いくつかの雑事
トエスたちを残して風呂から出たハザマは、そのまま執務室を目指す。
徹夜作業をした直後であり、それなりに眠くもあったのだが、就寝する前に確認しておきたいことや片付けておきたいことがいくつかあった。
今のハザマはそれなりに責任がある立場であり、いいかえれば対応や指示が遅れればそれだけ大勢の人間に迷惑がかかるような立場であるわけで、こればかりは仕方がなかった。
ましてや今回は日常的な定期報告ではなく、突発的かつ重要度が高い案件の後始末であり、対応の遅れが被害を大きくすることも考えられる。
すでに起きてしまったことを今から変えることは出来ないが、これから起きる二次的三次的な被害を少しでも減らすことはハザマにも出来るわけで。
まあ、こういう忙しさなら、仕方がないじゃないかな、と、ハザマは思っている。
ハザマはまず王都に設置されていた今回の件への対策本部に連絡を入れ、現地の状況を確認しがてら、
「なにか不足する物はないか?」
とも訊いてみる。
これへの返答は、案の定というか予想通りというか、
『なにもかも、足りない物ばかりですよ!』
とのことだった。
物もだが、被害を受けた人たちをフォローするための人員もまったく足りていない。
公館街方面は貴族たちが独自の救助隊を急遽組織して対応しているとのことだったが、そもそも公館街付近は巨人による被害が比較的軽微だった地域でもある。
それよりも比較的被害が大きかった郊外部は突然住居を奪われ死傷した人間が十万人単位で発生しているわけで、現在も必死になって救助活動が行われているとのことだった。
もともとその被害が大きかった地域というのは、王都の中で比較的貧しい階層の者が密集して住んでいるような地域でもあるわけで、この件で負傷をしたことにより生計の道が絶たれたようなケースも多く、以後の長期的な救護策を必要としている、ともいわれた。
とりあえずハザマは、治安維持軍がこの件の救援活動に乗り出し、すでにこの時点で多くの兵士が物資を王都へと運んでいる最中であることを伝えた。
ついては、その兵士たちと物資の一時置き場として王都の付近にまとまった土地を急いで確保するように、とも指示を出しておく。
「いきなりで申し訳ないんだが」
ハザマは、そうもつけ加えると、
『まるで助けが来ないよりは、遙かにマシです!』
と、そう返される。
『突然ということならば、今回の件すべてが丸ごと想定外でしたし。
それに、災害の規模として考えても、完全に洞窟衆の手には余る規模です』
まあ、そうだよな。
と、ハザマは心の中で同意をした。
巨人が破壊したのは王都の中でもごく一部の限定された場所に過ぎなかったわけだが、その王都はかなりの人口密集地域でもある。
「王国の上層部にも掛け合って、共同で救助活動を行えるような体制を整えられるようにしていく」
ハザマは、そう約束をする。
王国上層部も、ぼちぼち今回の件について全貌を把握し、対策に乗り出している頃合いだった。
王族の安否が確認され、これ以上に被害が広がらないと理解さえすれば、それなりの動きを見せるだろう。
なにせ、自国の首都をいいように蹂躙された形である。
これ以上の二次的、三次的な被害を食い止める手を打たなければ、国家としての威厳も損なわれる。
最悪の危機はすでに脱しているのだから、王国にも相応に働いて貰わないとな。
と、ハザマは他人事のように思った。
今回の件について、責任とか政治的な決着のつけ方を考えるのは、もっと差し迫った目の前の危難をどうにかしてからにして欲しかった。
しかし、災害。
人災も、災害の一種ではあるんだろうが。
「なんでおれたちがこんな苦労をしなければならんのだ」
ぽつりと、ハザマは呟く。
この件で洞窟衆が支払った損害と手数料その他、後ですべて合算して元凶であるグラウデウス公爵領にでも送りつけてやろうかな。
完全に筋違いというわけでもなかったが、直接の原因となったグラウデウス公爵はすでに死亡している。
また、グラウデウス公爵領の人間がどこまでこの件に関与しているのかもこの時点では不明であったので、問答無用で請求を行うのも適切とはいえなかった。
親のツケを親族が支払うというのも、ハザマの感覚でいうと、どこかおかしく感じる。
グラウデウス公爵が単独であれだけのことを出来たとも思えないから、実行犯の術者以外に複数名の協力者が存在するはずであり、しかし、ここまで事態が大きくなると王国の側が必死になって、それこそ意地を賭けてでも探し出して処断をするはずでもあった。
首謀者であるグラウデウス公爵が亡き者となった今、必死に抵抗をするべき理由もなく、そちら方面についていえば、ハザマたちが手を出す必要もないはずである。
それからハザマは心当たり何カ所かに連絡を取り、食糧その他救助に必要な物資を買い集め王都に運ぶように手配をさせ、さらに少し先のことを見込んで建材と再建用の人手も手配をするように伝えておいた。
物資や建材の調達はともかく、人手についてはすぐには手配を出来るものではない、ともいわれたが。
今は年末。
ほとんどの人間が、働きに出たがらない時期でもある。
破壊された場所の再建作業が本格的に始動するのは、早くても年が明けてからになるだろう。
と、そう念をおされた。
つまりそれまで、住むところを奪われた王都の民は急造の天幕や避難所などに寝泊まりをしなければならないわけだった。
それならば、と、ハザマはせめて暖房用の燃料だけは多めに王都に運ぶように、指示を追加した。
王都は比較的温暖な土地柄であったが、それでも真冬の夜など、十分な備えをせずに野宿したら凍死をする可能性は十分にある。
普段から栄養が足りていない貧民や今回の件で負傷した人間などには、十分なケアをしておく必要があった。
そんなことを考えながらハザマは、
「なんでおれがそんなことまで考えなけりゃならんのか?」
などとも思っていたが。
そんな雑事をいくつかこなしていると、今度は国務総長であるガイゼリウス卿から連絡が入った。
『随分と派手にやってくれたな』
挨拶もそこそこに、ガイゼリウス卿はハザマにそんなことをいう。
「クレームは、ことを起こした人たちにいってください」
ハザマは平然といい返した。
「おれは一貫して、被害を最小に留めようと考えながら動いていました」
『わかっている』
ガイゼリウス卿はため息混じりに、そういう。
『この件の対応について、そちらに全権を与えていたら。
近衛連隊が介入するのではなく、洞窟衆の指示に従うようにいうことが出来ていたら。
もしもそうであったら、被害はかなり小さい範囲に留めることが出来たであろう』
「でもそれは、この王国の体制では実現できない」
きっぱりとした口調で、ハザマは指摘をする。
「おれはよそ者で、洞窟衆はなんの権限もない新興勢力に過ぎない。
あまり多くを期待され過ぎても困ります」
ハザマに、この王国とか王都のことまで責任を負わねばならない義理も義務も、あるわけではない。
今回の件にしても、むしろ「出しゃばり過ぎたかな?」と、そう思っているほどだった。
『それでも貴殿は、王族を救った』
ガイゼリウス卿は、そう続ける。
『これは否定のしようがない事実であり、つまりは、貴殿は救国の英雄ということになる』
「……なにが目的ですか?」
ハザマは険しい顔つきになった。
ガイゼリウス卿のような立場にある者が、理由もなく他人を持ちあげるわけがない。
なにがしかの裏があると、そう考えるのが妥当であった。
『目的というか、外部へむけた口実ということになるな』
ガイゼリウス卿はいった。
『以前から協議されていたことだが、貴殿は年明け早々にベレンティア公爵の門司を継ぐことになる。
今となっては、反対する者もおるまい』
「ほぼ同時に、王国は公爵家を放り出すことになっているんですよね?」
『放り出すのではない』
ガイゼリウス卿はハザマの疑問を一蹴した。
『もはや王家の配下にあらずと、その権勢を認めて独立することを許すのだ』
「この際、言葉遊びはどうでもいいんですよ」
ハザマはいった。
「要するに、功績に報いることが出来ないから名誉だけを与えて以後、王国とは無関係なものとするってことでしょ?」
『端的にいってしまえば、そういうことになるな』
ガイゼリウス卿は悪びれることもなく答えた。
『反洞窟衆派の筆頭であったグラウデウス公爵がああなった以上、宮中でこれに反対する者もおるまい』
王家とか王国の上層部からみれば、今回の件も、なにかと目障りなハザマたち洞窟衆とグラウデウス公爵とを直接的に噛み合わせるような結果になったわけだった。
もっとも、今回の件で王家の人々はかなり危ない目にあっているわけで、意図的にそうなるように仕向けたわけではないはずだったが。
ただ、グラウデウス公爵ほどにもなれば、相応の物証などが揃っていないと、たとえ王家でも容易には手出しが出来ない相手であったわけで、その辺の微妙な感覚をまるで気にしないハザマたち洞窟衆に斬り込み役を押しつけた、という面はあるのだろうな。
と、ハザマは考える。
独立勢力である洞窟衆の性質を便利に使われた形であるが、仮にこの件に洞窟衆が関与していなかった場合、被害はもっと大きくなっていたはずでもあり、ハザマとしても単純に怒る気にはなれなかった。
使える手駒は、せいぜい効果的に使う。
権力者とは、そもそもそういう性質の物でもある。
この王国の王家だけが、特別に悪辣というわけでもない。




