を向上させていくことは、これまでの洞窟衆の方針とも合致しています。
さらにいうと、それくらい思い切ったことをしないと恒常的な人材不足は解消する方向に向かうことはありません。
人材の質と量を確保するためには、良質の人材を半永久的に生産し続けるしかないのです。
そして今の洞窟衆の資産状況ならば、そのための第一段階までは確実に実現できます」
「これで第一段階かよ」
ハザマは力の抜けた声でいった。
「その後は、どうするんだ?」
「もちろん、この仕組みを徐々に領外まで輸出して、広めていくんですよ」
タマルは平然とそう答える。
「男爵のいう、義務教育ってやつですか?
これからの労働者には最低限の素養が必要となってきますから」
ハザマがあちこちに出歩いていた時間、ハザマ領に残っていた者たちも確実に自分のやるべき仕事を遂行していた。
将来のことを考えた上で、今の時点でどういう布石を打つべきなのか、互いに連絡を取り構想を話し合い、それなりに妥当な結論を対策案として用意してくれた形である。
もう、おれ、いらないんじゃないかな。
と、ハザマは思った。
ハザマの仕事といえば、洞窟衆のトップとしてこの構想を承認するだけでしかない。
そうすれば、かねてから準備していたとおりに、この構想は実現していくだろう。
「じゃあ、とっととはじめちまってくれ」
そんな風に考えながら、ハザマはいった。
「っていうか、そこまで周到に考えていたのなら、それこそおれの承認なんか待つ必要はないだろうに」
「男爵が今の地位にある自分に不満を持っているのは知っていますが」
リンザがいった。
「今の時点では、男爵が責任者なわけですから。
男爵が居なくなってしまうと、おそらく洞窟衆という組織は分解してしまいます」
そうなっても別に構わないじゃないか。
ハザマはそういいかけて、慌てて口を閉じた。
多分、実際にそんな本音をこの場で口にしたら、盛大な説教の集中砲火を浴びてしまうだろう。
今この場には、洞窟衆でも選りすぐりの怖い女たちが集合しているのだ。
「その問題以外に重要な案件といえば」
マヌダルク姫がいった。
「やはり外交関係になりますね」
「森東地域のことか?」
反射的に、ハザマは訊ね返している。
「いや、そちらもそれなりに重要な懸念事項ではありますが、そこまで差し迫った問題ではありません。
一度や二度、失敗をしても、その失策を挽回する方法が残されている、という意味で」
「森東地域関係よりも重要なことというのは?」
重ねて、ハザマは訊ねる。
「周辺諸国との関係を、今後どのような方針で継続していくのか、ということです」
マヌダルク姫はハザマの目を見据えて、そういった。
「王国はこれから各公爵領を切り離した新体制へと移行するつもりです。
一見、国家としては弱体化するようにも見えますが、それまで負担の大きかった貴族社会の盟主として地位を自ら捨てることにより、より身軽になったという利点も存在します。
さらにいえば、治安維持軍がある今、軍事力の負担を大きく軽減することも可能になりますので、これまでとはまったく違った治政へと方向転換していくことが予想されます」
「まあ、そういうことになるんだろうな」
ハザマはマヌダルク姫の言葉に頷いた。
「ガイゼリウス卿からその構想を聞いたとき、おれもそんな風に感じたけど」
「ここで重要になるのは」
マヌダルク姫は続ける。
「このハザマ領という、周辺諸国はおろか大陸中を見渡してもかなり独特な性質を持つ領地が完全に独立領となった場合、今度は王国傘下の領地としてではなく独立領としての国交を結んでいかなくてはならなくなる、という事実です。
そのための準備を、われわれは急いで整えなくてはなりません」
「あ」
ハザマは、間の抜けた声を出す。
いわれてみれば。
それは、当然に必要となる準備、なのだ。
これまでハザマがそのことを強く意識してこなかったのは、ハザマ領が王国から独立するということが、具体的になにを意味するのか。
その意味を、深く考えてこなかったせいでもある。
「その準備ってやつ」
ハザマは、マヌダルク姫に訊ねた。
「かなり、面倒くさくないか?」
「かなり、面倒くさくなると思います」
マヌダルク姫は、ハザマの言葉を反芻する。
「その辺は、今のうちから覚悟をしておいてください。
冒険者ギルドを抱えている洞窟衆は、潜在的な軍事強国であると認識されていますので、すぐにちょっかいを出してくる国や勢力はないとは思いますが。
それでも地道に、周辺の勢力と意思確認をしてそれなりの取り決めを行っていく必要があると思います」
「だなあ」
ハザマはマヌダルク姫の言葉に頷いた。
「相互不可侵条約とか、いざとなれば反故にされるんだろうが、まったく結ばないよりは結んでおいた方がいい」
「なにがしかの抑止力にはなります」
マヌダルク姫は断言した。
「王国の傘下から離れたとしても、すぐに帝国の庇護下に入るようですから、その意味でもハザマ領は手を出しにくい相手になるはずですが」
「その帝国関連のこと、もう広まっているの?」
ハザマは確認をする。
「この手の噂は迅速に広まるものですから」
マヌダルク姫はハザマの言葉に頷いた。
「周辺諸国首脳部の間では、すでに決定事項として認識されているはずです」




